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鉄殻のケストレル ―灰に沈む世界、鉄に宿る季節―  作者: Studio SASAME
灰を踏む者たち

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テオの隠し場所

 旧世界の変電施設は、灰原草に飲まれかけていた。

 コンクリートの外壁に蔔が這い、入口の鉄扉は土砂に半分埋もれている。何も知らなければ、ただの廃墟だ。灰域(アッシュランド)に無数にある、忘れられた残骸の一つにしか見えない。

 ガルドが鉄扉の横の壁を叩いた。三回、間を置いて二回。コンクリートの奥で金属の擦れる音がして、扉の横の配電盤の蓋が外れた。中に小さなレバーがある。


「テオの仕掛けだ。知らなきゃ一生見つからん」

 ガルドがレバーを引くと、鉄扉の下半分が内側にスライドした。大人一人がかがんで通れるほどの雙間が開く。

 カイは身をかがめて中に入った。リオンとトワが続く。ガルドが最後に入り、背後の扉が静かに閉まった。


 暗い。

 ガルドが携帯灯を点けると、細い光の筋が空間を切り取った。天井は低く、壁には旧世界の配電盤が並んでいる。大半は機能を失っているが、奥の一基だけ、かすかに緑のランプが点灯していた。電力が生きている。30年以上前の施設で、まだ電力が残っている。

「ここだ」

 ガルドの声が狭い空間に反響した。


 奥に進むと、空間が少し広がった。

 六畳ほどの部屋。壁に沿って、残殻(ざんかく)の廃棄部品で作った棚が並んでいる。関節部品を加工した棚受け。装甲板を切り出した棚板。父の手仕事だと、一目で分かった。カイも同じやり方で棚を作る。ガルドに教わった方法だが、それをガルドに教えたのはテオだったのだろう。

 棚の上には旧世界の地図が広げてあった。テオの手書きのメモが、地図の上に散らばっている。ルート、日付、気象条件。父は几帳面な字を書く人間ではなかった。急いで書いたような殴り書きが、インクの濃淡もばらばらに並んでいる。


 カイの目が、棚の隅で止まった。

 小さな靴が一足、棚の奥に置いてあった。

 子供の靴だ。つま先が擦り切れて、左の靴紐が途中で切れている。カイはその靴を知っていた。7歳の時に履いていた安全靴。灰域(アッシュランド)の瓦礎を歩くために、ガルドが古い革を縫い合わせて直してくれた靴。

 テオが持って行ったのだ。ラストヘイムを出る前に。


 カイは靴を手に取った。

 小さかった。こんなに小さかったのか。掌に収まるほどの靴を握りしめると、革の匂いがかすかに残っていた。油と鉄錆の匂いに混じって、古い革の匂い。父はこの靴を手元に置きながら、ここで何を考えていたのか。


「……親父」

 声が掠れた。リオンが横を向いた。トワは壁に背を預けて黙っている。ガルドだけが、カイの背中を見ていた。


 棚の奥に、金属製のケースがあった。

 ガルドが取り出す。手の平より少し大きいサイズで、表面に擦り傷が無数にある。ガルドがロックを外すと、中には二つのものが入っていた。旧世界の記録媒体が一枚。そして、小型の音声再生装置。

「設計データの一部だ。それと、テオの音声記録の別トラック」

 ガルドの声は平坦だった。だが指先が僅かに震えていることを、カイは見逃さなかった。


 カイは再生装置を手に取った。

 旧世界の技術で作られた機器は、30年以上経っても電源が生きていた。小さな画面に緑の文字が浮かぶ。録音データ。日付は焦土紀(しょうどき)9年。カイがまだ3歳だった年。

 再生ボタンを押した。


 ノイズの奥から、父の声が聞こえた。


「ガルド。もし俺が戻れなかったら、このデータだけは守ってくれ」


 テオの声だった。低く、落ち着いていて、だが急いでいる。言葉を選ぶ余裕がない人間の話し方だった。


鋼城(こうじょう)が完成すれば、冴覚(さいかく)を持つ子供たちが狩られる。カイのような子供たちが、部品にされる。それだけは止めなきゃならない」


 再生装置の小さなスピーカーから、父の息遣いが聞こえた。背景に風の音がある。野外で録音したのだろう。


「俺一人じゃ止められない。だがデータがあれば、世界に知らせることができる。あいつらが何をしようとしているか。全部、ここに入っている」


 テオの声が途切れた。ノイズが数秒続き、録音が終わった。


 狭い部屋に沈黙が落ちた。

 カイは靴を握りしめたまま、再生装置の緑の画面を見つめていた。父の声が耳に残っている。低くて、真っ直ぐで、覚悟を決めた人間の声。

 カイのような子供たちが、と父は言った。

 父はカイを守るためにここにデータを隠し、そして戻ってこなかった。


 ガルドが口を開きかけ、やめた。

 カイが顔を上げるのを、黙って待っている。


 カイは靴をケースの横に戻した。丁寧に、壊れ物を扱うように。

 そして再生装置を握り直した。


「続きがあるのか」

「ああ。別のトラックが入っている」

 ガルドが頷いた。その目は、かつてテオが同じ場所で同じ装置に声を吹き込んだ日の記憶で曇っていた。



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