テオの足跡の佳境
夜が明ける前、カイはガルドを問い詰めた。
野営地の焚き火はすでに灰となり、東の空が灰色から鉄紺色へと変わり始めている。トワとリオンがまだ眠る中、カイとガルドの二人だけが消えた焚き火の前に座っていた。
「親父が隠したデータの場所を知っているのか」
カイの声は静かだった。怒りではなく、ゲルハルトが通信で言ったことが事実かどうかの確認だった。
ガルドは長い沈黙の後に口を開いた。
「ああ」
たった一語だが、それだけで十分だった。
「なぜ言わなかった」
「全てを話す時期じゃなかった」
「いつなら話すつもりだった」
「お前がケストレルに乗って、自分の足で灰域を走れるようになった時だ」
ガルドは膝の上で手を組んだ。油で汚れた指が寒さで白くなっている。
「今がその時だ」
そしてガルドが語り始めた。
「テオはデータを一箇所に隠さなかった」
焚き火の灰を見つめるその声は低い。
「複数の場所に分散した。鋼城の設計データだ。テオがグランヴェルトから持ち出した時、全てを一つの媒体に入れていた。だがテオはすぐに分割した。一箇所に置けば、見つかった時点で全て失われる。分散させれば、全てを集められる人間は限られる」
「何箇所に」
「テオが分けたのは五箇所だ。灰域の旧世界施設に、それぞれ一片ずつ」
「全部知っているのか」
「三箇所だけだ。テオが俺に教えたのは三箇所。残りの二箇所は、テオは教えてくれなかった」
カイは眉を寄せた。
「なぜ全部教えなかった」
「テオの言葉を借りるなら、『全てを知る人間を一人にしてはいけない。俺が捕まっても、ガルドが捕まっても、全部は渡らない』」
ガルドの声に苦い色が混じる。
「テオらしい考え方だ。合理的で、不器用で、信頼と猜疑が入り混じっている」
カイは黙って聞いていた。父の計算、慎重さ、そして孤独。五箇所に分散させたデータのうち三箇所をガルドに教え、残る二箇所は誰にも明かさなかった。それはテオ自身にしか辿り着けない場所だ。
「残りの二箇所は、テオが消えた時に失われたのか」
「そうとは限らない。テオは何らかの手がかりを残している可能性がある。あの男は、自分が消えることを想定して動いていた。音声データを残したのと同じように、二箇所の手がかりもどこかに隠しているかもしれない」
* * *
目を覚ましたリオンが焚き火の残り火を見て状況を察し、ガルドの話の続きを三人で聞くことになった。
「完全版のデータを組み上げるには、五箇所の全ての断片が必要だ」
ガルドが広げたのは、旧世界の地図にテオの手書きの注記が入ったものだった。彼はそこに三箇所の丸を描き込む。
「一箇所目は、さっきのアイアンウェル近郊の旧鉄道駅舎。ここはもう回収した。二箇所目と三箇所目は、ここから南東と北東にそれぞれ60キロ」
リオンが冷静な分析の目で地図を覗き込んだ。
「グランヴェルトは既に鋼城を建造している。完全版のデータがなくても動いている」
「その通りだ。テオが持ち出したのは、初期段階の設計データではない。完成に近い最終版のデータだ。グランヴェルトは試験段階のデータで鋼城を建造した。完全版があれば性能が飛躍的に上がるが、なくても動く」
「つまり時間は向こうにある」
リオンの声は硬い。
「グランヴェルトは完全版がなくても鋼城を運用できる。完全版を集めているのは、我々の側だ。それも、五箇所のうち二箇所の場所が分からない状態で」
カイは地図を見つめた。テオが灰域に散りばめた断片が五つ揃えば、鋼城の全貌が分かり、弱点や止め方も明らかになる。だがそのうちの二つが行方不明なのだ。
「ゲルハルトも同じものを探している」
カイが言った。
「ゲルハルトが先に見つければ、データはグランヴェルトに戻る。そうなれば鋼城は完全版で動く」
「ゲルハルトが知っている場所の数は分からない」
ガルドが煙草に火をつけると、朝の冷気の中で煙が白く立ち上った。
「テオはゲルハルトには何も教えていないはずだ。ゲルハルトを巻き込むまいとして、秘密にした。だがゲルハルトは自力で手がかりを追っている。テオの足跡を辿って、旧世界の施設を一つずつ潰している」
旧鉄道駅舎の廃墟の近くにあった研究施設に残されたゲルハルトの足跡。荒らされた内部と防爆扉の切断痕。テオの隠し場所の近くをゲルハルトが嗅ぎ回っている。
「二箇所目と三箇所目を、先に回収する必要がある」
カイが言った。
「だがストーンクロスにも戻らなければならない。セルヴィスの先遣が迫っている」
「両方やるしかないだろう」
いつから聞いていたのか、起き上がったトワが枯れ草を払いながら地図を覗き込んで言った。
「分担だ。ストーンクロスに戻る組と、データを回収する組」
カイは地図を見つめた。
点と点が線になりかけている。テオが残した痕跡と、灰域のどこかに眠る五つの断片。三つは場所が分かっており、そのうち一つは回収した。残るは二つの既知の場所と、二つの未知の場所。
答えは灰域のどこかにある。
父が命を賭けて守ったデータが、この地図の上に散らばっていた。




