ゲルハルトの遭遇
雪煙が上がった。
ケストレルのメインカメラが北東800メートルの地点で動く影を捉えた。光学センサーの補助パネルに熱源反応が表示される。一機ではない。3機だ。先頭の一機が他の2機より明らかに大きい。
「接近する熱源。3機。北東800」
カイが通信に入れた。
「先頭機の大きさは――」
分かっている。あの巨躯は見間違えない。
通信が開いた。ノイズの向こうに太い声が響いた。
「久しぶりだな、小僧」
ゲルハルト・ナルセン。
「機体を変えたか」
鉄錆色の装甲が雪原の白に浮かび上がる。バスティオン。全高11.2メートル。右手に全長4.5メートルの鉄巌剣、左腕に小型シールド。膝裏の突撃ブースターが低温の大気に白い蒸気を吐いている。
「テオの鷹嗣に乗ったのか」
カイは操縦桿を握り直した。
前回の遭遇が蘇る。残殻で挑み、一撃で吹き飛ばされた。鉄巌剣の一振りが残殻の左腕を根元から断った。あの圧力。あの速度。だが今は違う。ケストレルに乗っている。
「トワ。後方に退避しろ」
「了解。ただし牽制射撃の位置にはつく」
トワの残殻が右に逸れる。ガルドの作業車は既に丘の裏へ退避していた。
ゲルハルトの随伴機2機は汎殻だった。グランヴェルト標準の灰緑色の機体だ。距離を取って後方に控えている。
「そいつらは出さない」
ゲルハルトが言った。
「俺とお前の話だ」
一騎打ち。
前回と同じだ。ゲルハルトは部下を下げて一対一を選ぶ。
カイはケストレルの全身の計器を確認した。燃料残量82%。装甲健全度は全域緑で、機関温度は青域。弾薬はFALKE残弾42発、WESPE残弾280発、DONNER2発、煙幕NEBEL2発。
距離600メートル。
ゲルハルトのバスティオンが歩き始めた。ゆっくりと鉄巌剣を右肩に担ぐように構えている。34.8トンの巨体が雪を踏みしめ、地面に深い足跡を刻んでいく。
カイは動かない。
冴覚を研ぎ澄ませ、ゲルハルトの機体から伝わる「気配」を読む。重い。前回と同じ重圧だ。だが今はその重圧の中に細かな情報が見える。右肩の動きや、鉄巌剣を振り上げる前の微かな重心移動。膝裏のブースターの排気温度が上がっている。突撃の準備だ。
400メートル。
カイは短銃身型の突撃銃FALKEを構え、牽制射撃を3発放つ。75ミリ弾が雪煙を割いて飛び、バスティオンの正面装甲に着弾したが弾かれた。100ミリ以上の特殊鍛造鋼はFALKEの75ミリでは抜けない。
「銃は効かんぞ」
ゲルハルトの声には余裕がある。
だがカイの狙いは別にあった。着弾の衝撃でバスティオンの歩行リズムが0.1秒ずれる。右脚の接地が遅れるその瞬間は、突撃ブースターが使えない。片脚が浮いた状態で加速すれば姿勢が崩れるからだ。
300メートル。
ゲルハルトが突撃した。膝裏のブースターが点火し、34トンの巨体が弾丸のように加速する。雪が爆発的に吹き上がり鉄巌剣が振り上げられる。右肩の巨大な装甲板が盾となり、突進する鉄錆色の壁が迫る。
カイは右へ跳んだ。
ケストレルの逆関節が地面を蹴り背部スラスターが噴射する。残殻では不可能だった横方向への急速移動だ。鉄巌剣が空を裂いた。雪煙の中で4.5メートルの鋼の塊が横薙ぎに振り抜かれる。ケストレルの頭部をかすめ、ブレードアンテナの先端が数センチ削れた。
冷や汗が背中を伝う。
躱せたが余裕はない。
ゲルハルトがバスティオンを急旋回させる。重い機体がブースターの推力で強引に向きを変え、関節が軋む音が通信越しに聞こえた。
カイは距離を取りながらWESPEで牽制した。30ミリ三連装が弾幕を張りバスティオンの装甲に着弾するが、左肩の塗装が剥げた程度でダメージは浅い。
だが目的は削ることではない。弾着の閃光でゲルハルトの視界を妨害しながら地形を利用する。
右後方に旧世界の建物の残骸があった。コンクリートの壁が半分残っている。カイはケストレルをその陰へ滑り込ませた。
「隠れるか」
ゲルハルトが言い、鉄巌剣を構え直す。
「悪くない。だが壁は斬れるぞ」
バスティオンの鉄巌剣がコンクリートの壁を叩き割った。4.5メートルの重剣がコンクリートを両断して粉塵が噴き上がる。だがカイは既にそこにはいない。壁が斬られる0.5秒前に背部スラスターで上方へ跳んでいた。
冴覚が読んでいた。ゲルハルトの右肩が動く瞬間を。
上空からFALKEを3発放ち、バスティオンの頭部センサーを狙う。一発がメインカメラの庇に当たって火花が散った。ダメージは軽微だがゲルハルトの視界が一瞬乱れる。
着地して雪が舞い上がる。カイは距離を保ったままゲルハルトの次の動きを読んだ。
* * *
交戦から4分。
ケストレルの左肩装甲に被弾痕がある。ゲルハルトの3度目の突撃で鉄巌剣の峰がかすめたのだ。装甲板がひしゃげ、装甲健全度が黄色に変わっている。もう一撃で剥がれる。
バスティオンにもダメージはあった。FALKEの弾が右膝の装甲を削り、WESPEの連射が頭部センサーの庇を叩いている。だが致命的な損傷はない。バスティオンの装甲は、ケストレルの火力では正面から抜けない。
カイの額に汗が浮く。操縦桿を握る手が滑る。計器を読むと燃料残量は71%。FALKE残弾28、WESPE残弾190。機関温度は黄域に入りかけている。
ゲルハルトが動きを止め、鉄巌剣を肩に担ぎ直す。
「悪くない」
その声には感嘆が混じっていた。
「残殻の時とは別物だ。機体が変わっただけじゃない。お前自身が速くなっている」
カイは答えず呼吸を整える。
「だが足りない」
ゲルハルトが言った。
「俺の鉄巌剣を躱せても、俺を倒す火力がお前にはない。このまま続ければ、先に弾が尽きるのはお前だ」
その通りだった。バスティオンの装甲を抜くには、DONNERの対装甲擲弾筒を関節部に直撃させるしかない。だがDONNERは2発のみ。外せば終わりだ。
トワが側面から40ミリ機関砲で牽制射撃を入れる。バスティオンの右脚装甲に着弾し、ゲルハルトが一瞬だけトワへ視線を向けた。
「引き際を知っているようだな」
ゲルハルトが言う。バスティオンが後退を始め、随伴の汎殻2機が前に出て退路を確保する。
「今日はここまでだ。次に会う時は、もう少し楽しませてくれ」
ゲルハルトが去り際に通信を残す。
「テオが隠したものの場所を知っているのは、ガルドだけだ。お前の技匠はそれを知っている。お前に教えたか?」
通信が切れた。
カイはガルドを見た。
作業車の助手席でガルドも通信を聞いていたはずだ。
ガルドは目を逸らさない。暗い茶色の目がカイの視線を受け止めている。




