鋼の先遣
痕跡は、旧都市の瓦礫に隠されていた。
カイが最初に見つけたのは、弾薬箱だった。崩れたコンクリートの壁の陰に、半ば砂に埋もれた金属の箱。蓋に刻印されたプレフィクスは「Gv」。グランヴェルト工業連盟の製造番号だ。
「75ミリ。ファルケ用の標準弾。製造ロットは焦土紀23年。今年の生産品だ」
ガルドが箱を持ち上げ、底面の刻印を読んだ。
「箱は空だ。使い切って捨てた。だが捨て方が乱暴じゃない。砂を被せて隠してある。正規軍の行動だ。傭兵はこんな手間をかけない」
トワが弾薬箱の周囲を調べた。
「焚き火の跡がある。3日以上前。消した後に砂をかけて、灰原草を上に散らしてる。隠蔽の手口がきっちりしてる」
カイは周囲を見回した。旧都市の遺構が左右に広がっている。コンクリートの壁が崩れ、鉄骨がむき出しになったビルの残骸。その間を、かつて道路だったアスファルトの帯が蛇行している。
鉄殻が通った跡があった。
アスファルトの割れ目に、鉄殻の足跡が残っている。足の幅から推定すると、汎殻よりも大きい。重量のある機体だ。足跡は複数。少なくとも3機。そして1機だけ、足跡が他より深い。重い機体。
「ゲルハルト・ナルセン」
ガルドが足跡を見下ろして言った。
「バスティオンの足跡だ。11メートル級の重装機。この足圧は35トン前後の機体にしか出せない」
「ゲルハルトって誰だ」
カイの問いに、ガルドは表情を変えずに答えた。
「テオの同期で、グランヴェルト最古のエースだ。銘殻一機での一騎打ちに拘る男で、遊肢は使わない。だが銘殻の性能差は残殻じゃ絶対に埋められない」
カイはガルドの横顔を見た。テオの同期。父を知っている人間がもう一人、灰域にいる。
「テオの足跡を追っているのか」
「おそらくな。グランヴェルトがテオの隠したものを探して先遣部隊を送り込んでいる。その指揮官がゲルハルトなら、テオとの縁がある」
リオンが地図を広げた。
「セルヴィスの情報では、グランヴェルトの先遣部隊は銘殻1機と汎殻4機の編成。小規模だが精鋭。ゲルハルト・ナルセンは特務操手。指揮系統の外に置かれたエース」
「指揮系統の外ということは、本国の命令で動いているが、現場判断の裁量が大きい」
「そういうことだ。ヴィルヘルム・ブラントの直接指示で動いている可能性が高い」
* * *
4人は痕跡を分析しながら、旧都市の遺構を慎重に進んだ。
グランヴェルトの先遣部隊は、テオと同じルートを辿っている。旧世界の研究施設からアイアンウェルに向かう道筋の上に、痕跡が点在していた。弾薬箱、焚き火の跡、整備排液の染み。
ガルドは一つ一つの痕跡から情報を読み取った。
「整備排液の色が濃い。高負荷の機動をした後の排液だ。全力戦闘ではないが、巡航以上の速度で移動している。急いでいる」
「何を急いでいるんだ」
「テオの足跡は7年前のものだ。だがグランヴェルトの痕跡は数日前。つまりゲルハルトは最近、テオの足跡を辿り始めた。何かの情報を得て、動き出した」
トワが腕を組んだ。
「ヒューゴが言ってたな。グランヴェルトが灰域で探しているモノがある、と」
カイは頷いた。ヒューゴ・デルガドの耳打ち。「あれが見つかれば、世界が変わる」。テオが隠したものを、グランヴェルトは7年間探し続けていた。そして今、ゲルハルトを送り込んだ。
旧都市の東端に出た。瓦礫の海が途切れ、灰原草の広がる荒野が見える。東の地平線に丘陵地帯の稜線。その向こうにアイアンウェルがあるはずだ。
テオの足跡を追うということは、ゲルハルトと同じ道を歩くということだ。遭遇は避けられない。
「ガルド。ゲルハルトの強さを教えてくれ」
カイが聞いた。
ガルドは赤葉の煙草に火を点け、一口吸ってから答えた。
「30年前線に立ち続けた男だ。技量はテオと互角だった。冴覚はないが、鋳脈のフィードバックを全て本体の感覚拡張に使う。機体が自分の体みたいに動く。11メートル、35トンの重装機が、あいつの手にかかると生き物みたいに走る」
「勝てるか」
「勝てない」
ガルドは煙を吐き出した。
「今のお前の機体じゃ、ゲルハルトの正面に立つのは自殺行為だ。銘殻と残殻の性能差は、冴覚で埋められる限界を超えてる。装甲の厚さ、出力の差、関節精度の差。全てが違う」
カイは黙った。
ジェロニモの傭兵団とは違う。灰域の荒くれ者なら、冴覚と戦術で何とかなる。だが統治機構体のエースが乗る銘殻は、別次元の存在だ。
* * *
その時、トワのセンサーが反応した。
「東。丘陵の稜線上」
カイは残殻のセンサーを確認した。遠距離の熱源反応。丘陵の尾根に、鉄殻の影が一つ。
銘殻だ。
シルエットだけで分かる。汎殻よりも大きく、厚い装甲の輪郭が稜線を区切っている。右腕に巨大な物体を保持している。剣だ。全長4メートルを超える実体剣。
通信回線にノイズが走った。
そして、声が入った。
「テオの息子か」
低く、太い声。酒焼けした喉の響きの奥に、鉄の硬さがある。
「親父に似た残殻に乗っている。だがテオの機体じゃない。テオの機体はもっと軽かった」
カイは操縦桿を握り直した。掌に汗が滲んだ。
丘陵の上から、銘殻がゆっくりと降りてくる。鉄錆色の重厚な装甲。兜のような頭部。分厚い胴体。右腕に握られた大剣が、灰色の空を背景に鈍く光った。
バスティオン。アルマナック No.36 ラプター。グランヴェルト最古のエースが駆る、重装近接格闘型銘殻。
ガルドが設計した機体だ。
カイは息を止めた。
あの鉄の巨躯の向こうに、父を知る男がいる。




