リントとのぶつかり合い
ストーンクロスの訓練場は集落の北側にあった。
旧世界の採石場の跡地を均し、残殻が動ける広さを確保した空間。石壁に囲まれた長方形の平地で、端に見張り台が建っている。
リント・ガーレスが待っていた。
22歳でカイより5つ上。ストーンクロスの若き操手にして、灰域生まれの非鋳脈エース。残殻キャリバーの操手であり、前回の模擬戦は引き分けだった。
リントの表情は前回より険しかった。
「カイ。話がある」
訓練場の端で二人は残殻のコックピットから降りて向き合った。リントの目は鋭く怒りが滲んでいた。だがそれはカイ個人への怒りではなく、もっと大きなものへの苛立ちだった。
「お前がここにいることで、ストーンクロスが標的になる。テオ・セヴァルの息子がここにいるという情報は、もう漏れている」
「誰から」
「傭兵の口伝えだ。灰域では噂が足より速い。セルヴィスもグランヴェルトも、お前がどこにいるか調べている。お前がストーンクロスにいると分かれば、ここが優先攻撃目標になる」
カイは反論できなかった。事実だった。自分の存在がこの集落を危険にさらしている。
「やるか」
リントが言った。模擬戦の話だ。
「前回は引き分けだった。今度は決着をつける」
カイは頷いた。
* * *
残殻同士が訓練場の中央で向き合った。
カイの残殻は、寄せ集めの部品で組み上げた旧い機体だ。右腕にルーク重機関砲、左腰にスティレット短剣。装甲は薄く関節は軋むが、操縦系統はガルドが調整した精密な仕上がりになっている。
リントのキャリバーはストーンクロスで整備された残殻だ。カイの機体より新しい部品を使っており装甲も一段厚い。右腕にファルケ突撃銃の改修品、左腕にスティレットを装備している。
トワが見張り台の上から合図を出した。
リントが先に動いた。
前回より攻撃的で、怒りが操縦に出ている。キャリバーの右脚が地面を蹴って正面から突進してくる。ファルケの銃口がカイを向いた。
カイの冴覚が反応した。
リントの残殻の右肩が僅かに沈み、右腕が上がる。射撃の構えだ。だがその動きには怒りから来る乱れがあった。パターンが崩れている。普段なら規則的な動きが、感情の揺れで予測しにくくなっていた。
カイは左に跳んだ。ファルケの弾丸が右を掠め、装甲板に破片が当たって金属音が響いた。
距離を詰める。リントは接近戦も得意だが、カイにはトワの訓練がある。右肩の癖を覚えている。トワに言われた言葉だ。「直らないなら、それを逆に使え。囮にしろ」。
カイは意図的に右肩を先に動かした。
リントの目がそれを捉える。右肩が動いた――右腕の攻撃が来る。そう読んだリントは、左に回避しながらカウンターの構えに入った。
だがカイの本命は左だった。
右肩は囮だ。体重を左に乗せ、残殻の左脚で踏み込む。リントが左に避けた先へ回り込み、背後を取った。
スティレットの切っ先がキャリバーの首元装甲に触れた。
停止。
リントの残殻が動きを止めた。首元に刃が当たっている。実戦ならここでコックピットを貫かれていた。
決着だった。
* * *
コックピットから降りたリントは顔を歪めていた。悔しさを隠しきれない。だが認めるべきものは認める男だった。
「お前は強くなった」
短い言葉だったが、リントの口から出る賞賛は他の誰の賞賛よりも重い。この男は自分より弱い相手を認めないからだ。
「だが問題はそこじゃない」
リントが続けた。
「お前が強くなっても、ストーンクロスが安全になるわけじゃない。お前がいること自体が、この集落のリスクだ。テオの息子という旗印は、人を集めるかもしれないが、敵も集める」
カイは黙った。リントの言い分は正しい。自分の存在が祝福と呪いの両方を運んでいるのだ。
訓練場の入口にバートンが立っていた。
壮年の男で元クレスタの管区長。政治的な駆け引きに長けた灰域の指導者だ。二人の模擬戦を最初から見ていたらしい。
「君たち二人が組めば、ストーンクロスの防衛力は上がる」
バートンは腕を組んだまま言った。
「だがリントの言い分も正しい。テオの息子がここにいることは、祝福と呪いの両方だ」
カイはバートンの目を見た。
「俺はどうすればいい」
「それを私が決めることではない。君自身が決めることだ」
バートンは踵を返し、執務室に戻っていった。
リントが砂を蹴った。
「次は負けない」
「ああ」
「それと――」
リントが振り向いた。
「お前の連れて来たセルヴィスの女に、聞きたいことがある。後で時間を作ってくれ」
カイは頷いた。リントの目には怒りとは違うものが見えた。何かを求めているような、何かを取り戻そうとしている目だ。
訓練場の上空を灰域鴉が一羽、旋回して飛んでいった。




