表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鉄殻のケストレル ―灰に沈む世界、鉄に宿る季節―  作者: Studio SASAME
灰を踏む者たち

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

58/153

バートンの天秤

バートン・セオの執務室は、夕暮れの光で満たされていた。

 窓の外にストーンクロスの街並みが広がり、石壁の向こうに灰色の平野が見える。夕陽が雲の隙間から差し込み、バートンの机の上に長い影を作っていた。


 バートンが地図を広げた。

 手書きの地図。灰域(アッシュランド)の主要集落、交易路、水源地、旧世界の遺構。全てにバートンの書き込みがある。セルヴィスの前進基地の推定位置が赤で、グランヴェルトの偵察隊の目撃情報が青で記されている。


「現状を整理しよう」


 バートンの声は穏やかだったが、指は地図の上を正確に動いた。元管区長の手つき。情報を視覚化し、共有し、判断を求める。政治家の手つきだ。


「セルヴィスの浄化計画。第一段階は情報収集。偵察隊が灰域(アッシュランド)南部に入っている。集落の位置、人口、武装の有無。全て調べている」


 カイは地図を見つめた。ラストヘイムの位置に小さな点が打ってある。


「第二段階は外縁部の制圧。小規模な集落から順に、セルヴィスの管理下に置いていく。『保護』という名目で住民を管区に編入する。その過程で冴覚(さいかく)の素養がある人間を選別し、軍に取り込む」


 ガルドが煙草の煙を吐いた。


「リーヴ・シェイドの製造ラインだな」


 バートンが頷いた。


「その通りだ。灰域(アッシュランド)の孤児を回収し、訓練し、鋳脈(ちゅうみゃく)を施し、兵器にする。リーヴは最初の成功例だが、最後ではない。セルヴィスは次のリーヴを求めている」


 カイの拳が膝の上で握られた。



 * * *



「グランヴェルトも動いている」


 バートンが地図の別の場所を指した。グランヴェルト管区の東境、アッシュゲートの付近。


「先遣部隊を送り込んでいる。目的はセルヴィスとは違う。グランヴェルトが求めているのは、鋼城(こうじょう)の完成に必要な資源と技術者だ。灰域(アッシュランド)にはアルマナック機の残骸が眠っている。旧世界の合金が手つかずで残っている場所もある。グランヴェルトはそれを回収したい」


鋼城(こうじょう)


 カイはガルドから断片的に聞いた名前を口にした。


「移動要塞型の鉄殻(てっかく)だ。全長は数キロメートル。1機で国と戦争ができる」


 バートンが頷いた。


「そして、その鋼城(こうじょう)を動かすために24人の鋳脈(ちゅうみゃく)者が必要だ。人間を燃料にする装置だよ」


 部屋が静かになった。夕陽が机の上を這い、影が伸びていく。


「クレスタはどうだ」


 ガルドが聞いた。


「中立を装っている。だが両者に武器を売り、同時に灰域(アッシュランド)からも利益を吸い上げている。二つの錨、というやつだ。二つの勢力に同時に利益を約束し、どちらが勝っても損をしない位置を確保する」


 バートンは苦笑した。元クレスタの人間がクレスタの手口を語っている。その苦笑に、自嘲と怒りが混じっていた。



 * * *



 通信機が鳴った。

 バートンが受話器を取った。雑音混じりの声。遠い場所からの通信だ。


「コンラッドだ」


 バートンの表情が引き締まった。カイとガルドに向かって小さく頷く。聞いていていい、という合図。


「バートン、南の状況は悪化している。セルヴィスの偵察隊がアイアンウェルの50キロ南まで来た。うちの見張りが足跡を確認した。鉄殻(てっかく)の足跡だ。汎殻(はんかく)。3機以上」


 コンラッド・ナルミ。アイアンウェルの長。バートンと共に灰域(アッシュランド)連合の構想を進めている南の柱。


「分かった。ストーンクロスからは今すぐ動けない。だが、情報は共有する。偵察隊の動きを追跡してくれ」


「やっている。だがバートン、もう時間がないかもしれん。連合の話を急がなければ」


「急いでいる。だが旗印がいる」


 コンラッドの通信に沈黙が挟まった。


「……テオの息子がそちらに来ていると聞いた」


「ああ。来ている」


「使えるのか」


「まだ分からん。だが、可能性はある」


 通信が切れた。バートンが受話器を戻し、カイを見た。



 * * *



「聞いたな」


 バートンが言った。


「セルヴィスは来る。グランヴェルトも来る。灰域(アッシュランド)がまとまらなければ、個別に潰される。だがまとまるには旗印がいる」


 カイは黙っていた。バートンの言う「旗印」が自分のことだと分かっている。テオ・セヴァルの息子。灰域(アッシュランド)の英雄の血縁。その名前が、人を動かす力を持つ。


「カイ。お前に無理強いはしない。だが事実を伝えておく。お前がここにいるだけで、人は集まる。テオの息子がストーンクロスにいるという噂は、もう灰域(アッシュランド)中に広まり始めている。お前の意思とは関係なく」


「……俺は旗になりたくて来たんじゃない」


「分かっている。だが旗は、旗になりたくてなるものじゃない。周りが担ぎ上げるものだ」


 バートンの声は穏やかだったが、その穏やかさの裏に、政治家の冷徹な計算があることをカイは感じた。バートンはカイを利用したいのだ。だがそれは悪意ではない。灰域(アッシュランド)を守るための手段として、テオの名前を使いたい。その計算が、バートンの「正しさ」だった。


「バートンさん」


 ガルドが口を開いた。煙草を灰皿に押しつけ、バートンを真っ直ぐ見た。


「この子は、親父を探しに来たんだ。それが一番だ。旗だの連合だのは、大人が考えろ」


 バートンはガルドを見た。二人の目が交差した。長い視線の交換。


「……ガルド。お前もテオの相棒だった男だ。お前の名前も、灰域(アッシュランド)では重い」


「俺は技匠(ぎしょう)だ。政治はやらん」


「だろうな」


 バートンが微笑んだ。今度の微笑みには、計算が薄かった。


「リントはお前を認めている」


 カイは顔を上げた。


「口では認めんだろうがな。あの子が認める相手は少ない」


 窓の外で、夕陽が丘陵の向こうに沈んでいく。ストーンクロスの屋根に影が落ちる。通りを歩く人々の姿が、夕暮れの光の中でシルエットになる。


 ここにも守るべきものがある。800人の暮らし。市場の匂い。子供たちの声。カラス商隊の飴。錆鉄キノコのスープ。灰域(アッシュランド)パン。ストーンクロス・リンゴ。


 カイは窓の外を見た。東の空が暗くなっていく。父がいる方角。


 旗にはなれない。だが、ここにいるだけで人が動くのなら。

 少なくとも、逃げてはいけない。それだけは、分かった。

アルマナック・シリーズ -- 大崩落直前に開発された72機の軍用鉄殻原型フレーム。現在では再現不可能な旧世界の合金で造られている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ