英雄の息子
訓練場の砂煙が、朝の光に白く舞った。
ストーンクロスの訓練場は、集落の南門の外にあった。石壁の外に広がる丘陵地帯の一角を、残殻の動きに合わせて平坦にならした場所。鉄杭が等間隔に打ち込まれ、射撃の的になっている。地面には残殻の足跡が幾重にも重なっている。
カイが訓練場に着いた時、先客がいた。
赤みがかった茶髪を短く刈り込んだ長身の男。昨日、格納庫の前で見た操手だ。180センチはある体格で、肩幅が広い。首に赤いスカーフを巻いている。不機嫌そうな顔。常にそういう顔なのか、カイに対して不機嫌なのか、まだ分からない。
残殻の傍に立ち、カイの方を見た。
「お前がテオの息子か」
挨拶ではなかった。確認だった。
「そうだ」
「リント・ガーレス。ストーンクロス防衛隊の操手だ」
リントの目がカイの残殻を一瞥した。寄せ集めの装甲、規格の違う関節、旧式のルーク機関砲。リントの目に侮りはなかったが、興味もなかった。機体の質では語れない。操手の質で測る。そういう目だ。
「英雄の息子ってだけで特別扱いか。灰域はそういう場所じゃない。実力がなければ死ぬだけだ」
リントの声は硬かった。敵意ではない。苛立ちだ。カイが何をしたかではなく、カイがテオの名前で持ち上げられていることへの苛立ち。
「特別扱いされた覚えはない」
「門番が騒いでた。セヴァルの名前を聞いただけで顔色が変わった。お前が何をしたかじゃなく、お前の親父が何をしたかで扱いが決まる。そうだろう」
カイは否定できなかった。その通りだ。
* * *
「模擬戦をやろう」
リントが言った。提案ではなく宣言だった。
「いいのか。訓練場の許可は」
「俺はここの防衛隊だ。訓練場は好きに使える。お前は、客だろうが、ストーンクロスの訓練場を使う以上は腕を見せろ」
カイは頷いた。この男は正直だ。不器用な正直さ。リックに少し似ている。
2機の残殻が訓練場に並んだ。リントの機体は「キャリバー」。バランス型の残殻で、カイの機体よりも整備が行き届いている。装甲は統一規格で隙間がなく、右腕にルーク機関砲、左腰に短刀。ストーンクロスの体系的な整備体制が見て取れた。
模擬戦。武装の弾は抜く。近接武装は刃を引く。装甲に当たった時の衝撃で判定する。
カイはコックピットの中で息を整えた。計器が緑を灯す。燃料85%。機関温度は安定。
通信をトワに繋いだ。
「トワ。見ていてくれ」
「見てる。あの男、動きが良い。油断するな」
リントの通信が入った。
「行くぞ」
* * *
リントは速かった。
開始と同時に距離を取り、中距離を維持したまま移動射撃の姿勢に入った。ルークの砲口がカイの機体を追う。弾は入っていないが、照準器の赤い光がカイのセンサーに映った。
カイは距離を詰めようとした。近接に持ち込めば、冴覚が活きる。だがリントはそれを許さない。カイが前に出ると、リントは同じ速度で後退する。距離が縮まらない。
中距離を維持しながらの精密射撃。リントの戦闘スタイルだ。止まって撃つのではなく、動きながら当てる。ストーンクロスで体系的な訓練を受けてきたことが、その動きの洗練に表れていた。
カイは冴覚を研いだ。リントの機体の動きを読む。右に旋回しようとしている。重心が右に移る。カイはその先を読んで左に回り込んだ。距離が10メートル縮まる。
リントが反応した。読まれたことを察知し、急制動をかけて方向を変える。カイが読んだ先の先を仕込んでいる。フェイントではなく、読まれることを前提に次の次を用意している。
トワと同じだ。この男もまた、読まれることを前提に戦う。
距離が縮まらないまま、2分が過ぎた。互いに決定打がない。カイは冴覚でリントの動きを読み、リントは読まれることを前提に動きを変え続ける。膠着。
カイは右肩の癖を思い出した。トワの言葉。「直らないなら囮にしろ」。
カイは意図的に右肩を前に出した。攻撃の兆し。リントの機体が反応する。右からの攻撃に備えて左に重心を移す。
その瞬間、カイは左に踏み込んだ。
右肩は囮だ。本命は左からの接近。リントの重心が左に傾いている隙に、カイは一気に距離を詰めた。
20メートル。10メートル。近接距離。
リントの対応は速かった。中距離の射撃姿勢から、一瞬で近接防御に切り替える。左腰の短刀を抜き、カイの突進を受け止める。
残殻同士の腕が交差した。金属が擦れる音。衝撃がコックピットに伝わる。膠着。力比べ。
カイが押した。リントが押し返した。2機の機体が、砂煙の中でぶつかり合う。
3秒。5秒。
同時に、二人の機体が離れた。
* * *
引き分けだった。
どちらも装甲に致命的な衝撃を与えられなかった。
リントの通信が入った。息が荒い。
「……認めてやる。お前は腕がある」
「お前もだ」
「だが英雄の息子だからじゃない。お前個人の話だ。それだけは勘違いするな」
カイは操縦桿を握ったまま頷いた。リントの声には苛立ちが消えていた。代わりに、競争相手を認めた時の硬い敬意があった。
リントが去り際に通信を入れた。
「セルヴィスの浄化計画が来たら、ストーンクロスが最初に標的にされる。お前がここにいれば、お前の集落も巻き込まれる」
通信が切れた。リントの残殻が訓練場を出ていく。赤いスカーフが、コックピットのハッチの隙間から風に揺れた。
カイはコックピットの中で手を見た。自分の存在が、誰かを危険にさらす。テオの息子であるという事実が、ラストヘイムを、ストーンクロスを、巻き込んでいく。
トワの通信が入った。
「いい勝負だった」
「引き分けだ」
「それでいい。勝つことより大事なのは、相手に認めさせること。お前はそれをやった」
カイはハッチを開けた。晩秋の空が灰色に広がっていた。
キャリバー -- リント・ガーレスの搭乗する残殻。ストーンクロス防衛隊の中距離射撃型である。




