表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鉄殻のケストレル ―灰に沈む世界、鉄に宿る季節―  作者: Studio SASAME
灰を踏む者たち

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

51/153

砂塵の中の旗

砂塵が視界を塞いだ。

 センサーに映る前方の景色が、褐色の壁に呑まれていく。カイは計器を確認した。風速は上昇中。砂嵐ではないが、視界は200メートルを切っている。

 通信にトワの声が入った。


「停まるな。砂に足を取られる前に抜ける」


「了解」


 カイは残殻(ざんかく)の出力を上げた。脚部のサーボモーターが唸り、機体が砂塵の中を進む。足元が柔らかい。旧世界のアスファルトが砂に埋もれた地面で、踏みしめるたびに足首が沈む。


 前方に影が見えた。

 砂塵の向こうに、建物の輪郭。旧都市の遺構だ。コンクリートの壁が半ば崩れ、鉄骨が骨のように突き出している。ガルドの地図によれば、旧世界の工業地帯の残骸がこの一帯に広がっている。


 カイが旧都市の入口に差しかかった時、冴覚(さいかく)が反応した。

 圧。人間の気配。一つではない。複数。

 砂塵の中から、残殻(ざんかく)の影が現れた。



 * * *



 5機。

 砂塵の中に、5機の残殻(ざんかく)が散開していた。

 先頭の1機が異様だった。3機分の部品を溶接して作ったキメラのような機体。両肩に大口径の砲を据え、胴体は分厚い追加装甲で膨れ上がっている。頭部センサーが赤く光っていた。火力偏重。接近戦を捨てた砲撃特化の設計。


 通信が割り込んだ。荒い声。


「テオの息子か」


 カイの指が操縦桿を握り締めた。


「親父の借りを返してもらおうか。あの野郎に右腕を落とされた。7年も前の話だがな、俺は忘れねえ」


 ジェロニモ・バルデス。灰域(アッシュランド)の三原則を全て破る男。先日の無法傭兵の残党が、頭目を連れてきた。


 トワの通信が入る。低い声。


「5機。2対5。退くか」


「退ける地形じゃない。後ろは開けた荒野だ。追いつかれる」


「だろうな。なら前に出るしかない」


 トワの声に迷いはなかった。カイは前方の旧都市遺構を見た。崩れたビルの壁。倒れた送電塔。瓦礫の山。ここなら射線を切れる。砲撃特化のジェロニモにとって、瓦礫の中は不利な地形だ。


「市街地に入る。瓦礫で射線を切る」


「いいだろう」


 2機の残殻(ざんかく)が、旧都市の廃墟に飛び込んだ。



 * * *



 ジェロニモの砲撃が背後で炸裂した。

 コンクリートの壁が爆砕され、破片が残殻(ざんかく)の背部装甲を叩く。凄まじい火力だった。直撃すれば、カイの残殻(ざんかく)の装甲では一発で致命傷になる。


 だが瓦礫の陰に入れば、砲弾は届かない。

 カイは崩れたビルの角に機体を寄せ、センサーで敵の位置を探った。5機のうち3機が追ってきている。残る2機はジェロニモと共に後方に留まり、砲撃の射角を確保している。


「3機を引きつける。お前は側面から各個撃破しろ」


 トワの指示は簡潔だった。シルフが瓦礫の間を駆け抜け、3機の前に姿を現す。追ってきた敵機が射撃する。弾丸が廃墟の壁に穴を開ける。だがシルフは速い。壁から壁へ、瓦礫から瓦礫へ、影のように移動していく。


 カイは回り込んだ。

 冴覚(さいかく)が敵の気配を読む。3機のうち、最も動きが読めるのは右端の1機だった。操手(そうしゅ)の焦りが伝わってくる。トワを追いかけて射線が乱れている。


 カイは崩れたビルの角から飛び出した。距離80メートル。残殻(ざんかく)の右腕に装備した旧式ライフル、ルークを構える。冴覚(さいかく)が相手の次の動きを読む。左に旋回しようとしている。その0.3秒前に、カイは引き金を引いた。


 40ミリ弾が敵機の右膝関節を貫いた。

 敵の残殻(ざんかく)がバランスを崩し、膝をつく。行動不能。カイは射線から離脱し、次の瓦礫の陰に身を隠した。


 弾薬残量を確認する。ルークの残弾は21発。節約しなければ。



 * * *



 トワが2機目を仕留めた。

 側面から一気に距離を詰め、シルフの戦闘短刀が敵機の右腕の関節を切り裂いた。腕ごと武装が地面に落ちる。残る1機が慌てて後退する。


 だがジェロニモが動いた。

 後方から砲撃が飛んでくる。瓦礫の壁が3発で消し飛んだ。射角を変えながらの連射。精度は粗いが、面制圧だ。遮蔽物ごと吹き飛ばすつもりらしい。


「砲撃のインターバルを読め」


 トワの声が飛ぶ。カイは集中した。ジェロニモの砲撃パターンを冴覚(さいかく)で探る。

 3発、間隔は2.1秒。装填に3.8秒。次の3発。同じ間隔。砲身の冷却が必要なのか、6発ごとに5秒の空白がある。


 6発目が着弾した瞬間、カイは瓦礫の陰から飛び出した。

 5秒。ジェロニモの砲が沈黙している間に距離を詰める。コンクリートの破片を踏み越え、倒れた送電塔を跨ぎ、廃墟の通路を一気に駆け抜けた。


 ジェロニモの機体が見えた。距離40メートル。

 近接距離だ。この距離では大口径砲は使えない。砲身を向ける前にカイが動ける。


 ジェロニモが叫んだ。


「来やがったか、小僧!」


 カイは右腕のライフルを放り捨て、腰の短刀を抜いた。スティレット。全長1.5メートルの近接武装。装甲の隙間を狙う刺突用の刃。


 ジェロニモの機体が右腕を振った。砲身をそのまま鈍器にして叩きつけてくる。冴覚(さいかく)が読む。右から来る。カイは左に跳んだ。砲身が空を切り、地面を叩いてコンクリートが砕けた。


 その隙に、カイは踏み込んだ。

 短刀がジェロニモの機体の右腕の肘関節に突き刺さった。金属が軋む。関節の接合部を抉る。腕が落ちた。


 ジェロニモの残殻(ざんかく)が、片腕になった。



 * * *



 ジェロニモは撤退した。

 片腕の残殻(ざんかく)が砂塵の中に消えていく。残った部下の2機も、頭目に続いて後退した。去り際にジェロニモが叫んだ。


「テオと同じだ! 俺は忘れねえ!」


 通信が途切れた。砂塵が風に流れ、廃墟に静寂が戻る。


 カイは荒い息を吐いた。操縦桿を握ったまま、手が震えていた。5機を退けた。だが機体は満身創痍で、ルークの残弾は9発。燃料は24%。左膝の関節警告は赤に変わっていた。


 ガルドの作業車が瓦礫の間から姿を現した。


「よくやった」


 ガルドの声は低かった。


「だが無茶だ」


 カイは震える手を見つめた。人に銃を向けるのと、人を殺しかけるのは違う。今日、ジェロニモの腕を落とした瞬間、刃が関節を抉る手応えが操縦桿を通じて伝わってきた。あの感触が、手から消えない。


 トワが通信を入れた。


「生きてる。それでいい」


 その声は、いつもと同じ温度だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ