旧橋の集落
橋の上の集落。
雨は朝には上がっていた。
残殻を置いた場所まで戻り、ガルドが予備の燃料缶を使って最低限の補給を行った。残殻二機を動かすには全く足りないが、次の集落まで辿り着くだけの量はある。
テオの地図に記された補給地点。旧鉄道橋に作られた集落「ブリッジトン」。そこで燃料を手に入れる。
午後、丘陵地帯を越えると、それは見えた。
旧世界の鉄道橋だった。
錆びた鉄骨の骨格が、谷間に架かっている。幅は15メートルほど。長さは200メートルを超える。橋脚が四本、谷底から空に向かって伸びている。その橋の上に、集落が載っていた。
鉄道の枕木を壁材にした小屋が、橋の両側に並んでいる。レールの上にはトタン板の屋根が渡され、通路を作っている。橋の欄干には洗濯物が干され、煙突から炊事の煙が上がっていた。谷の風が吹き上げ、煙が横に流れる。
空中の集落。高所にあるため灰域狼が登れず、見通しも良い。旧世界の橋を、そのまま生活の基盤にしている。
「ブリッジトン。人口約60人。ここは灰域の関所だ」
ガルドが説明した。
* * *
橋の入り口に、壮年の男が立っていた。
背が高く、目が鋭い。商人の目だ。品定めをする目。カイの残殻を見て、トワのシルフを見て、ガルドの作業車を見た。
「ヴィクトルだ。ここの元締め。通りたきゃ何か置いていけ」
挨拶の代わりに、取引条件を提示された。灰域の流儀だ。
カイたちは残殻の予備部品と引き換えに、精製重油と食料を手に入れた。予備部品は汎殻の標準規格のギアとボルト。旧ルジェフの子供がくれたギアも含まれている。ヴィクトルはギアを指先で弾いて品質を確かめ、頷いた。
「まだ使える。良い物だ。燃料は半缶出す。食料は3日分。それで手を打て」
ガルドが交渉し、燃料を三分の二缶に引き上げた。食料はそのまま。物々交換の駆け引きが、5分で終わった。
集落の鍛冶師イーラが、カイの残殻の応急修理を手伝ってくれた。
太腕の女だった。背はカイより低いが、前腕の筋肉は男並みだ。言葉は少ない。だが工具の扱いを見れば、腕は確かだと分かる。左膝の関節軸受けが摩耗していたのを、手持ちの部品で交換してくれた。
「この関節、元は汎殻のウォーデン用だな。よく残殻に嵌めたもんだ」
イーラがガルドに言った。
「合わなきゃ削る。削って叩いて、嵌まるまでやる。それが灰域の技匠だ」
ガルドが答えた。
「口伝か」
「口伝だ。師匠から」
イーラは鼻を鳴らした。それは笑いに近い音だった。
ガルドとイーラは鍛冶の話で盛り上がった。鍛冶水の配合。焼き入れの温度。灰域で手に入る鋼材の質。カイは横で聞いていたが、半分も理解できなかった。だが二人の間に流れる空気は心地よかった。技匠同士が技を語り合う時間。それは灰域の文化だった。
* * *
夕食にブリッジトンの住民と火を囲んだ。
遺灰酒が振る舞われた。ストーンクロス産の木の根ベースの酒で、見た目は濁った茶色。カイは一口飲んで咳き込んだ。喉が焼ける。舌が痺れる。目の奥が熱くなる。
「何だこれ」
「遺灰酒。ストーンクロスの名物だ。通称『飲む拷問』」
ガルドが平然と二杯目を飲んでいた。トワは一口で「無理だ」と言って水に切り替えた。
灰域鴉の卵の塩漬けが出た。小さな卵を殻ごと塩に漬けたもので、噛むと塩辛い白身の中からねっとりとした黄身が出てくる。これは美味かった。ブリッジトンの住民たちは、橋の鉄骨に巣を作る灰域鴉の卵を日常的に食べているらしい。
「卵は栄養がある。この集落の子供が丈夫なのは、卵のおかげだ」
ヴィクトルが言った。商人の目は消え、自分の集落を誇る目になっていた。
食事の席で、ヴィクトルが声を落とした。
「最近、東から妙な連中が来ている。鉄殻の足跡が多すぎる。傭兵にしちゃ規模がでかい」
カイの箸が止まった。
「何機だ」
「足跡だけで数えると、10機以上。灰域の傭兵団でこの規模はボルトのレイダーズくらいだが、あれはもっと西にいるはずだ。つまり外の連中だ」
統治機構体の偵察隊かもしれない。カイとガルドの目が合った。
グランヴェルトか。セルヴィスか。
どちらにしても、灰域の東に、外の力が入り込んでいる。
ウォーデン -- セルヴィス防衛機構の制式汎殻(型番Sv-IIIa)。堅牢で統制を重視した設計の量産型鉄殻である。
レイダーズ -- ボルト・レイダー率いる灰域の傭兵団。規模は小さいが、灰域では名の知れた存在である。




