反発と模擬戦
訓練、2日目。
カイの残殻が、3度目の地面に叩きつけられた。
コックピットが激しく揺れ、計器盤のランプが一斉に点滅する。背中を座席に打ちつけた衝撃で、息が詰まった。装甲健全度表示が、右肩と左脇腹で黄色に変わっている。
「立て」
トワの声に感情がない。
カイは操縦桿を握り直し、残殻を起こした。関節が軋む。左膝の負荷警告が点いた。まだ動く。まだ戦える。
シルフが20メートル先に立っている。単眼カメラがこちらを見ている。傷一つない。カイは一発も当てていない。
「なぜこんなに厳しくする」
声が出た。操縦桿を握る手に力が入っている。苛立ちだった。
「お前が死ぬのを見たくないからだ」
トワはそれ以上の言葉を吐かなかった。
4度目の交差。
シルフが右から来る。戦闘短刀が弧を描く。カイは左に回避し――読まれた。トワは右からの斬撃をフェイントに使い、左脚の蹴りを下段から入れてきた。カイの残殻の膝裏を正確に蹴り、バランスを崩させる。
倒れる。また倒れる。
だが今回は、倒れながら見えたものがあった。
* * *
トワの戦い方には、揺るがない原則がある。
攻撃の後に必ず離脱する。それは分かっていた。だがもう一つ。トワは常に、三手先に離脱ルートを確保している。攻めている最中でも、体の一部は退路に向いている。
具体的に言えば、左足だ。
シルフの左足が、攻撃時にも僅かに後方を向いている。踏み込みの角度が浅い。全体重を前にかけていない。いつでも後方に跳べる姿勢を維持している。
カイにはそれがない。攻める時は全体重を前に乗せる。それがカイの癖だった。退く判断が遅い。リーヴの遊肢に囲まれた時も、退路を考えていなかった。
「もう一回」
カイが言った。
「何回やっても同じだ」
「違う。見えたものがある」
5度目。
シルフが正面から来た。カイは今度、全力で前に出なかった。半歩だけ踏み込む。左足を後方に残す。退路を作る。トワの教えを、体で試す。
シルフの斬撃が来た。右から。カイは半歩を引いて回避する。シルフが離脱に入る瞬間、カイは追わなかった。代わりに、シルフの離脱先を読んだ。
左だ。トワは左に跳ぶ。左足が後方を向いていたから。
カイの残殻が左に向き直る。シルフが離脱した先に、カイの機体が待っていた。
近接武装の先端が、シルフの左肩装甲にかすめた。
金属が擦れる音。軽い。だが確かに触れた。
トワのシルフが動きを止めた。一瞬だが、確かに止まった。
「……お前、離脱先を読んだな」
「左足が後ろを向いていた。だから左に跳ぶと思った」
通信の向こうで、トワが息を吐く音がした。
「やるじゃないか」
* * *
6度目は、カイが負けた。
トワは離脱のパターンを変えてきた。左足を囮にして右に跳んだ。カイの読みは外れ、背中にシルフの蹴りを受けた。
7度目も負けた。だが今度は、トワの戦闘短刀を一度受け流した。
8度目。
カイは右肩を先に動かした。意図的に。攻める時に右肩が先に動く癖。それを囮に使った。右肩を前に出し、攻撃の意思を見せる。トワが右肩の動きに反応して回避行動に入った瞬間、カイは逆の左拳を叩き込んだ。
シルフの胴体に、残殻の左拳がぶつかった。今度は掠めたのではない。当たった。コックピットに衝撃が返ってくる。拳を握る手が痺れた。
トワの声が変わった。驚きが混じっている。
「右肩の癖を囮に使ったのか」
「トワが言ったんだ。直らないなら逆に使えって」
「……昨日の言葉を、もう戦術に変えたのか」
トワは呆れたように笑った。笑い声を、カイは初めて聞いた。
* * *
模擬戦後、残殻の上に並んで座った。
夕暮れの灰域が眼下に広がっている。灰原草の白い穂が、橙色の光に染まっていた。風が機体の装甲を撫で、乾いた音を立てる。
トワは水筒の水を飲み、カイに寄越した。
「お前の機体、右膝の関節が限界だ。今日の訓練で更に削った。ガルドに見てもらえ」
「ああ」
「左腕の動力伝達系も怪しい。全力で殴るのは控えろ」
「さっき全力で殴った」
「知ってる」
トワは遠くを見ている。灰色の地平線。鉄錆色の大地。その向こうに何があるか、二人とも知らない。
「この機体じゃ限界がある」
トワが言った。独り言のように。
「もっと良い機体があれば、お前の冴覚が活きるのに」
カイは何も答えなかった。機体の性能不足は、自分が一番分かっている。だが灰域で銘殻が手に入るはずもない。
ガルドが作業車の荷台で工具を並べていた。トワの言葉が届いたのか、届かなかったのか。ガルドは目を伏せ、赤葉の煙草の灰を落とした。




