↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鉄殻のケストレル ―灰に沈む世界、鉄に宿る季節―  作者: Studio Yodaca
残鳴の先へ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

242/270

|鋼城《こうじょう》への道

鋼城モノリスの側面装甲がケストレルの手の届く距離にあった。

 手を伸ばせば届く距離に灰色の鉄の壁があった。リベットの打たれた継ぎ目が水平に走っている。装甲板1枚の厚さがどれほどあるかは分からない。FALKEの75mmで傷ひとつ入らないことだけは見れば分かった。

 装甲の表面にセンチネル・ドールが張り付いている。固定砲台型の歩哨ドールだ。半球形の砲塔が装甲にボルト留めされ、40mm機関砲の砲身が一定の間隔で左右に首を振っている。視界に入るだけで8基。鋼城の側面全体では少なくとも50基以上が配備されているはずだった。

 カイはケストレルを鋼城の側面装甲から100メートルの位置で止めた。これ以上近づけばセンチネル・ドールの射程に入る。


 リオンの通信が入った。

「センチネル・ドールの射程は推定200メートル。固定砲塔だから追尾速度に限界がある。高速で移動すれば砲塔の旋回が追いつかない」

「だが止まったら撃たれる」

「止まらなければいい」

 リオンの声には疲労が滲んでいたが、判断は的確だった。


 ボルトの通信が割り込んだ。

「聞こえてるか、カイ」

 声が荒かった。背後で金属がぶつかる音が響いている。

「聞こえてる」

「センチネル・ドールは俺とリントで引きつける。お前はそのまま鋼城に取り付け」

 カイは振り向く。400メートル後方でハウラーとキャリバーがケーファーの残党を蹴散らしながら鋼城に接近していた。ハウラーの左腕は既にない。ツェアライサーの自爆で吹き飛ばされた空洞がむき出しになっている。右腕だけで戦い続けている33トンの鉄塊が、右腕のFALKEを鋼城の側面に向けて撃った。75mm弾がセンチネル・ドールの1基に命中し、砲塔が火花を散らしながら砕ける。

 リントのキャリバーがハウラーの左に並んだ。75mmライフルが精密にセンチネル・ドールの砲塔基部を撃ち抜いていく。1発で1基。リントの射撃には無駄がなかった。

「弾は持つのか」

「持たせる」

 ボルトの返答は短かった。


 トワの通信が入った。

「あたしはケーファーの残りを片付ける。お前は気にするな」

 シルフが戦場の後方を駆けている。骨格のような機体が4基のスラスターを噴射させ、散発的に現れるケーファーの脚を切って回っていた。戦闘短刀の刃は既に何度も欠けている。だがトワは刃が欠けた短刀で関節を抉り、ケーファーを転倒させ続けている。


 カイは前を向く。

 鋼城の装甲壁。100メートル先の灰色の鉄の壁。ボルトとリントがセンチネル・ドールを引きつけている間にその壁に取り付く。壁面のどこかにガルドが見つけた整備用ハッチがある。鋼城の内部に通じる入口だ。

 カイは操縦桿を握り直す。

 右手に痺れが走った。


 * * *


 冴覚が深くなっていた。

 アルベルト戦の疲労が残っているはずだった。こめかみの奥に鈍い脈動がある。鼻の奥に鉄の味が微かに残っている。どれも冴覚を使いすぎた時の兆候だったが、感覚は鈍くなるどころか研ぎ澄まされ続けていた。

 鋼城の中から何かが脈動している。

 音でも振動でもない。冴覚だけが拾っている何かだった。鋼城の中から何かが押してくる。装甲とケストレルの鉄をすり抜け、カイの胸の奥を直に押す。

 心臓のように。

 鋼城の深部で何かが鼓動している。規則的な脈動。収縮と弛緩を繰り返す圧力波。ケストレルの計器には何も映っていない。音響センサーにも振動計にも反応はなく、カイの冴覚だけがそれを感じ取っていた。

 体の芯が熱かった。右手の痺れが手首を越え、前腕にまで広がっている。鋼城に近づくほど痺れが深くなっていた。灰色の静寂が視界の端に滲んでいる。意識して冴覚を発動させたわけではない。勝手に研ぎ澄まされていく。鋼城の存在そのものが冴覚を引き出しているようだった。

 カイはそれが何なのか分からなかった。

 動力炉の振動か。それにしては規則的すぎた。

 操縦桿を握る手が震える。

 何だ、これは。


 リオンの声がコックピットに響いた。

「カイ。大丈夫?」

 カイはリオンの声で我に返った。モニターに映るポラリスが200メートル後方にいた。白銀の装甲が戦闘で傷だらけになっている。リオンのバイザー越しの視線がカイを真っ直ぐ見ている。

「大丈夫?」

 もう一度、同じ言葉だった。声がわずかに上ずっている。

「分からない」

 カイは正直に答える。

「体が変だ。冴覚が勝手に動いてる。鋼城の中から何か感じる。でも、計器には何も出てない」

 リオンは数秒黙った。

「あなたの冴覚が鋼城に近づいて増幅されている可能性がある。原因は分からない。でも今は無視して」

「無視できるか分からない」

「できなくても、止まらないで」

 リオンの声に力が入った。

「分からない。でも、止まれない」

 カイは操縦桿を前に倒す。

 ケストレルが鋼城に向かって走り始める。


 * * *


 センチネル・ドールの砲塔が旋回する。

 40mm機関砲の連射がケストレルの進路を叩く。弾丸が地面を抉り、砂と岩片が噴き上がった。カイはケストレルの鳥足で地面を蹴って左に跳び、着地と同時に右に切り返す。砲塔の旋回速度を冴覚で感じ取り、射線が追いつく前に移動方向を変え続けた。

 ボルトのハウラーが鋼城の側面に張り付いたセンチネル・ドールにFALKEを撃ち込んだ。砲塔が1基砕ける。リントのキャリバーが2基目を撃ち抜いたが、センチネル・ドールの数が多い。2基倒しても隣の砲塔がすぐに火線を補ってきた。

「止まるなよ!」

 ボルトの怒鳴り声。カイは止まらなかった。ケストレルが全速で鋼城の側面を駆け抜け、センチネル・ドールの射界を通過する。砲塔の旋回が追いつかず、砲弾がケストレルの背後を叩いた。

 装甲壁が眼前に迫った。

 灰色の鉄の壁。リベットの列。継ぎ目のライン。その壁面の一角に他と異なる形状のパネルがあった。整備用ハッチ。ガルドが事前に特定していた鋼城内部への入口の一つだ。ガルドは別のハッチから入っているため、これは彼が予備として教えておいたものだった。

 カイはハッチの位置を確認し、ケストレルを装甲壁の陰に滑り込ませる。センチネル・ドールの射角の死角だ。砲塔は壁面に固定されているため、壁面に密着した位置を射撃できない。


 通信にノイズが混じった。

 鋼城の装甲が通信電波を遮断し始めているのだ。壁面に密着すると通信が途切れやすくなる。

 ノイズの向こうからガルドの声が聞こえた。

「中に入った」

 低い声だった。呼吸が落ち着いている。戦闘中の声ではなく、鋼城の整備通路を歩いている声だった。

「ここからは俺の仕事だ」

 カイは答える。

「待ってる」

 短い沈黙。通信のノイズが波のように寄せて引いた。

「カイ」

 ガルドの声がもう一度呼んだ。

「時間がかかるかもしれない。だが必ず止める。外は任せた」

 通信が途切れる。

 カイは操縦桿を握ったまま鋼城の装甲壁に背を預ける。ケストレルの背部装甲が鉄の壁に触れ、機体越しに鋼城の振動が伝わってくる。6本の脚が大地を踏む振動。内部で稼働する動力炉の唸り。そして、冴覚だけが捉えている脈動。

 あの脈動が壁一枚を隔てた向こうにある。

 カイには分からなかった。あれが何なのか。なぜ自分の冴覚がそれに反応するのか。

 ガルドがあの中にいる。それだけだ。

 ケストレルのエンジンが低く唸っていた。傷だらけの機体が鋼城の壁面に張り付いて息を潜めている。FALKEの残弾は僅か。WESPEの30mm弾もほとんどない。鍛翼刀は刃先が欠けている。DONNERの擲弾2発だけがまだ温存されていた。

 カイはモニターの先を見つめた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。