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鉄殻のケストレル ―灰に沈む世界、鉄に宿る季節―  作者: Studio Yodaca
残鳴の先へ

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右に偏る癖

4基の遊肢が弧を描いてケストレルを囲んでいる。

 上に2基、右に1基、左に1基。扇状の包囲陣だ。

 右手の痺れが深い。冴覚がアルベルトの殺意を拾い続けるなか、ミラージュのメインカメラが細長く光る。銀灰色の装甲には蓄光塗料が淡く浮かび上がり、鋼城側面の暗い装甲壁を背にして月のように白く光っていた。

 遊肢の1基が射撃してくる。上方右側の飛翔型だ。20mm速射砲の連射がケストレルの頭部を狙う。カイは操縦桿を左に倒し、脚部サブスラスターを噴射して横跳びした。着地の瞬間に上方左の遊肢が撃ち込み、2発が左肩の装甲を掠めて1発が胴体の左脇を抜ける。掠めた弾が装甲の表面を削って金属片を散らした。

 着地を終える前に右側の遊肢が射線を変えてきた。FALKEを構えて撃ち返すが、遊肢は射撃と同時に高度を変えて弾道を逃れる。空を切った75mm弾が鋼城の側面装甲に着弾して火花を散らした。

 4基の射撃は止まらない。1基が撃ち終わる前に次の1基が撃ち始め、連続した火線がケストレルの周囲を叩き続ける。跳んで着地し、撃たれてはまた跳ぶ。その繰り返しだった。


 リオンの通信が入った。

「遊肢の配置を伝える。あなたの死角に入っている1基がいる。左後方上、高度推定50メートル」

 ポラリスはケストレルの300メートル後方で射撃支援を続けている。穿月銃の長砲身がミラージュを狙っているものの、遊肢がケストレルに張り付いた状態ではミラージュ本体へ射線を通せない。そのためリオンの役割は自然と通信支援に切り替わっていた。

「左後方。了解」

 カイは振り向かない。振り向けば正面の遊肢に撃たれるからだ。リオンの言葉を信じ、左後方の1基を意識の中に置いた。

 4基の位置は上方右、上方左、右側面、そして左後方。リーヴの遊肢を相手にした時と同じ数だ。だがリーヴ戦の記憶を呼び起こしても、今の状況には直接当てはまらなかった。

 リーヴの遊肢運用は精密だった。4基が均等に散開して独立した射線を持ちながらも、母機であるソルスティスの動きと完全に同期していた。遊肢が左へ流れれば本体は右に動き、射撃と斬撃がコンマ数秒のズレもなく連動する。だから読めたのだ。

 アルベルトは違う。

 遊肢の動きが荒く、軌道が不規則で射撃のタイミングにもばらつきがある。先ほどの交戦で確認した通り、4基のうち2基は飛翔型で2基は鳥型だ。異なる形態の遊肢を混ぜて使っている。水平移動の速い飛翔型と急降下の一撃が重い鳥型。2種類の動きのパターンが混在しているため全体のリズムが乱れていた。

 荒い。だが、だからこそ読みにくい。

 リーヴの動きには法則があり、カイの冴覚はそれを感じ取って次の動きを読めた。だがアルベルトにはそれがない。攻撃のリズムが一定せず、遊肢の位置も偶発的に変わっていく。


 鳥型遊肢が急降下してくる。

 翼を折り畳んだ小さな影が上方から落ちてきた。対装甲貫通弾だ。単発だがケストレルの装甲を貫く威力がある。カイは腰部サブスラスターを左に噴射して回避した。貫通弾が地面に突き刺さって砂と岩が弾け飛ぶ。回避した直後に左後方の遊肢が射撃してくる。リオンの警告がなければ気づくのが遅れていたはずだ。ケストレルの鳥足が地面を蹴って前方に跳び、30mm弾が右脚の装甲を掠めていく。

 息が荒い。操縦桿を握る手が汗で滑り、グローブの内側が湿っていた。

「リオン。遊肢の位置を随時中継してくれ」

「分かった」

 リオンの声は冷静だった。戦場にいてこの冷静さを保てる人間はそう多くない。ポラリスの穿月銃が1発撃たれ、90mm弾がミラージュの右腕装甲を叩く。直撃ではない。ミラージュが僅かに上体を逸らして弾を滑らせていたのだ。

 その1秒の間にカイは呼吸を整えた。


 * * *


 アルベルトの遊肢が再び動く。

 4基が一斉に位置を変えた。上方の2基が左へ流れ、右側面の1基が上昇し、左後方の1基が右へと回り込む。陣形の変更、すなわち攻撃方向を変えるための再配置だった。

 カイの冴覚が再配置の最中に微かな「間」を捉えた。

 リーヴ戦で学んだことだ。遊肢に感覚帯域を集中させた瞬間は操手の本体操縦が鈍る。再配置は4基の位置を同時に制御する高負荷な作業であり、その間はミラージュ本体の反応速度が落ちるはずだ。

 カイはFALKEをミラージュへ向けて撃ち放つ。

 だがミラージュの反応は遅くなかった。

 銀灰色の機体が右に跳んで75mm弾を回避する。遊肢の再配置を行いつつ本体も問題なく動いており、リーヴの時のような明確な隙は見えなかった。

「遊肢の再配置中に本体が鈍る、とは限らないのか」

 カイは歯を食いしばった。リーヴとアルベルトでは遊肢の運用思想が違うのだ。リーヴは4基を精密に均等配置する。全基の位置を厳密に制御する必要があるため帯域消費が大きい。だがアルベルトは荒い配置で構わないとしている。精密さを求めていない分だけ帯域消費が少なく、本体の操縦に余力が残っているわけだ。

 ならば別の瞬間を探す必要があった。


 リオンからの通信が入る。

「遊肢の位置。上方左に飛翔型2基。右上に鳥型1基。あなたの背後に飛翔型1基が回り込もうとしている」

「背後の1基、距離は」

「推定120メートル。速度を落としている。射撃位置に入ろうとしている」

 カイは前方のミラージュを見た。アルベルトのメインカメラがこちらを真っ直ぐ見据えている。遊肢を背後に回り込ませつつ本体が正面に立って注意を引く、前後からの挟撃陣形だ。

 カイはケストレルを後方へと跳ばした。普通の判断なら前進して挟撃を避けるところだがカイは逆を選び、背後へ回り込もうとする遊肢へ向かって突っ込んでいく。

 背後の遊肢が慌てて射撃してきた。ケストレルが急速に接近したことで射撃のタイミングが狂い、20mm弾は左右に散る。カイは射線を潜り抜けながらWESPEの30mm三連装を叩き込んだ。3発が外殻に命中して1発が推進ノズルを掠める。致命傷ではないものの、遊肢は高度を上げて距離を取った。

 その直後にミラージュが踏み込んでくる。

 すでに弧月刀が抜かれていた。3.5メートルの曲剣が蓄光塗料の白い軌跡を引いて横薙ぎに振られ、カイは鍛翼刀で受け止める。金属同士が衝突して火花が弾け飛んだ。衝撃がケストレルの腕を通じて操縦桿へ伝わり手首に痛みが走る。ミラージュの出力がケストレルを上回っているため押し負けそうになる。

 カイは正面から受けるのを止めて横へ流した。鍛翼刀の刃を斜めにして弧月刀の切っ先を滑らせて逸らす。ミラージュの剣が空を切り、その勢いで銀灰色の機体が僅かに前傾姿勢になった。カイはその隙にFALKEを叩き込もうとしたが、上方から鳥型遊肢が急降下してくる。対装甲弾が右肩の装甲を叩き、衝撃でFALKEの照準がずらされた。

 遊肢がミラージュの隙を補っている。本体の体勢が崩れた瞬間に遊肢が相手を叩く。攻守の「切替」ではない。本体の攻撃と遊肢の援護が噛み合っているのだ。

 いや。

 噛み合っているのではない。アルベルトが攻撃に集中した時だけ遊肢の動きが自然と攻撃寄りになっているだけだ。本体が斬りかかれば遊肢も撃ちにかかるというように、全てが攻撃へと向かう。

 カイはその瞬間の遊肢の配置を記憶に焼き付けた。


 * * *


 リオンの通信は続いている。

「飛翔型1基が右に移動。鳥型1基が上昇。高度70メートル」

 リオンはポラリスのセンサーで遊肢の位置を逐次追跡してカイの死角を補っていた。300メートルという距離は遊肢の射程外ではないものの、ミラージュ本体が直接攻撃するには遠い。

 カイはリオンの中継情報と自分の冴覚を組み合わせ、アルベルトの遊肢運用を観察し続けた。

 3回目の近接交戦。弧月刀とFALKEの射撃が交差する。カイは鍛翼刀で弧月刀を弾き返しつつ遊肢の位置を冴覚で感じ取った。

 右に3基。左に1基。

 4回目。ミラージュの蹴りがケストレルの腹部を捉える。衝撃で後退しながら遊肢の位置を確認した。

 右に3基。左に1基。

 5回目。鳥型遊肢の急降下をかわす最中にミラージュの30mm連装を浴び、左胴体の装甲が凹む。

 右に3基。左に1基。

 すべて同じだった。

 アルベルトが近接戦闘に意識を集中するたびに遊肢の配置が右へ偏る。右利きの操手が攻撃に集中する時、無意識に利き手側へ遊肢を寄せているのだ。リーヴにはなかった癖だった。

「リオン。右側の遊肢の密度を見てくれ。アルベルトが攻撃に出る時、右に偏ってないか」

 3秒の沈黙。

「偏っている。攻撃開始から0.3秒後に、右半球の遊肢密度が1.5倍になる。左側面に空白ができている」

 カイの鼓動が速くなる。

 左側面。攻撃に意識を集中した瞬間の左側面だ。そこに空白が生まれる。遊肢が右へ寄ることで左をカバーする機体がいなくなる時間。

「空白の長さは」

「0.4秒から0.6秒。遊肢が左に戻り始めるまでの間」

 0.5秒。

 リーヴ戦で学んだことだ。遊肢の包囲に穴が開く瞬間は必ずある。精密なリーヴでさえ本体操縦と遊肢制御の切り替えの間に空白があった。アルベルトの空白は切り替えではなく集中の偏りから来ているが、性質は違えど結果は同じだ。穴が開く。


 カイは作戦を変えた。

 これまではアルベルトの攻撃を回避しながら隙を探す受け身の戦い方をしていたが、これからは違う。

 アルベルトの攻撃意識を煽って右の遊肢に集中させるのだ。

 カイはケストレルをミラージュの右前方に位置取らせた。アルベルトの利き手側であり、攻撃しやすい角度へ自分から入り込む。

 挑発だった。

 冴覚が反応する。ミラージュの右脚のサーボモーターが出力を上げた。踏み込む予兆だ。弧月刀が引かれる。来る。

 カイはFALKEを撃ちながら後退した。弾はミラージュに当たらなくていい。アルベルトに追わせるための射撃だ。攻撃的な操手は相手が撃ってくれば本能的に詰めてくる。

 ミラージュが踏み込み、弧月刀が斜めに振り下ろされた。同時に遊肢が一斉に射撃を開始する。

 右に、3基。

 左側面が薄くなった。

 リオンの声が響く。

「左、空いた」

 カイのケストレルが跳んだ。

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