自爆の嵐
ツェアライサーが最初に爆発したのはリントの左側面だった。
灰褐色の球体が地面を走ってキャリバーの脛にぶつかった瞬間、白い閃光が荒野を灼いた。指向性爆薬1.1トンが接触面に集中して炸裂し、衝撃波が砂塵を円形に吹き飛ばす。ケストレルのコックピットにも振動が伝わり、モニターが一瞬白く飛んだ。
キャリバーは吹き飛ばなかった。リントが爆発の0.3秒前に機体を右へ跳ばしていたのだ。脛への直撃ではなく爆風の端を受けただけだったが、それでも左膝から下の装甲板が2枚剥がれ、露出したフレームが赤熱している。
「くそ」
リントの声が通信に割り込んだ。怒りではなく困惑だった。
「近づかれるまで分からなかった」
人間なら近づく前に殺意が出る。それを冴覚が掴む。だがこいつには殺意がない。走って触れて爆発する。それだけの機械——だが爆発はケーファーの比じゃない。
2体目のツェアライサーが地面を走ってくる。
全高2.8メートル。4本の短い脚が回転するように動き、ケーファーの群れの隙間を縫って前進してくる。灰褐色の外殻が荒野の地面に溶け込み、ケーファーの足元に紛れて接近していた。いちばん大きな熱を選んで加速する。
ボルトのハウラーに向かっていたのだ。
「来てやがる」
ボルトが唸った。ハウラーの左腕のFALKEが火を吐いたものの、ツェアライサーは全高2.8メートルしかない。地面を這うように低い姿勢で走る球体に75mm弾を当てるのは困難だった。1発目が外れ、2発目が外殻を掠める。3発目を撃つ前にツェアライサーがハウラーの左脚に到達した。
ボルトは右へ回避する代わりに左脚を前に踏み出した。
ハウラーの33トンの質量が、その左脚でツェアライサーの球体を踏み潰す。外殻が潰れ、4本の脚が折れて駆動機関が停止した。炸薬は起爆しなかった。接触センサーが破壊されたためだ。1.1トンの不発弾がハウラーの足裏で沈黙する。
「潰せば止まる」
言い終える前に次の球体が砂を蹴り上げていた。
* * *
ツェアライサーの群れが、ケーファーの前列から次々と飛び出してくる。
3体。5体。7体。群れの中に混在していた自爆型ドールが一斉に加速を始める。それぞれが異なる熱源を追尾し、灰域連合の機体に向かって散開していく。走る爆弾が荒野を横切り、土煙を引いて突進してくる。
カイは鍛翼刀を握り直す。
正面から2体のツェアライサーが走ってきている。地面を這う灰褐色の球体が、ケストレルのエンジン排熱を追って真っ直ぐに向かってくる。冴覚は反応しない。兆しがない。だが目には見える。計器の数字が削れていく。200メートル。100メートル。あと数秒。
カイは前に出る。
ケストレルの鳥足が地面を蹴り、左のツェアライサーに向かって跳ぶ。鍛翼刀を横薙ぎに振り抜いた。刃がツェアライサーの球体を縦に切り裂き、外殻が裂けて内部の炸薬容器が露出する。だが指向性爆薬は斬撃では起爆しない。接触センサーが破壊されていれば、炸薬は沈黙したまま地面に散乱する。
切り裂かれたツェアライサーが地面に転がった。炸薬が露出した状態で停止している。不発。
右のツェアライサーはケストレルの背面に回り込んでいた。カイは振り返りざまに左前腕のWESPEを撃つ。30mm弾が3発、球体の側面に命中した。外殻に穴が開き、駆動機関が破壊される。4本の脚が止まり、球体が地面に転がって停止した。
2体。だがまだ来る。
爆発が起きる。
右後方。ジェイスの断鉄衆の残殻がツェアライサーの直撃を受けていた。閃光が荒野を照らし、衝撃波が砂塵を巻き上げる。黒い煙の中から残殻の上半身が見えた。右腕がなかった。肩関節から先が消し飛んでいる。だが残殻は立っていた。左腕だけで姿勢を保ち、脚を踏ん張って踏み留まっている。
ジェイスの声が通信に入った。
「1機損失。操手は無事だ。下がらせる」
右腕を失った残殻が後退していく。その横を別のツェアライサーが走り抜けた。操手を追わず、より大きな熱源であるボルトのハウラーへ向かっている。
左から爆音が鳴った。
ボルトのハウラーがツェアライサーの自爆を正面から受けていた。
閃光。衝撃波。ハウラーの左腕が吹き飛んだ。肘関節から先が消失し、FALKEを握っていた手が銃ごと宙を舞う。旧式ライフルが地面に落下して土煙を上げた。ハウラーの左肩からは火花が散り、断裂した配線から白い煙が噴いている。
通信にノイズが混じった。ハウラーの左側の通信アンテナが損傷したのだ。ノイズの向こうからボルトの声が聞こえた。
「腕1本で十分だ」
声は震えていなかった。33トンの鉄塊が右腕だけで立ち上がり、ケーファーの群れに向かって前進を再開する。右前腕のパイルバンカーが唸りを上げていた。
カイは一瞬、目を奪われた。左腕を失ったハウラーが重心を右にずらして歩く。バランスが崩れているはずだ。それでも倒れない。
* * *
リントが怒号を上げた。
「来るな!」
キャリバーの右脚がケーファーの胴体を蹴り飛ばした。9.5トンの残殻が全力で繰り出した蹴りが、9.5トンのケーファーを3メートル吹き飛ばす。金属がぶつかる重い音が荒野に響き、ケーファーが横倒しになった。砲塔が回転を続けているが脚が地面に届かない。ひっくり返った甲虫が藻掻いている。
リントのFALKEはもう弾がなかった。75mm弾の最後の1発は2分前に撃ち尽くしている。キャリバーの左腕がライフルを投げ捨て、腰部から鍛翼刀を引き抜いた。カイの鍛翼刀より短い2.8メートルの片刃剣。だがリントの腕なら十分だった。
ケーファーの群れに鍛翼刀で突っ込んでいくキャリバーの姿が砂塵の向こうに見えた。弾がないなら斬る。斬れなくなったら蹴る。蹴れなくなったら頭突きでもする。ストーンクロスの若い操手の荒っぽさが戦場に叩きつけられている。
トワのシルフが戦場の端を走り抜けた。
ツェアライサーが3体、シルフの熱源を追って集まっていた。トワはシルフのスラスターを全開にし、ツェアライサーの群れの前を横切る。3体の球体がシルフの排熱を追って方向を変える。シルフの速度はツェアライサーを上回っており、球体は追いつけない。だがトワは逃げなかった。
シルフが急減速し、方向を180度反転させた。ツェアライサーの群れの正面に飛び込む。3体の球体が一斉にシルフに向かって加速する。接触まで2秒。
トワはその2秒の間にシルフを横へ跳ばした。
3体のツェアライサーがシルフのいた空間を通り過ぎた。熱源を見失った球体が減速し、方向を見失って旋回を始める。その旋回がケーファーの群れの中に突っ込む軌道となった。
ケーファー2体とツェアライサー1体が接触する。
爆発が荒野を揺らした。ケーファーの外殻が吹き飛び、4本の脚がばらばらに散らばる。残りの2体のツェアライサーも至近距離の爆風で転倒し、脚を失って停止した。
「味方同士で潰し合わせた」
通信越しのリントの声には感心と困惑が混ざっていた。
トワは答えなかった。シルフは既に次の位置へ移動している。
* * *
カイは鍛翼刀を振り続けていた。
ケーファーの胴体を横に切り裂き、次のケーファーの前脚を断ち、3体目の砲塔を叩き落とす。刃が金属を噛むたびに振動が手首を走り、刃の軋む音が腕を伝った。ケーファーの外殻は硬い。鍛翼刀の振動機構が接触時に高周波振動を発して切削力を増すが、それでも1体を仕留めるごとに刃への負担が蓄積していく。
7体目のケーファーを切り伏せた時、ケストレルのモニターに鋼城の脚部が映った。
近い。2000メートルまで接近していた。鋼城の第3脚が画面の右端に見えている。直径80メートルの巨大な脚柱が地面に突き刺さり、微かに振動している。あの脚の根元に取り付けば鋼城の近接防御火器の死角に入れる。自動散弾砲の射角は下方15度が限界だ。脚の根元に張り付けば鋼城自身の装甲が盾になる。
だが2000メートルの距離にはケーファーとツェアライサーが密集していた。群れの密度が上がっている。鋼城に近づくほど護衛のドールが厚くなるのだ。
FALKEを構えた。残弾表示は18パーセント。75mm弾が10発も残っていない。WESPEの30mm弾も半分を切っている。DONNERの擲弾2発は温存している。ケーファー相手には使えない。もっと大きな標的のために。
ケストレルの前方にケーファーの壁があった。8体が横一列に並び、砲塔がケストレルに向けられている。30mm連装機関砲の銃口が8つ、カイを待っていた。突っ込めば弾幕に晒される。迂回すれば鋼城から離れてしまう。
カイはNEBELのスイッチに指をかけた。腰部ディスペンサーから煙幕弾が射出され、ケストレルの前方に白い煙幕が広がる。視界が遮られ、ケーファーの光学センサーが目標を見失って砲塔の旋回が止まった。
煙幕の中をケストレルが走る。鳥足が地面を蹴り、煙の中を低い姿勢で駆け抜けた。計器だけが頼りだった。慣性航法の数値と距離表示を見ながら、ケーファーの横一列の右端を回り込む。煙幕を抜けた瞬間、最も右にいたケーファーの側面が目の前にあった。鍛翼刀を突き込み、胴体の側面装甲を貫く。刃が貫通して内部の駆動機関を切断し、ケーファーが沈黙した。
残り7体が砲塔を旋回させてくるが、煙幕はまだ残っている。ケーファーの光学センサーが視界を回復するまでの3秒。その間にケストレルは2体目の脚を切り、3体目の砲塔を叩き潰していた。
通信にノイズが走った。
鋼城のイグニス・コンバーターが発する電磁干渉が強まっている。近づくほどノイズが増すのだ。ボルトの通信は既に途切れがちだった。リントの声も半分しか聞こえない。リオンのポラリスだけがセルヴィス製の高性能通信機でかろうじて繋がっている。
そのノイズの中から、違う声が聞こえる。
ガルドだった。
「裏口から入る。10分くれ」
声は落ち着いていた。ガルドは既に鋼城の裏側に回り込んでいる。旧世界の整備通路から内部に潜入する準備が整ったのだ。
10分。
カイは歯を食いしばった。
10分。この地獄の中で。
ケーファーの群れとツェアライサーの嵐の中で10分間暴れ続ける。弾薬は底を突きかけている。ボルトは左腕を失った。リントは弾切れで近接戦に移行している。ジェイスの断鉄衆は1機を失った。
カイはケストレルの背部スラスターに火を入れた。鳥足が荒野を蹴り、機体が前方へ跳ぶ。鋼城の脚に向かって。10分を生き延びるために。




