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鉄殻のケストレル ―灰に沈む世界、鉄に宿る季節―  作者: Studio Yodaca
残鳴の先へ

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ゼルマの鉄壁

5度目の接近が失敗に終わった。

 ケストレルの鍛翼刀が遊肢の追加装甲を叩き、高周波振動が金属を削る甲高い音を立てるが装甲は破れない。同時にライムのFALKEが至近距離からケストレルの左脇を狙う。カイはサブスラスターで横に飛んで回避したが、左脇の装甲を75mm弾の風圧が擦って塗装が波打ち剥がれた。

 距離を取る。息が荒くコックピットの中に自分の呼吸音が響いている。

 ゼルマは動かない。5度の接近を全て捌ききって1度も態勢を崩していない。遊肢3基が母機の周囲を巡回し続け攻撃と防御を同時にこなしている。

 カイの冴覚で遊肢の軌道を読んでもその先にゼルマの操作が待っている。読めるが抜けない。


 リオンの穿月銃が再び火を噴き90mm弾が遊肢の関節部を狙う。精密な一発だが遊肢は関節を内側に折り畳んで被弾面を装甲の厚い外殻に切り替えた。弾が装甲を叩いて火花が散り消えた。

「穿月銃の残弾が3割を切った」

 リオンの声は静かだ。感情を抑え込んでいるのが分かる。穿月銃は1発1発が重い。遊肢の装甲に弾かれるたびゼルマの本体に届くはずだった一発が消えていく。

「遊肢を無視して本体に突っ込めないか」

「無理だ。3基が常時回っている以上、本体に到達する前に必ず遊肢に接触する。接触した瞬間にゼルマが本体で撃ってくる。さっきと同じだ」

 5度試して5度とも同じ壁に弾かれた。遊肢に止められてゼルマに撃たれる。爪の先ほどの隙もない。


 * * *


 通信にノイズが走った。鋼城の電磁干渉が続いている。直接通信の範囲でも雑音が声を削っていた。

 その雑音の中からリントの声が割り込んだ。

「カイ、聞こえるか」

「リント。汎殻は」

「2機を片付けた。残り2機はジェイスの断鉄衆が抑えてる。手が空いた」

 リントの声には息切れが混じっていた。仕留めきれていない口ぶりだがそれでもキャリバーで2機を黙らせたのか。

「手が空いたなら、こっちに来い」

「そのつもりだ。ゼルマの遊肢、1基引き受ける」

 カイは一瞬だけ言葉を飲んだ。

「リント、お前のキャリバーじゃ遊肢の装甲は抜けない。75mmも40mmも弾かれる。近づけば遊肢に叩かれる」

「分かってる。抜くつもりはない」

 リントの声が低くなる。

「遊肢を1基、ライムの有効制御範囲の外に引きずり出す。遊肢の有効制御範囲は母機から約300メートルだろう。その外まで遊肢を引っ張れば、操作精度が落ちるはずだ。遊肢が1基減れば、お前たちの突破口になる」

「どうやって引きずり出す」

「俺が囮になる。遊肢の追跡範囲に入って、逃げながら300メートル以上離す」

 カイの喉が詰まる。キャリバーは残殻だ。遊肢の追加装甲付き速射砲に撃たれれば装甲が持たない。囮になるということは遊肢の射線の中を走り続けるということだ。

「リント」

「俺は英雄になる気はない。だがここで役に立たなかったら一生後悔する」

 リントの声に虚勢はなかった。

「来い」

 カイは短く言った。


 * * *


 キャリバーが戦場を横切ってきた。

 黄土色と灰色が混在する残殻がスラスターを噴射しながらライムの左側面に回り込む。リントは中距離を維持したままライムの遊肢へ向かってFALKEを撃った。75mm弾が遊肢の追加装甲を叩く。貫通はしないが衝撃で遊肢の巡回軌道がわずかに乱れた。

 ゼルマが反応する。

 ライムのスリット状メインカメラがキャリバーの方向へ僅かに動き、遊肢3基の巡回パターンが変化した。左側面を巡回していた遊肢1基が軌道を離れてキャリバーに向かい加速する。偵察型遊肢の追加装甲が鈍く光りながらリントの機体を追う。

「来た」

 リントが呟いてキャリバーが後退を始めた。遊肢がキャリバーを追って距離が開く。ライムからの距離が100メートル。150。200。

 遊肢の動きに微かな揺らぎが出た。母機から離れるほど操縦入力の伝達に遅延が生じる。ゼルマの肘のセンサーパッドからの入力が距離の分だけ遅れて遊肢に届くのだ。250メートル。遊肢の旋回動作がぎこちなくなった。

 だがゼルマは遊肢を呼び戻さなかった。

 その代わり残った遊肢2基の巡回速度が上がる。3基の防御を2基で補うために回転速度を1.5倍に引き上げた。ゼルマの足首のジャイロペダルが踏み込まれて遊肢が加速する。隙間は依然として小さいが3基と2基では隙間が生まれる頻度が違う。

「カイ」

 リオンの声が低く鋭い。

「隙間が広がった。だがまだ足りない。2基でも遊肢の巡回が死角を塞いでいる」

 カイは冴覚で遊肢の軌道を読んだ。右手の痺れが2つの軌道を捉えている。3つが2つに減った分だけ読みやすくなった。だがリオンの言う通り2基の遊肢は巡回速度を上げて防御面積を維持していた。ゼルマの操縦精度が数の不利を技術で埋めている。


 リントのキャリバーは後退を続けていた。遊肢との距離を保ちながらライムから300メートル以上離す。遊肢の動きは明らかにぎこちなくなり旋回の反応も0.5秒ほど遅れている。だがそれでも遊肢は機能していた。追加装甲が弾を弾き速射砲がキャリバーへ向けて断続的に射撃する。リントのキャリバーが横にステップを切って弾を避けた。左腕のAEGISが弾を受け止めて盾の表面に弾痕が刻まれる。

「リント、無理をするな」

「無理はしていない。計算通りだ」

 リントの声に余裕はなかった。計算通りかもしれないが計算の許容範囲は薄い。キャリバーの装甲は残殻の水準だ。遊肢の速射砲を何発も受ければいずれ破れる。

 だがリントは逃げなかった。遊肢を1基、戦場の端に釘付けにし続けた。


 カイはケストレルを前進させる。

 6度目の接近。遊肢2基の巡回軌道に向かって突入した。冴覚が右手の痺れとして遊肢の位置を伝える。正面の遊肢が通過し側面の遊肢が回り込む。その間の隙間が3基の時より0.3秒ほど長い。

 0.3秒。ケストレルの反応速度なら体半分を滑り込ませるには十分だ。

 鍛翼刀を振り上げて隙間に飛び込んだ。遊肢の追加装甲が頭上を通過し風圧がケストレルの頭部カメラを揺らす。隙間を抜けて遊肢の内側に入った。

 ライムの本体が目の前にあった。暗緑色の分厚い装甲。角張った頭部のスリット状カメラが零距離でケストレルを見つめている。

 ゼルマが動いた。

 ライムの左腕のAEGISが振り上げられてケストレルの鍛翼刀を受け止める。金属同士がぶつかる重い衝撃。同時にライムの右腕のFALKEがケストレルの胴体に向けられた。

 だがカイの冴覚はもう1つの動きを捉えていた。残った遊肢2基が巡回軌道を変えて内側に向かって閉じ始めている。挟み込まれる。

 カイは腰部スラスターを全開にしてケストレルを後方へ弾き飛ばした。ライムのFALKEが火を噴き75mm弾がケストレルの右腕の装甲を掠めて火花と金属片が飛散する。遊肢が両側から閉じてケストレルがいた場所を装甲板で塞いだ。

 0.3秒早ければ鍛翼刀がAEGISの上端を越えてライムの肩関節に届いていた。0.3秒遅ければ遊肢に挟まれて動けなくなっていた。

 ゼルマの防御は2基になっても鉄壁だ。


 リオンの通信が入った。ノイズに削られながらも声は明瞭だった。

「もう1人、遊肢を引きつけられれば、本体に届く」

 カイは息を吐く。

 あと1基。それが減ればこじ開けられる。さっき手が届きかけた肩関節の残像が右手にまだある。

 だが誰が引きつける。リントは既に1基を引きずり出している。ボルトは第1群で戦って通信は途切れており、ジェイスの断鉄衆は汎殻を押さえている。

 カイの頭にトワの顔が浮かんだ。

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