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鉄殻のケストレル ―灰に沈む世界、鉄に宿る季節―  作者: Studio Yodaca
残鳴の先へ

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通信の断絶

通信にノイズが混じる。

 最初は微かな砂嵐のような雑音だったが、やがてタリアの声が途切れ途切れになり、音声の合間に金属が軋むような干渉音が挟まるようになる。カイは操縦桿を握りながらコックピットの通信パネルの周波数表示を見た。信号強度のインジケータが不規則に揺れている。

「タリア、聞こえるか」

 返事が遅れる。3秒。いつもなら即座に返ってくる声がノイズの壁に阻まれて届かない。

「――聞こ……てる。カイ、そっちの通信状態は」

「悪い。ノイズが増えてくる。さっきからずっとだ」

「こっちも……です。第1群との中継に干渉が入り始め……。周波数を切り替えます」

 タリアの声が一瞬消え、別の周波数帯に切り替わる。ノイズは減ったものの完全には消えず、通信の底に低く唸るような雑音が残っていた。

 カイはモニターの隅に表示された鋼城モノリスの推定位置を見た。距離が縮まっている。出撃時は12キロ先にあった巨影が今は6キロまで接近していた。鋼城が進み、灰域連合もそれに向かって進んでいる。双方の距離が詰まるほど通信の状態は悪化していく。


 * * *


 マイロの通信が入る。いつもの平坦な声にわずかな焦りが混じっている。

「各部隊へ。鋼城のイグニス・コンバーターの電磁干渉が通信帯域に影響を及ぼしている模様です。距離が縮まるほど干渉が強まります。タリア、中継周波数の余剰帯域は」

「3つ。予備の周波数帯が3つ残ってい……。ですが鋼城にあと2キロ近づけば、そのうち2つは使えなくなる見込みです」

「了解。第1群との通信を最優先で維持してください。第2群は近距離の直接通信で連携を」

 カイはリオンのポラリスを見た。ケストレルの右前方20メートル。薄い装甲の銘殻が横長のバイザー型カメラをこちらに向けている。直接通信の距離だ。この範囲なら鋼城の干渉があっても声は届く。

「リオン」

「聞こえている。通信範囲が狭まるなら、離れないようにする」

 リオンの声は揺れない。だからこそ、こいつも分かっているのだと伝わってくる。タリアが落ちればマイロの数字も届かなくなり、16機はバラバラの傭兵に戻ってしまう。


 ノイズが一段と強まる。

 コックピットの中に低周波の振動が伝わってくる。計器の振動ではなく、空気そのものが震えているような感覚だ。鋼城のイグニス・コンバーターが放つ電磁場が残殻の電装系を揺さぶっているのだ。

 カイは以前ガルドから聞いた話を思い出した。焦土紀5年の「沈黙の夜」。鋼城が初めて起動した日、グランヴェルト管区全域の通信が途絶したという。あの時と同じことが今この戦場で起きている。範囲こそ管区全域ではなく鋼城の周囲数キロだが、それでも戦場を覆うには十分な広さだ。


 タリアの声が途切れる。

 完全に、途切れる。

 ノイズすら聞こえず、通信パネルの信号強度インジケータがゼロを示している。カイは手動で周波数を切り替えた。予備帯域の1つ目はノイズの壁。2つ目も同じだ。3つ目。

 何も聞こえない。

「マイロ、応答してくれ」

 返事はない。

 カイはリオンとの直接通信を試みた。ケストレルのアンテナ出力を最大にして指向性を絞り、ポラリスに向ける。20メートルの距離なら干渉の中でも信号が届くはずだ。

「リオン」

「聞こえている。タリアとの中継が完全に落ちた」

「マイロとも繋がらない」

「第1群の通信帯域が先に潰れたんだろう。鋼城により近い位置で戦っている分、干渉が強い」

 リオンの分析は正しい。ボルトの第1群は鋼城の正面で護衛部隊と交戦しており、鋼城までの距離が第2群よりも近い。通信が先に途絶するのは第1群のほうだ。


 * * *


 目の前にゼルマのライムが立っている。

 暗緑色の重厚な機体は微動だにせず、3基の遊肢が母機の周囲を巡回し続けている。鉄の繭だ。その向こうでスリット状のメインカメラが光を反射した。ゼルマは動かない。通信が死ぬのを最初から知ってやがったな。

 通信が途切れた孤立感がコックピットの中に流れ込んでくる。マイロの数字もタリアの中継もボルトの怒声も聞こえない。聞こえるのはケストレルの駆動機関の低い唸りと、遊肢が空気を切る鈍い音だけだ。

 カイは操縦桿を握り直した。冴覚が右手の痺れとして遊肢の巡回軌道を伝えている。機械の目は潰れたが、右手の痺れは消えない。通信のノイズが引いた分、遊肢の巡る軌道が手のひらにくっきりと浮かんでいた。

「リオン、2機だけでゼルマの遊肢を掻い潜る。リントとトワは汎殻の相手で手が離せない。俺たちだけでやるしかない」

「分かった。だが無理に突っ込むな。通信が落ちている以上、援護の要請ができない。撤退の合図も出せない」

「分かっている」

 分かっている。だが分かっていても時間は待ってくれない。弾薬は30分分しか残っておらず、その30分がいつ始まりいつ終わるのかも、マイロの集計がなければ正確には分からない。自分の残弾だけが頼りだ。

 カイはケストレルを前進させた。背部スラスターを低出力で噴射し、ライムとの距離を詰める。距離500。遊肢の巡回軌道が冴覚の中で鮮明になり、右手の痺れが強まる。3基の遊肢がそれぞれ異なる速度で回っていた。速い遊肢が正面を通過し、遅い遊肢が側面を塞ぎ、中速の遊肢がその隙間を埋める。3つのリズムが重なり合い、隙間はない。

 リオンのポラリスが右側面に回り込んだ。穿月銃の照準がライムに向けられる。カイが正面から圧力をかけ、リオンが側面から射線を通す。230話の4度目と同じ攻撃パターンだ。ゼルマはこれを見切っているが、他に手がない。

 距離400。

 カイはFALKEを撃った。75mm弾が遊肢の追加装甲に弾かれて火花が散る。同時にリオンの穿月銃が反対側から遊肢の関節を狙ったものの、遊肢が回転して装甲の厚い面を向けたことで弾は逸らされてしまった。

 ゼルマは動かない。こちらが近づくのを待っている。


 ノイズの中から声が聞こえた。

 タリアの声だ。干渉の壁を突き破り、一瞬だけ通信が繋がったのだ。周波数が偶然にも干渉の薄い帯域を掠めたらしい。

「カイ、聞こえる? ボルトが――」

 途切れる。

 タリアの声はそこで消えた。ノイズの波が通信帯域を覆い尽くし、何も聞こえなくなる。

 ボルトが、何だ。

 カイは操縦桿を握る指に力を込めた。ボルトに何かあったのか。第1群に何が起きたのか。確認する手段はない。通信は死んでいる。

 目の前のゼルマが、ライムのFALKEをゆっくりと構え直した。

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