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鉄殻のケストレル ―灰に沈む世界、鉄に宿る季節―  作者: Studio Yodaca
残鳴の先へ

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消耗の算術

汎殻が1機、膝から崩れ落ちる。

 ボルトのハウラーが放ったパイルバンカーの鉄杭が汎殻ヴァルカンの胴体中央を貫通していた。炸薬で射出された杭が装甲を突き破り、駆動機関の外殻まで達している。汎殻は3秒ほど立ったまま動きを止め、それからゆっくりと前のめりに倒れた。大地に叩きつけられた機体が砂塵を巻き上げ、排熱口から黒い煙が噴き出した。

「1機落とした」

 ボルトの声は荒い呼吸の中にあり、余裕はない。

 即座にマイロの通信が返る。

「確認しました。護衛汎殻の残存は第1群正面に5機、第2群側面に7機。ボルト、再装填の間は後退してください」

「分かってるよ、先生」

 ボルトが吐き捨てるように言った。パイルバンカーの再装填には30秒かかる。その間ハウラーの主火力は拳と散弾砲だけだ。

 だが1機撃破の代償は既にハウラーの右脚に刻まれている。


 カイはモニターの隅に表示された第1群の状況を確認する。ボルトのハウラーが後退する映像がデータリンクで送られてくる。右脚の膝関節が不自然な角度に曲がっていた。汎殻との接近戦の最中、別の汎殻から側面射撃を受けたのだ。膝の装甲は砕け、関節部のアクチュエータが剥き出しになっている。歩行は可能だが踏み込みに力が入らない。

「ボルト」

 カイが呼びかけた。

「まだやれる。右脚は引きずれば動く。パイルバンカーの再装填が終わりゃ、まだ2発残ってる」

 ボルトは弱音を吐かない。だがマイロが数字で現実を突きつけた。

「ハウラーの右膝アクチュエータの稼働率が40パーセントを切っています。次の接近戦でさらに損傷すれば、歩行不能の可能性がある」

「だったら歩けるうちに殴りに行く」

「ボルト」

「分かってる。無茶はしない。だが引っ込んでる場合じゃないのもお前が一番分かってるだろ、マイロ」


 * * *


 戦闘が始まって15分が経過する。

 15分。その間にカイの目の前で起きたことを整理する余裕はなかった。ゼルマの鉄の繭に3度接近し、3度弾かれた。鍛翼刀が遊肢の追加装甲に阻まれ、リオンの狙撃も巡回軌道に遮断される。左前腕のWESPEで面制圧射撃を試みても、遊肢の装甲に30mm弾を弾き返された。

 ケストレルの弾薬が減り続け、FALKEの残弾は7割を切る。DONNERの擲弾は2発とも温存している。ゼルマの本体に届く一撃のために取っておくしかない。

 リオンのポラリスも消耗しており、KRIEGSBOGENの残弾が半分を割っている。遊肢の装甲を貫通できないと分かってからリオンは射撃を控えていた。無駄弾を撃てば本体に届いた時の一発がなくなる。

 マイロの通信が入る。

「各部隊、残弾と燃料の報告を」

 第1群から数字が返ってくる。

「レイダーズ第2分隊、75mm残弾4割。燃料6割」

「ストーンクロス防衛隊、残弾5割。燃料5割。ヤマの機体が右腕駆動系に不調。射撃精度が落ちている」

「断鉄衆第1分隊、残弾3割。燃料4割。煙幕は使い切った」

 第2群も同様だった。リントの報告が入る。

「キャリバー、75mm残弾5割。40mm弾倉残り2本。燃料5割。汎殻は1機を行動不能にしたが、残り3機は健在」

 トワの短く乾いた声が続いた。

「シルフ、スラスター推進剤が6割。戦闘短刀の刃が欠けた。使えるが、切れ味が落ちている」

 カイも自分の数字を報告した。

「ケストレル、FALKE残弾7割。WESPE残弾6割。DONNER2発温存。推進剤7割」

 リオンの声。

「ポラリス、KRIEGSBOGEN残弾4割5分。FALKE残弾6割。推進剤6割5分」


 マイロは全ての数字を吸い上げると沈黙した。メモ帳に書き込む鉛筆の音が通信越しに微かに聞こえる。教師が答案を採点するような静かな作業音だ。

「第1群の消耗が早い。正面からの砲撃戦が長引いている分、弾薬の消費が第2群の1.5倍です。このペースだと、第1群の残弾が戦闘継続限界を下回るのは20分後」

 20分。

 ガルドが中枢に到達するまで40分だが、出撃してからはまだ30分しか経っていない。ガルドが鋼城の内部に入れたとしても、残り時間はあと10分以上必要だ。だが弾薬は20分しか持たない。

「燃料は弾薬よりは持ちますが、それでも1時間が限界です。灰域の残殻は規格が統一されていないので、補給車両の弾薬が使えない機体が3機ある。その3機は自機の弾薬が尽きたら、体当たりか近接戦しかできなくなります」

 規格の不統一は灰域の宿痾だ。寄せ集めの残殻に全機分の弾など最初から揃いようがない。


 * * *


 灰域連合にも脱落機が出始める。

 第1群のストーンクロス防衛隊の残殻1機が汎殻の集中砲火で左脚を失った。操手は無事だったが機体は大地に膝をつき、そのまま動けなくなる。コックピットだけが生きている鉄の棺。操手が通信で叫ぶ。

「脚がやられた、動けない。砲塔は回る、固定砲台として使ってくれ」

 マイロが即座に応じた。

「了解。第1群、脱落機を盾にしないこと。操手を見殺しにする戦術は取らない。脱落機は援護射撃で第1群を支援。動ける機体は脱落機から離れて戦闘を継続」

 1機減って16機が15機になった。数字の上では小さな変化だ。だが15機のうちまともに戦闘機動できる機体はさらに少ない。ボルトのハウラーは右脚に問題を抱え、ストーンクロス防衛隊の別の1機も右腕の駆動系に不調がある。トワのシルフは刃が欠け、リントのキャリバーの補助センサーにも被弾の影響が出始めていた。

 コンラッドがアイアンウェルから送った補充装甲は確かに役立っている。第1群の残殻3機が被弾時に補充装甲で弾を止めた。グランヴェルト製の装甲には及ばないが実弾の1発は確実に防いだ。だが1発だ。補充装甲の厚さでは2発目は止められない。1発分の命。コンラッドの鉄資源が買った時間は弾丸1発分だった。


 カイの前ではゼルマの鉄の繭が相変わらず鉄壁だ。

 4度目の接近を試みる。ケストレルの背部スラスターを全開にして正面から突入し、遊肢の巡回軌道の隙間を狙った。冴覚が右手の痺れとして遊肢の位置を捉えている。3基の遊肢が描く円軌道に一瞬だけ隙間が生まれる瞬間がある。遊肢Aが正面を通過し、遊肢Bがまだ右側面に回り込んでいない0.8秒ほどの空白。

 その隙間へ飛び込む。

 鍛翼刀を振り上げ、ライムの右肩を狙う。

 だがゼルマは動かない。待っていたのだ。ライムの左腕のAEGISが持ち上がり、鍛翼刀の刃を盾の表面で受け止める。高周波振動が盾の表面を削ったが貫通には至らない。同時にライムの右腕のFALKEが零距離でケストレルの胴体に向けられた。

 冴覚が叫ぶ。

 カイは操縦桿を左に倒し、腰部サブスラスターを噴射してケストレルを横へ弾き飛ばした。75mm弾が胴体の右脇を掠め、装甲の表面が抉れる。塗装の焼けた匂いがコックピットに流れ込んだ。直後に遊肢Cが背後から回り込み、追加装甲でケストレルの背部を打つ。衝撃でコックピットが揺れ、カイの頭がヘッドレストにぶつかって後頭部に鈍い痛みが走った。

 距離を取る。息が荒い。

「カイ、無理をするな」

 リオンの声が通信に入る。ポラリスがケストレルの側面をカバーするように位置を移している。

「無理をしないと届かない」

 カイは言い返すが、自分でも分かっていた。ゼルマの鉄の繭は2機では崩せない。遊肢を引き剥がす人員が足りないのだ。だが汎殻を相手にしているリントやトワを引き抜けば、汎殻が第2群の背後に回り込む。どこを見ても数が足りなかった。


 マイロの通信が入る。

「補給車両が1台やられた。弾薬残量、あと30分の戦闘分」

 カイの胃が冷える。

 第1群の補給車両が汎殻の流れ弾で炎上したのだ。補給車両に装甲はなく、民間の輸送トラックに弾薬を積んだだけの車だ。1発被弾しただけで火がつき、荷台の弾薬が誘爆した。運転手は車から飛び降りて無事だったが、積んでいた弾薬は全て失われた。

 8台の補給車両のうち1台が消え、残り7台。均等に割り振っても全部隊が戦えるのは30分ぶん。撃ち尽くせば装甲の薄い残殻は汎殻の砲撃に晒されるだけになる。

「マイロ」

 カイが呼んだ。

「分かっています」

 マイロの声は平坦だった。メモ帳を鉛筆が引っ掻く音が通信越しに聞こえる。

「弾薬30分。燃料は45分。鋼城のストーンクロスへの到達予測は90分後。ガルドの中枢破壊までの所要時間は40分。ガルドがまだ射出口に到達していないとすれば、あと50分は戦闘を維持する必要がある。20分分の弾薬が足りない」

 20分。足りない。

「第2群に補給車両を1台回せますか」

 リオンが訊いた。

「第1群から引き抜くことになります。第1群の補給が手薄になれば、正面の汎殻への牽制射撃が維持できなくなる。牽制が途切れれば、護衛部隊の目がガルドの方向に向く」

「どちらを選んでも綻びが出る」

 リオンが呟いた。

「綻びが出ない作戦は、この戦力比では存在しません」

 マイロの声に感情はなかった。数字が感情を許さないのだ。

 カイは操縦桿を握った。

 目の前のゼルマの遊肢は変わらず鉄の繭を維持している。あの壁の向こうに暗緑色の本体が立っている。20年以上鉄殻に乗り続けた男が感情を消した目でこちらを見つめている。

 30分。

 その30分をどう使うか。カイの頭の中で数字と感覚がぶつかり合っていた。

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