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鉄殻のケストレル ―灰に沈む世界、鉄に宿る季節―  作者: Studio Yodaca
残鳴の先へ

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鋼壁の前衛

砲声が荒野を裂く。

 最初の1発は第1群の残殻が放った75mm砲弾だった。ボルトの指揮下にある8機が鋼城の進路正面に散開し、砲撃を開始している。距離2000メートル。鋼城の護衛部隊のセンサーを引きつけるための射撃だ。当てる必要はない。音と光でこちらの存在を主張する。

 カイは第2群の先頭で鋼城の左側面に向かって走っていた。ケストレルの逆関節の脚が荒野の大地を蹴り、背部スラスターが推力を加える。隣にリオンのポラリスが並び、後方にはリントのキャリバーとトワのシルフ。さらに鹵獲汎殻2機と残殻2機が続いていた。

 鋼城モノリスの影がもう空の半分を覆っている。

 地平線を埋め尽くすような巨大な構造物が6本の脚で大地を踏みしめながら進んでいる。脚の1本が地面に下りるたびに地響きがケストレルの足裏から操縦桿を伝わり、指先に届く。装甲の色は灰褐色で、表面には無数のリベットと溶接痕が走っている。壁ではない。建物だ。動いている建物そのものだ。

 その建物の裾に鉄殻の群れが見える。


「第2群、前方に敵影。汎殻8機と銘殻1機。距離1200」

 リオンの声だ。ポラリスのセンサーがケストレルよりも遠距離の索敵を可能にしている。カイのコックピットのモニターにもリオンからのデータリンクで敵の配置が表示された。

 汎殻ヴァルカン8機。グランヴェルトの制式量産機である。灰域の残殻とは比較にならない基本性能を持つ。そしてその中心に1機。

 暗緑色の重厚な機体。角張ったブロック型の頭部に横一文字のスリット状メインカメラを備え、分厚い正面装甲と太く短い脚を持つ。そして背部から張り出す3基の遊肢懸架アーム。

 ライム。

 ゼルマ・ヴォルフの銘殻だった。


「ゼルマだ」

 カイの口から名前が漏れた。灰域制圧戦で一度交戦した相手だ。感情を排した戦闘機械のような男だった。堅実で穴のない戦術と、20年以上乗り続けた銘殻との一体感。あの時は撤退で終わったが、今度は違う。突破しなければならない。

 リオンの通信が硬度を増す。

「遊肢の配置が変わっている」

 カイもモニターで確認する。

 ライムの背部から展開された3基の遊肢が前回と異なる挙動をしている。前にやり合ったときは三基を広く散らして索敵の「目」にしていたのだ。

 今は違う。

 3基の遊肢がライムの周囲を巡回している。母機から半径50メートル以内。偵察型も防御型も区別なく、全てが防御壁として本体を覆っている。遊肢の表面に追加装甲板が溶接されているのが見えた。元のセンサーアレイを一部潰してまで防御力を上げている。

「鉄の繭」

 リオンが呟いた。

「遊肢を攻撃に使わない。全基を防御に回している。前回の敗北から戦術を修正したな」

 カイは奥歯を噛んだ。三基がぐるぐると回り続ける限り、どこを突いても先に壁が来る。攻撃を捨ててでも自分を殻の中に閉じ込めた、男の戦い方だ。


 汎殻8機が動く。

 ゼルマの号令は通信では聞こえない。だが汎殻部隊の動きが一斉に変わった瞬間で命令が下ったことは分かった。8機が2手に分かれ、4機ずつが左右に展開する。鋼城の左側面から接近する第2群を挟み込むような配置だ。

「ボルト」

 カイがボルトに通信を入れる。

「汎殻8機が出てきた。第2群はゼルマに向かう。汎殻の処理を」

「分かってる」

 ボルトの声は荒い。背後で爆発音が響いている。第1群は既に鋼城の正面護衛部隊と交戦している。

「こっちも手一杯だ。だがジェイスに4機分けてやる。残りの4機はお前たちで何とかしろ」

 通信が切り替わった。ジェイスの乾いた声が入る。

「断鉄衆、4機でそっちに向かう。汎殻を引きつけてやる。ゼルマはお前たちの仕事だ」

「頼む」

 カイは操縦桿を握り直した。


 * * *


 汎殻との衝突が始まる。

 第2群の右翼からジェイスの断鉄衆4機が汎殻の左翼4機に突っ込んだ。砲声と金属の衝突音が荒野に響き渡る。残りの汎殻4機にはリントとトワ、それに鹵獲汎殻2機が向かう。

「リント、右に2機。トワ、左を頼む」

 カイが指示を出すと、リントのキャリバーが中距離を維持しながら射撃を開始した。75mmライフルの銃声が等間隔に響く。移動しながらの精密射撃だ。弾は汎殻の脚部関節を狙っている。一撃で仕留める火力はないが、関節部に命中すれば機動力を奪える。

 トワのシルフが横切る。

 灰域連合で最も軽い残殻が汎殻の射線を掻い潜るように斜めに走り抜ける。16.5トンの骨格のような機体がスラスターの噴射と脚部の跳躍を組み合わせて不規則な軌道を描いた。汎殻の射撃が追いつかない。装甲を捨てた代わりに得た速度がトワの命綱だった。


 カイとリオンは汎殻を素通りする。

 仲間に汎殻を任せ、2機だけでゼルマに向かう。第2群の本来の目的は護衛部隊の突破だ。汎殻を全て潰してからゼルマに向かっていては時間が足りない。鋼城は止まらない。この瞬間も6本の脚が灰域に向かって一歩ずつ進んでいる。

 距離800。

 ライムが見える。

 暗緑色の重厚な機体が荒野に立っていた。動かない。ゼルマは迎え撃つ構えだった。右腕に照準強化型のFALKEを構え、左腕にAEGISの盾を持つ。その周囲を3基の遊肢が回り続けている。追加装甲を溶接された遊肢はもはや偵察機材ではなかった。鈍い鉄色の壁がゼルマを三重の輪で囲んでいる。

 距離600。

 ライムのFALKEが火を噴く。

 75mm弾がケストレルの右側を掠めた。カイは左にステップを切って次弾を回避する。ゼルマの射撃は正確だが一発ずつ丁寧に狙ってくる。弾幕ではない。弾薬の消費を抑えた堅実な牽制射撃であり、接近を許さないための壁だった。

 リオンが右側から迂回し、ポラリスのKRIEGSBOGENを放つ。長射程狙撃銃の銃声が低く響いた。弾はライムの左肩を狙っていたが遊肢の1基が滑るように射線上に入り、追加装甲で弾を弾いた。金属が砕ける高い音。遊肢の装甲に弾痕が刻まれたが貫通はしていない。

「遊肢が射線を読んでいる」

 リオンの声に微かな苛立ちがある。

「3基が常時巡回しているから、どの角度から撃っても1基は射線上にいる。遊肢自体が装甲壁になっている」

 距離400。

 カイはケストレルを加速させる。背部スラスターが噴射して機体が前に跳ぶ。鍛翼刀を右手に抜く。3.8メートルの片刃が灰色の空の下で鈍く光った。

 遊肢の壁が迫る。

 カイの冴覚が右手の痺れとして警告を発した。遊肢の軌道を読む。1基が正面から回り込み、もう1基が右側面を塞いだ。残る1基は背面に待機している。3方向を塞がれている。

 鍛翼刀を振った。遊肢の追加装甲に刃が食い込む。高周波振動が作動し、金属を削る甲高い音が響いた。だが追加装甲の厚さが振動の力を吸収する。刃は装甲の途中で止まった。遊肢が巡回軌道を変えずに回り続け、ケストレルの刃を装甲ごと引き剥がすように移動した。

 同時にライムのFALKEが至近距離から発射される。

 カイは左にスラスターを吹かして飛び退いた。弾が右肩の装甲を掠めて火花が散る。補充装甲の表面が抉れ、アイアンウェルの鉄が削れ落ちた。

「駄目だ。遊肢の装甲が厚い。一撃では抜けない」

 カイは歯を食いしばった。

 鍛翼刀でも抜けない。リオンの狙撃でも抜けない。遊肢を武装でなく城壁に変えた男の前に、手詰まりだ。

 リオンのポラリスが右側から再び射撃した。KRIEGSBOGENの弾が遊肢の関節部を狙ったが、遊肢は回転しながら関節を内側に隠す動きをした。被弾面を常に装甲の厚い部分に維持している。遊肢自体がゼルマの操縦で防御姿勢を取っているのだ。

「鋼城の護衛部隊長は伊達じゃない」

 リオンの声は冷静だが焦りが滲む。


 * * *


 汎殻との戦闘が荒野に広がっている。

 リントのキャリバーが移動射撃で汎殻1機の右脚関節に被弾を与え、動きを鈍らせた。だが仕留めるには至らない。汎殻ヴァルカンの基本性能が残殻との差を埋めさせない。リントの射撃精度は灰域随一だが、グランヴェルトの正規装甲は75mm弾を数発受けても持ちこたえる。

 トワのシルフが汎殻の背後に回り込んだ。戦闘短刀STILETTが汎殻の背部排熱口に突き刺さり内部機構を抉る。汎殻が片膝をつくが、トワは深追いせずに即座に離脱した。もう1機の汎殻がトワの位置に向かって射撃を始めていたからだ。

 ジェイスの断鉄衆も苦戦していた。4機対4機。数は互角だが機体性能で劣る。ジェイスの部下たちは灰域の地形を利用し、旧送電鉄塔の残骸を盾にしながら汎殻の前進を阻んでいた。


 マイロの通信が全周波数に入る。

「鋼城が止まらない。進軍速度が上がっている」

 カイの背筋が冷えた。

 モニターの端に表示された鋼城の推定位置データが更新された。進軍速度が時速8キロから10キロに上昇。鋼城は護衛部隊の戦闘をまるで意に介さず6本の脚を速めていた。早くしなければ間に合わない。

 カイは操縦桿を握り直した。

 目の前のゼルマの遊肢が鉄の繭のように本体を覆い続けている。この壁を崩さなければ何も始まらない。

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