連合の最終配置
作戦室と呼ぶには粗末すぎる場所だ。
ストーンクロスの地下倉庫である。天井が低く、石壁に染み出した湿気が冷たい空気を重くしている。中央に置かれた木の台には灰域西部の地図が広げられていた。紙の端が丸まっており、四隅を弾薬の箱で押さえてある。
カイは壁際に背を預け、地図を囲む面々を見渡す。
バートン・セオが地図の正面に立ち、右手に握った紙束を台の上に置く。55歳の首長の指先は太く、紙の端がくしゃりと皺になった。
「各集落からの報告が出揃った」
バートンの低い声は作戦室の石壁に吸い込まれるように響く。
「使える鉄殻は残殻14機。加えて、ドライベッドの連中がグランヴェルトから鹵獲した汎殻が3機。補給車両は8台。弾薬と燃料は、それぞれ3日分」
沈黙が落ちる。
誰もが同じ計算をしている。残殻14機と汎殻3機で合わせて17機。鋼城モノリスは護衛部隊だけで汎殻ヴァルカンが20機以上いる。その上にドールの群れとシンダーの銘殻が2機。正面からぶつければ一時間と保たない。
コンラッド・ナルミが腕を組んだまま口を開く。
「鹵獲品の汎殻は部品が足りていない。3機のうち、まともに動くのは2機だ。残りの1機は脚部の駆動系に難がある。平地なら歩けるが、戦闘機動は無理だろう」
50歳のアイアンウェルの長の声にはいつもの冷静さがあった。コンラッドの右手に嵌まった古い指輪がランタンの薄い光を受けて鈍く光る。
「補給車両の8台も、うち2台はアイアンウェルから出した。鉄資源を載せてきた車だ。荷を降ろせば使えるが、速度は出ない」
ボルトが太い腕を台の上に置いて地図を覗き込んだ。
「正面から殴り合う気は俺にもない。だがよ、マイロ。17機で何ができる」
視線が地図の端に向けられる。マイロ・ヒガが壁に寄りかかりながら手元のメモ帳に何かを書き込んでいた。丸い眼鏡の奥の細い目がボルトの声でようやく上がった。
「できることは一つだけです」
マイロは壁から背を離して地図の前に歩み出た。メモ帳を閉じて内ポケットに戻し、右手で地図の中央を指す。そこには鋼城モノリスの予想進路が赤い線で引かれていた。
「鋼城を正面から止めるのは不可能です。あの装甲は、灰域にある火力では貫通できない。砲撃で脚柱を狙っても、自動修復ドールが損傷を塞ぐ。外から叩いても意味がない」
マイロの指が地図の上を北へ滑り、鋼城の背面を示す位置で止まる。
「止めるなら、中から壊すしかない。鋼城の動力を制御しているのは鋳脈接続中枢です。24人の鋳脈者が接続され、彼らの感覚が鋼城の全システムを統御している。中枢を破壊すれば、鋼城は動力の統制を失う」
「それはガルドが言っていた話だな」
ボルトが顎を撫でる。
「で、中にどうやって入る」
「ガルドの案では、左腹部の第3ドール射出口から侵入する。射出サイクルの間隔は90秒。その隙に潜り込む。中に入れば、中枢までの経路はガルドが把握しています。40分。ガルドが中枢に到達し、破壊するまでに必要な時間です」
マイロの声に装飾はなく、数字と事実だけが並ぶ。教師志望だった男の説明は明快だったが、
「問題は、鋼城の護衛部隊とセンサー網です。ガルドが単独で接近しても、鋼城のセンサーが反応する。護衛のドールとシンダーが排除に動く。ガルドに潜入の隙を作るには、鋼城の注意を別の方向に引きつける必要がある」
マイロが地図の上に3つの印を置いた。石の欠片を使った即席の駒だ。
「全部隊を3群に分けます」
一つ目の石を地図の正面に置く。
「第1群。正面陽動。ボルトさん指揮。残殻8機と補給車両4台。鋼城の進路正面に展開し、砲撃と機動で鋼城のセンサーを引きつける。目的は鋼城の護衛部隊を正面に集中させること。戦闘の持続ではなく、注目の持続が任務です」
ボルトが低く唸る。
「8機で陽動か。派手にやればいいんだな」
「派手に、ただし死なないように。陽動部隊が壊滅すれば、護衛部隊の目がガルドに向きます」
二つ目の石を鋼城の側面に置く。
「第2群。護衛部隊突破。カイとリオンを中心に残殻4機と汎殻2機。鋼城の左側面から接近し、シンダーの護衛部隊を引き受ける。ガルドの潜入経路上にいる護衛機を排除し、射出口までの回廊を確保する」
カイは壁から背を離した。自分の名前が出た瞬間に指先が冷たくなる。右手の薬指と小指に走る鈍い痺れが、一瞬だけ鋭さを増した。
リオンがカイの隣で微かに身じろぎした。彼女の視線は地図の上に注がれている。銀灰色の髪が首筋にかかってランタンの光で薄い影を作っていたが、その表情は読めない。
「シンダーには銘殻が2機います。ゼルマのライムと、アルベルトのミラージュ。この2機を押さえなければ、潜入経路の確保は不可能です」
マイロがカイとリオンを見る。
「カイ。リオン。この2機を止められるのは、灰域であなたたちだけだ」
カイは声を出さずに頷く。今はそれだけで十分だった。
3つ目の石が鋼城の背面に置かれる。
「第3群。潜入支援。ガルド単独。残殻1機と汎殻1機が護衛として同行し、射出口の近くまで送り届ける。射出口からは、ガルドが一人で入る」
ジェイス・モレノが初めて口を開いた。壁に肩をつけて腕を組んだ傭兵部隊長の声は乾いている。
「護衛の2機は誰が乗る」
「断鉄衆から腕の立つ操手を2名。ジェイス、お前の部下から選んでくれ。射出口まで送った後は、第2群に合流して護衛部隊の排除に加わる」
ジェイスは短く頷き、それ以上は何も言わない。
* * *
作戦の骨格が示された後、コンラッドが台の脇に積まれた木箱の蓋を開けた。
中には黒ずんだ鉄の板が詰まっていた。大きさは不揃いで表面の仕上げも粗いが、厚みは一定でボルト穴が規格通りに開けられている。
「アイアンウェルから持ってきた。鉄鉱石を溶かして鋳造した補充装甲だ」
コンラッドが鉄板を一枚取り出して台の上に置くと、重い音が作戦室に響いた。
「品質はグランヴェルトの工廠には及ばない。だが、ないよりはましだ。残殻の損傷箇所に溶接で貼り付ければ、実弾の数発は止められる」
カイは鉄板を手に取った。ずしりと重い。表面には微かな鍛造痕が残り、鉄の匂いが指先に移る。アイアンウェルの鍛冶が限られた設備で作り上げた装甲だった。精密さはないものの鉄の密度は確かで、手のひらに伝わる重さに嘘はない。
「全機分はないが、前面に出る第1群と第2群には行き渡る。技匠たちが今夜中に取り付け作業を行う」
コンラッドの声は淡々としていた。だがこの男がアイアンウェルの鉄資源を惜しみなく差し出している事実を、この場の全員が分かっている。
バートンが小さく頷いた。
* * *
地図の上に3つの石が置かれている。
第1群、第2群、第3群。17機の鉄殻と1人の技匠が、灰域連合の全戦力だった。
マイロが地図から顔を上げた。眼鏡の奥の目が作戦室の全員を一人ずつ見渡す。ボルト。カイ。リオン。ジェイス。コンラッド。バートン。そして地図の上の3つの石。
「この作戦の成功率は、正直に言って2割もない。だが他に手はない」
誰も反論しなかった。
2割という数字が楽観的であることを全員が知っている。だが数字の話をする段階はとうに過ぎていた。鋼城が灰域に向かっているのだ。止めなければストーンクロスもアイアンウェルも、あの6本の脚の下に沈んでしまう。
カイは地図の上の3つの石を見つめる。
右手の痺れが指先を冷たくしている。だが操縦桿を握る力はまだ残っていた。




