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鉄殻のケストレル ―灰に沈む世界、鉄に宿る季節―  作者: Studio SASAME
鉄の鳴く夜

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200/218

ポーンの壁

 地平線が動いていた。

 ストーンクロス東方の防衛線から見えるのは、灰色の荒野を埋め尽くす無数の鉄の影だった。等間隔に並んだ二足歩行の影が、一斉に前進している。逆関節の脚が刻む歩調は全て同じで、関節が軋む金属音がひとつの低い唸りとなって地面を這ってくる。

 50を超えていた。カイは操縦席から目視で数え、途中でやめた。数えたところで意味がない。

 ポーン。セルヴィスの制式突撃ドール。全高5.4メートル。装甲は最低限。右腕に固定された20ミリ機関砲が唯一の武装。単体であれば、残殻(ざんかく)の一発で沈む程度の脅威でしかない。

 だが50体が同時に来る。


冴覚(さいかく)は」


 リオンの声が通信に入った。短い問いだった。


「駄目だ。何も来ない」


 カイは答えた。

 冴覚(さいかく)は沈黙していた。灰色の静寂も、予兆も、何ひとつ降りてこない。ドールには意志がない。殺意がない。恐怖がない。プログラムに従って前進し、射程に入った熱源を撃つだけの鉄の箱だ。冴覚(さいかく)が拾う「兆し」は、生きた人間の神経が発する微かな揺らぎだった。ポーンの群れには、それがない。

 計器だけが頼りだった。ケストレルの操縦席に増設されたセンサー情報表示系統が、敵の位置と距離を数字で示している。ガルドが鋳脈(ちゅうみゃく)機構を取り除いた跡に組み込んだ計器群。冴覚(さいかく)が使えない時、カイの目と耳の代わりになるものだった。


 距離2800。

 2600。

 2400。


 ポーンの群れが止まらない。歩調が揃っている。人間がいないのに、軍勢の形をしている。壮大で、同時にひどく不気味だった。


「全機、射撃開始は1500まで引きつけろ。近づくほど外さない」


 ボルトの声が通信に響いた。低く、太く、揺るぎない声だった。防衛線に並ぶ残殻(ざんかく)操手(そうしゅ)たちに向けた命令であると同時に、自分自身への言い聞かせでもある。


「弾を節約しろ。本命はこの後だ」


 カイは操縦桿を握り直した。弾薬残量計の数字を確認する。FALKEの残弾128発。WESPEの30ミリ弾は420発。DONNERの対装甲擲弾は左右合わせて2発。ポーンに対装甲擲弾を使うわけにはいかない。あれはリーヴのソルスティスに当てるために残しておかなければならない。


 距離2000。


 ポーンの群れの先頭列が、防衛線の前方に掘られた対鉄殻(てっかく)壕に差しかかった。1体目が壕の縁で足を踏み外し、逆関節の脚をもつれさせて転倒した。だが後続は転倒した個体を踏み越えて前進する。プログラムに「仲間」の概念はない。


 距離1500。


「撃て」


 ボルトの号令と同時に、防衛線が火を噴いた。

 カイはFALKEの引き金を引いた。75ミリ弾が先頭のポーンの胴体上面に命中し、センサードームを吹き飛ばした。頭のない鉄の体が2歩進み、膝から崩れた。

 左右でリントのキャリバーとトワのシルフが同時に射撃を開始していた。リントの移動射撃は正確だった。キャリバーの突撃銃が3発ごとに1体のポーンを沈めていく。胴体を狙い、確実に機能停止させる射撃。トワのシルフは射撃ではなく、一瞬だけ前に出てポーンの脚部関節を撃ち抜き、すぐに下がる。倒す必要はない。歩けなくすれば壁になる。

 ボルトのハウラーは動かない。重装甲の巨体が防衛線の中央に仁王立ちしている。旧式の突撃銃で牽制射撃を送りながら、敵の接近を待っている。パイルバンカーの射程は至近距離だ。ボルトの戦いはここからではない。


 * * *


 10体が倒れた。

 だが40体以上がまだ歩いている。

 ポーンの群れは隊列を崩さなかった。前の個体が倒れれば、後続が空いた場所を埋めて前進する。人間の軍勢なら、先頭が撃たれれば後続に恐怖が走る。足が止まる。逃げる者が出る。ドールにはそれがない。死の概念がないものは、死を恐れない。

 距離800。ポーンの20ミリ機関砲の有効射程に入った。

 先頭列のポーンが一斉に右腕を上げた。同じ動作が、同じタイミングで、30体以上に波及した。

 20ミリの弾幕が防衛線に降り注いだ。


「散れ!」


 ボルトが叫んだ。

 カイはケストレルを右に跳ばした。FALTERの追加スラスターが背部で炸裂し、機体を横に弾く。着地した瞬間、さっきまでいた場所を20ミリ弾が叩いた。地面が砕け、土砂が舞い上がる。

 冴覚(さいかく)があれば避ける必要すらなかった弾道だ。計器のレーダー表示と、目視と、反射で避けた。肌が粟立つ感覚はない。灰色の静寂は降りてこない。計器の数字だけが「敵がいる」と教えてくれる。

 カイはFALKEで撃ち返した。走りながら3発。2発が外れ、1発がポーンの右腕に命中した。機関砲ごと腕が千切れ、ポーンは武装を失って無力化された。だが脚は動いている。武装のない鉄の体が、まだ前進してくる。意味のない前進だった。だがその無意味さが、かえって不気味だった。


 残弾109。


 リオンのポラリスが防衛線の左翼から射撃を送っていた。穿月銃の90ミリ弾が正確にポーンの胴体を貫通する。1発で1体を確実に仕留める精密さ。だが穿月銃の残弾にも限りがある。リオンは3体に1体を穿月銃で、残りをスターリングの60ミリで処理していた。弾種を使い分けて消耗を抑えている。

 通信に焦った声が入った。


「弾切れだ! FALKEが空になった!」


 リントだった。キャリバーの突撃銃が弾倉を使い切ったのだ。左前腕の予備弾倉ラックに手を伸ばし、弾倉を交換する動作が見えた。だが予備弾倉は3本しかない。


「ROOKに切り替える。40ミリでやる」


 リントの声に苛立ちが混じっていた。牽制用の機関砲で主力を張らなければならない状況への怒りだった。キャリバーが左腕のROOKを構え、40ミリ弾をばら撒き始めた。精密さは落ちたが、20ミリしか持たないポーン相手なら十分な火力だった。


 距離400。


 ポーンの群れが防衛線に取りつき始めた。

 散発的な射撃ではもう止められない。数の圧力が物理的な壁となって押し寄せてくる。


「フラン、ジップ、左翼を支えろ!」


 ボルトが怒鳴った。

 レイダーズの残殻(ざんかく)2機が防衛線の左翼に駆けつけた。フランの残殻(ざんかく)が突撃銃でポーンの群れに撃ち込み、ジップの残殻(ざんかく)が盾を構えて20ミリの弾幕を受け止めた。

 ジップの残殻(ざんかく)は小柄だった。レイダーズの中でも最も小さく、最も古い機体だった。その左腕に20ミリ弾が集中した。装甲が砕け、関節部が火花を散らし、肘から先が脱落した。

 金属と油の混じった煙が噴き出した。


「左腕やられた! でもまだ動ける!」


 ジップの声が通信に飛び込んできた。若い声だった。恐怖と興奮が混ざっている。左腕を失った残殻(ざんかく)が右腕の武器だけで射撃を続けている。テオ・セヴァルの息子って本当? と聞いてきた、あの声だった。

 カイは歯を食いしばった。


 * * *


 リントのROOKが弾切れになった。

 予備弾倉も全て撃ち尽くした。キャリバーの射撃武装は全て空になっていた。


「くそ」


 リントが低く吐き捨てた。通信越しにも聞こえる、押し殺した怒りだった。

 キャリバーの左腰部ラックから近接短刀STILETTを引き抜いた。リントは近接戦を好まない。中距離を維持して確実に削るのが信条だった。だが弾がなければ、流儀を選んでいる余裕はない。

 キャリバーが前に出た。短刀を逆手に構え、最も近いポーンに突進した。ポーンの胴体にSTILETTを突き立て、捻り、引き抜く。ポーンが崩れる前に次の個体に向き直り、センサードームを短刀の柄頭で叩き割った。荒っぽい動きだった。トワのような流麗さはない。ボルトのような重さもない。若さと怒りだけで動いている。

 だがポーンは倒れた。1体、2体、3体。リントの近接戦は下手ではなかった。好まないだけで、できないわけではない。ストーンクロスを守るために6年間磨いた腕は、こんなところで折れはしない。


「リント、下がれ。深追いするな」


 トワの冷静な声が通信に割り込んだ。


「分かってる!」


 リントが怒鳴り返した。分かっていた。だが目の前のポーンを1体でも多く潰さなければ、後ろにいる人間たちが危ない。ストーンクロスの住民が避難を終えていない。子供たちが泣いている声を、昨夜の陣地で聞いた。あの声を、20ミリ弾の射程に入れるわけにはいかない。

 キャリバーの短刀がもう1体のポーンの脚部関節に食い込んだ。逆関節が折れ、ポーンが地面に膝をついた。リントはそのまま胴体を蹴り飛ばし、次の敵に向き直った。


 カイはFALKEの残弾を確認した。

 67。

 二桁だった。


 WESPEの30ミリ弾は210。これも半分を切っている。ケストレルの弾薬残量計の数字が、操縦席の中で青く光っている。67。210。この数字が尽きた時、カイもリントと同じように短刀だけで戦うことになる。

 いや、カイにはまだ鍛翼刀がある。ガルドが鍛えた3.8メートルの片刃の実体剣。ケストレルの本来の武器はあれだ。だが鍛翼刀を抜くのは、もっと後だ。リーヴに対して使うために、今は温存しなければならない。


 ボルトのハウラーが動いた。

 防衛線を飛び出し、ポーンの群れの中に突っ込んだ。足裏のアンカーボルトが地面に打ち込まれ、33トンの巨体が踏みとどまる。右腕のパイルバンカーが炸裂した。鉄杭がポーンの胴体を貫通し、背面から突き抜けた。ポーンの体が内側から弾け飛び、破片が周囲のポーンに降り注いだ。

 1発。装弾数は残り2発。

 ボルトは鉄杭を再装填せず、左拳でそのまま隣のポーンを殴り飛ばした。追加装甲板を溶接した拳がセンサードームを粉砕し、ポーンの上半身が横に吹き飛んだ。

 ハウラーの周囲でポーンの群れが密集した。20ミリ弾がハウラーの装甲を叩く。火花が散り、塗装が剥がれ、装甲板の継ぎ目から煙が上がった。だがハウラーの装甲は鋼城(こうじょう)護衛機の廃材を重ね貼りした代物だ。20ミリでは抜けない。

 ボルトが笑った。通信越しに、短い笑い声が聞こえた。


「この程度か。ポーン風情が」


 だがカイは笑えなかった。ポーンの数はまだ20体以上残っている。そしてボルトの言葉が頭の中で繰り返されていた。本命はこの後だ。この群れは前座にすぎない。コルヴァスの本隊がこの後ろに控えている。リーヴが控えている。

 残弾と燃料を削るための、消耗戦。ポーンの存在意義はそこにある。1体ずつは弱い。だが弾を使わせ、燃料を使わせ、操手(そうしゅ)の集中力を削る。その先に本命が来る。


 トワのシルフが戦場を横切った。装甲のない骨格のような機体が、ポーンの群れの隙間を縫って走り抜ける。右腕の戦闘短刀が閃き、すれ違いざまにポーンの膝裏の動力管を断った。脚を失ったポーンが前のめりに倒れる。シルフは振り向かず、次の獲物に向かって加速した。一撃離脱。トワの流儀そのものだった。

 リオンのポラリスがスターリングの最後の弾倉を装填した。穿月銃の残弾は既に片手で数えられる。白銀の機体が防衛線の左翼に移動し、ジップの残殻(ざんかく)を援護する位置についた。フランの残殻(ざんかく)と並んで射線を形成し、ポーンの接近を阻んでいる。


 カイはWESPEの30ミリを撃った。3連射で1体のポーンの右腕を破壊し、2連射で別のポーンのセンサードームを潰した。精密に、最小限の弾数で、確実に無力化する。倒す必要はない。動きを止めればいい。弾を1発でも多く残すために。

 残弾189。


 * * *


 最後のポーンが倒れた時、防衛線は静かだった。

 荒野に転がる鉄の残骸が50以上。逆関節の脚が空を向いたまま痙攣している個体がある。胴体を貫通されて油を撒き散らしている個体がある。頭を失い、腕を失い、それでも前進しようとして関節が焼き切れた個体がある。人間の戦場なら死体が転がっている光景だった。だがここには死体がない。壊れた機械があるだけだ。

 カイは息を吐いた。操縦桿を握る手が汗で滑った。

 弾薬残量計を見た。FALKEの残弾42。WESPEの30ミリ弾は189。DONNERは2発のまま。燃料計は68パーセント。


「各機、残弾報告」


 ボルトの声が通信に流れた。


「ポラリス。穿月銃残弾4。スターリング残弾31。WESPE残弾280」


 リオンの声は冷静だった。


「キャリバー。全射撃武装弾切れ。DONNER1発。煙幕2発」


 リントの声は固かった。


「シルフ。近接短刀、損耗なし。煙幕3発。燃料51パーセント」


 トワの声は淡々としていた。


「ハウラー。パイルバンカー残弾2。FALKE残弾39。DINGO残弾6。装甲、被弾箇所多数あるが機能に影響なし」


 ボルト自身の報告だった。


「フラン、突撃銃残弾28。ジップ、左腕喪失、突撃銃残弾16」


 レイダーズの2機の報告が続いた。


 全員が弾薬を削られていた。リントに至っては射撃武装が全滅している。ポーンの群れはその役目を果たした。灰域(アッシュランド)連合軍の弾薬を、確実に削った。


「これが前座か」


 リントが呟いた。通信に乗せるつもりはなかったのだろう。だが周波数は開いたままだった。


 カイは操縦席から東の地平線を見た。

 ポーンの残骸が散らばる荒野の向こう。灰色の空と灰色の大地が溶け合う境界線の上に、影が見えた。

 黒い影だった。

 ポーンよりも大きく、残殻(ざんかく)よりも大きい。10メートルを超える鉄の体が、まっすぐこちらに向かっている。背部から4つの懸架アームが花弁のように開き、分離型の遊肢(ゆうし)が浮いている。漆黒の装甲に、関節部と胸部だけに暗い朱が入っている。

 ソルスティス。

 カイの計器がその影を捉えた。距離4200。接近速度、時速72キロ。速い。ポーンの群れとは比較にならない速度で、こちらに走ってきている。

 冴覚(さいかく)が、微かに震えた。

 沈黙していたはずの感覚の底に、何かが触れた。灰色の静寂ではない。もっと鋭い、もっと冷たい、刃物のような気配だった。ドールにはなかった「兆し」が、ソルスティスの方角から流れてきている。

 リーヴが来た。


 操縦桿を握る手に、力が入った。

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