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鉄殻のケストレル ―灰に沈む世界、鉄に宿る季節―  作者: Studio Yodaca
鉄の鳴く夜

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八代駿、散る

旧工業地帯の鉄骨が灰色の空に肋骨のように突き出していた。

 かつて製造業の工場が密集していた区画の残骸だ。大崩落で建屋は消えたが、地面に根を張った基礎コンクリートと鉄骨の枠組みだけが残っていた。風雨に晒された金属は赤茶けた錆に覆われ、いくつかは折れて倒れ込み、立っているものも触れれば崩れそうだった。地面には工場で使われていたと思われる金属片や機械の部品が散乱しており、鉄殻が踏むと砕けて粉塵が舞い上がった。


 ケストレルがその廃工場の鉄骨の間を走っていた。


 ソルスティスが後ろから来ている。


 カイは正面カメラを後方に切り替えながら走った。廃工場の内部は見通しが利かず、鉄骨が射線を遮っている。開けた平野での追いかけっこならソルスティスの方が不利ではない。だがここは違う。狭い空間で速度を上げれば障害物に当たる。ソルスティスはケストレルより重く、急激な方向転換が難しい。


 だが冴覚の糸がカイに告げていた。リーヴはこちらの動きを読んでいる。行き先を先回りしようとしている。


 カイは計算した。廃工場を抜けた先に道路の残骸がある。ここを出れば視界が開く。ソルスティスの方が速く、開けた場所では分が悪い。ならば廃工場の中で仕掛けるしかない。


 左の鉄骨の間に飛び込んだ。狭い。ケストレルの肩幅ぎりぎりの隙間を半分体を捻りながら通り抜ける。錆びた鉄骨が肩装甲を引っ掻いた。


 冴覚がリーヴの位置を知らせている。右後方40m。進路を変えている。こちらを迂回しようとしている。


「——右だ」


 カイは右に向きを変えた。ファルケを構えながらケストレルを鉄骨の影に滑り込ませる。リーヴが曲がってくる角。その角から先に入る。


 ソルスティスが現れた。


 カイはファルケを撃った。75mm弾がソルスティスの左肩に命中した。火花と白煙。ソルスティスの肩甲部に新しい傷が刻まれたが、装甲は保った。


 リーヴが即座に反応した。ソルスティスの右腕ヴィストルがケストレルに向いた。


 カイは鉄骨の陰に飛び込んだ。高速弾が鉄骨に当たり、金属が弾けて破片が飛んだ。


「当てる気で来るな」


 カイは一瞬だけ思った。


 距離が近い。お互いが近接と遠距離を混在させながら動いている。こちらの冴覚も相手の冴覚も読み合っているから、行動が読まれている。読み合いの均衡がある。どちらかが均衡を崩せば決まる。


 崩す手段を探しながら走った。


 * * *


 ハルのコックピットから見える景色は廃工場の外縁だった。


 ハルの銘殻クロスレイは廃工場の北側に展開していた。ケストレルとソルスティスの格闘は廃工場の中で続いており、外から見えるのは鉄骨に当たる弾丸の火花と、たまに鉄骨を叩く衝撃音だけだった。


「手を出していいですか、隊長」


 ハルが通信に訊いた。


「待て」


 リーヴの返答は短かった。


「他の3機は」


 ハルは周囲を確認した。南側にシーラのヴァーグラスが展開している。東からはレイダーズの残り3機——ハウラー、キャリバー、シルフが距離を置いて様子を見ていた。ハウラーは右脚の損傷で機動力が落ちている。キャリバーは右腕が使えない。シルフは健在だがトワ単機で仕掛ける動きはない。


 均衡していた。


「手を出したらシルフが来ます」


「分かってる。ケストレルが倒れるまで動くな」


「えっ」


「ケストレルが落ちれば残りは止まる。リーヴ一人で片付ける」


 ハルは通信を切った。廃工場の方向を見た。また火花が散った。鉄骨に当たる音が続いている。


「…無理じゃないか、あれ」


 ハルは独り言を言った。2機の動きは同程度に見える。どちらが倒れるか分からない。リーヴを信頼しているが、このまま待てと言われると正直不安だった。


 シーラの通信が入った。


「動くな。言われた通りにしろ」


「分かってます」


「分かってたら余計なことを言うな」


 ハルは黙った。


 廃工場から轟音が聞こえた。


 * * *


 カイは廃工場の端まで追い詰められていた。


 北側の壁際に立っており、正面に鉄骨の密集した区画が広がっている。その奥でソルスティスがこちらを捜している気配が冴覚に届いた。見えていないが位置は分かる。リーヴも分かっているだろう。


「……来る」


 カイは低く呟いた。


 冴覚が告げた。リーヴが決断した。突っ込んでくる。距離を詰めて一気に決める。今まで以上の速度で。


 カイは計器を確認した。ファルケの残弾が4発、ヴェスペ80発。ファルターは残り12%。これ以上撃ちながら逃げ続ける余力はない。


 仕掛ける場所はここだ。


 カイは息を整えた。冴覚を全開にした。リーヴの意識が近づいてくる。距離40m。鉄骨の間を抜けて直線の射線が開く瞬間がある。その瞬間は3秒後に来る。


 3秒。


 ——カイは鍛翼刀を捨てた。


 右腰のホルスターから刃を外し、地面に落とした。振動機構が止まり、唸りが消えた。


 計器を確認する。ファルケ。右手に握る。重い。ゼルマとの戦闘から積み上がった疲労が腕全体に居座っていた。それでも握り込む。


 2秒。


 カイは操縦桿から手を離し、ファルケの引き金に指をかけた。手動照準。コックピット正面の的を手の感覚だけで狙う。計器の照準補助は使わない。使う余裕がないのではなく、使わない方が速いからだ。


 1秒。


 ソルスティスが鉄骨の間から飛び出した。


 カイはファルケを撃った。


 ソルスティスのバイザーに直撃した。


 バイザーが砕けた。セラミック合金の外殻が割れて破片が飛散し、コックピット前面の視界が一瞬白く霞んだ。


 ソルスティスが止まった。0.5秒。視界を失った0.5秒の停止。


 カイはケストレルを全力で踏み込ませた。ファルターが残り12%を一気に吹いた。ケストレルが弾丸のようにソルスティスに向かって突進した。鍛翼刀はない。代わりにケストレルの右腕を前に突き出した。


 体当たりだった。


 25tのケストレルがソルスティスの左脇腹に全力で激突した。金属同士がぶつかる音が廃工場に反響した。ソルスティスが傾き、足元の地面が砕けて左に向かって倒れ込む。赤茶けた鉄骨が支えになったが、その鉄骨も根元から折れた。ソルスティスが鉄骨の山の上に叩きつけられた。


 激突の衝撃でケストレルも体勢が崩れた。右腕の装甲が大きく変形し、インジケーターが赤に変わった。


 ケストレルはよろめきながら立っていた。


 ソルスティスは倒れていた。


 立ち上がろうとした。腰部と膝の駆動系を使って体を起こそうとするリーヴの動作が冴覚で分かった。


 カイはファルケを倒れたソルスティスのバイザーに向けた。残弾3発。砕けたバイザーの奥にコックピットがある。その中にリーヴ・シェイドがいる。


 トリガーに指をかけた。


 だが引かなかった。


 引けなかったのではなかった。引かなかった。


 コックピットの中に人がいる。自分の意図を読んでいた人間が。目が覚めるような鋭さで向かってきた人間が。今も起き上がろうとしている。


 ここで撃ち抜いたら死ぬ。


「投降しろ」


 カイは通信を開いた。


 間があった。ソルスティスが起き上がる動きを止めた。


「……お前の勝ちだ、カイ・セヴァル」


 リーヴの声は静かだった。


「武装を下ろせ」


「下ろす」


 ソルスティスの両腕が地面に向いた。武装放棄の姿勢。


 廃工場の外から通信が来た。コルヴァスの3機だった。


「隊長機が倒れた。どうする」


「撤退だ。交戦を中止しろ」


 リーヴが答えた。


「リーヴ隊長、了解」


 通信が切れた。


 カイは廃工場の外を見た。コルヴァスの3機が動いていた。戦闘態勢を崩し、東に向かって引き始めていた。


 ファルケを下ろした。


 計器パネルを見た。燃料残量7%。右腕装甲大破。ファルケ残弾3発。ファルターは空。


 静かだった。


 廃工場の鉄骨が風に鳴った。ソルスティスが横たわったまま動かない。その奥でリーヴが何を考えているかは分からなかった。冴覚が何かを拾おうとしたが、疲弊した神経はもう細かいことを感じ取る余裕がなかった。


 生きていた。


 それだけが確かだった。

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