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鉄殻のケストレル ―灰に沈む世界、鉄に宿る季節―  作者: Studio Yodaca
鉄の鳴く夜

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八代駿の笑い声

格納庫の天幕が風に揺れていた。

 野営地の端に張られた大型の天幕の下に、レイダーズの4機が並んでいた。天幕はゲオルグが用意した旧世界の防水布と廃材の骨組みを組み合わせたもので、風が吹くたびに骨組みが軋む音がした。


 ガルドがケストレルの右肩の修理をしていた。


「腕を上げろ」


 ガルドが言った。ケストレルの右腕が上がる。カイがコックピットで操縦桿を動かして腕を持ち上げると、関節の駆動油が回路を通る微かな音がした。


「止めろ」


 止める。ガルドが脚立から身を乗り出し、露出したフレームの根元に手を入れた。パイプレンチが回る音。スパナが当たる音。ガルドの手が奥まで届かず、顔をしかめた。


「もう5センチ下げろ」


 腕を少し下げる。ガルドが今度はうまく入って、金属の当たる音が続いた。


「いいか。本職は装甲の取り付けだけだ。フレームの歪みは今は手が届かん。骨組みが曲がったまま動かすと関節が早く消耗するが、今はそれしかできん」


「分かった」


「弾薬は補充した。ファルケ30発。ヴェスペ200発。ドナーは1発しかなかった」


「ドナーは1発でいい」


「あとフィルターを替えた。砂が詰まってた。このままだと冷却不足でオーバーヒートが早くなる。替えたから多少は楽になる」


 ガルドが脚立から降りた。工具を布で拭いて腰の工具袋に戻す。革のエプロンに油の染みが増えていた。


「ありがとう」


「言うな。仕事だ」


 ガルドは次のハウラーへ移った。


 * * *


 隣ではリントがキャリバーの右腕を動かしていた。


 肘から先だけ動いていた。肩関節は固定されたまま、前腕と手首だけが小さく回った。それでも昨夜より動く。ガルドが砕けたアクチュエータを3つ取り外し、ポーンの残骸から回収した部品で2つを補った結果だった。


 リントがコックピットから降りてきた。天幕の端に座り、右腕の指先を見た。ゆっくりと握り、開く。


「使えるか」


 カイが声をかけた。


「肩から動かない。腕は動くが、力が30%以下だ。重いものは持てない。ファルケを保持するには腕が上がらなきゃいけないが、上がらない。左腕だけだ」


 リントは右手の指先を見たまま言った。


「コルヴァスが来る」


「聞こえた。マイロが教えてくれた。東から銘殻4機が確認されたと」


「お前は後方に下がれ」


 リントが顔を上げた。カイを見た。目に感情の色はなかったが、静かに何かが動いていた。


「そのつもりはない」


「左腕だけで戦えない」


「ファルケを肩に担げば撃てる。照準は甘くなるが弾は出る。射撃は俺の仕事だ」


 リントは右腕を使って肩からファルケのストラップを掛ける動作を示した。実際に試したのだろう、動作に迷いがない。


「ガルドに何か代わりの銃座を作ってもらえないか」


 カイは少し考えた。


「聞いてみる」


「頼む」


 リントは右手の指先をもう一度動かして、それからあきらめたように手を下ろした。


 * * *


 ストーンクロスの東端に立ってカイは荒野を見た。


 集落は静かだった。早朝の空気が灰色に沈み、遠くで鉄殻のエンジンが低く唸っているだけだ。ゲオルグが集落の人々に避難を呼びかけており、荷物を積んだ荷車が南に向かっている列が見えた。800人全員が動いているわけではなく、老人や体の不自由な人たちの分だけ先に送り出していた。残りは地下壕に入る手はずになっていた。


「カイ」


 声がして振り返った。タリアが歩いてきた。防寒着に工具袋を斜め掛けにして、片手に通信機器を持っていた。


「中継塔の増幅器を交換した。これで東方との通信がもう少し安定する」


「ありがとう」


「礼はいい。来なくて済めば一番良かった」


 タリアは並んで荒野を見た。コルヴァスがどこから来るかは分かっている。東の地平線の向こうだ。まだ見えない。だが来ることは分かっていた。


「銘殻が4機来るって聞いた」


「ああ」


「リーヴ・シェイドが率いてる」


「知ってる」


 タリアはしばらく黙っていた。


「会ったことあるか」


「ない。名前だけ知ってる」


「俺も名前だけだ」


 風が吹いた。荒野の砂が舞い上がり、2人の足元を叩いた。


「勝てるか」


 タリアが訊いた。


「分からない」


 正直に言った。タリアはカイを見た。嘘をついていないか確認するような目だった。


「そうか」


 それだけ言ってタリアは踵を返した。集落に向かって歩いていく。


「タリア」


 振り返らなかった。


「避難に時間がかかりそうなら、連絡してくれ」


 少し間があった。


「分かった」


 タリアは歩き続けた。防寒着の背中が集落の建物の間に消えていく。カイはその場に立ったまま東の地平線を見ていた。灰色の空の下で荒野は静かだった。まだ何も来ていない。エンジン音もない。砂を叩く音もない。


 それがいつまでも続くわけではないことを、カイは分かっていた。

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