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鉄殻のケストレル ―灰に沈む世界、鉄に宿る季節―  作者: Studio SASAME
鉄の鳴く夜

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レイダーズの朝

溶接の火花が朝靄の中に散った。

 青白い光が一瞬だけ闇を裂き、鉄の焦げる匂いが冷たい空気に混じる。ストーンクロスの東外縁、旧世界の給水施設跡に設営されたレイダーズの野営地は、夜明け前から動き出していた。


 カイは野営地の入口で足を止めた。

 残殻(ざんかく)が5機、給水塔の骨格を利用した簡易格納庫に並んでいる。どの機体も継ぎ接ぎだらけだった。旧世界の構造材と、管区製の量産パーツと、出自不明の廃材が溶接痕で繋がれている。統一感は皆無だが、どの機体にも手入れの跡があった。関節部のグリスは新しく、装甲の亀裂には丁寧に充填材が詰められている。

 一番奥に、ひときわ大きな機体が佇んでいた。ハウラー。ボルトの残殻(ざんかく)だ。鋼城(こうじょう)護衛機の廃棄装甲を何枚も重ね貼りした正面装甲が、朝日を受けて鈍く光っている。右腕のパイルバンカーは格納状態で、先端だけが装甲の隙間から覗いていた。歩く廃車置場。誰かがそう呼んだのも頷ける外見だったが、この鉄の塊がボルトの手にかかると灰域(アッシュランド)最硬の盾になる。


 溶接をしていたのは、小柄な女だった。

 髪を短く刈り込み、防護ゴーグルを額に上げている。残殻(ざんかく)の膝関節を開いて、内部のフレーム接合部に溶接棒を当てていた。火花が収まると、接合部を指先で叩いて強度を確かめる。


「フラン」

 ボルトの声が野営地に響いた。

「膝は持ちそうか」

「持たせる。元の部品がもう限界だから、グランヴェルトの汎殻(はんかく)のフレーム材を切り出して嵌めた。規格が違うから噛み合わせが悪いけど、溶接で固めれば3ヵ月は保つ」

「3ヵ月後は」

「また直す」


 フランは溶接面を外し、額の汗を袖で拭った。カイに気づくと、軽く顎を上げた。

「あんたがセヴァルの坊主か」

「カイだ」

「フラン。元は麦を作ってた。3年前に畑が灰に埋まって、それから鉄殻(てっかく)に乗ってる」


 それだけ言うと、フランは再び溶接面を被った。火花が散る。カイは灰域(アッシュランド)の人間の自己紹介がいつも短いことを思い出した。過去を長く語る人間は少ない。語るほどの過去がないのではなく、語っても仕方がないと知っているからだ。


 野営地の中央に焚き火があった。

 旧世界のコンクリート片を組んだ炉に薪がくべられ、その上に黒ずんだ鉄板が載っている。鉄板の上で干し肉が炙られ、脂が落ちて煙が上がっていた。その横に、灰原草を煮出した茶の入った鍋がかかっている。苦い匂いが鼻を突く。灰域(アッシュランド)では珍しくない朝食の光景だった。


 焚き火の前に座っている男が二人。

 一人は痩せた長身の男で、干し肉を無言で噛んでいた。顔に古い切り傷が三本走っている。目は焚き火を見ているようで、どこも見ていないようだった。


「ディノだ。喋らねえが悪い奴じゃない」

 ボルトが横に立って言った。

「旧南嶺管区から流れてきた。管区が解体された時に行き場をなくして、気づいたら灰域(アッシュランド)にいたってやつだ」


 ディノはカイを一瞥し、小さく頷いた。それが挨拶の全てだった。


 もう一人は若かった。カイと同じくらいの年齢に見える。赤茶けた髪を後ろで括り、干し肉と固いパンを交互に頬張りながら、手元のカードを並べていた。


「おい、ジップ。朝から賭けるな」

「賭けてないっす。並べてるだけっす」

「昨日ディノから巻き上げた分をまだ返してないだろう」

「あれは実力っす」


 ジップと呼ばれた少年はカイに気づくと、目を丸くした。

「あ、あんたがケストレルの?」

「カイだ」

「ジップ。17歳。よろしく」


 17歳。カイと同い年だった。

 ジップは手元のカードをまとめて、カイの隣に場所を空けた。カイは焚き火の前に座った。ボルトが鉄板から干し肉を一切れ取り、カイに渡す。


「食え。灰域(アッシュランド)の朝飯だ。味は保証しない」


 干し肉は硬く、塩辛かった。顎が疲れるほど噛んでようやく繊維がほぐれる。灰原草の茶は苦味の底にかすかな甘みがあり、体が内側から温まった。


 ジップが灰原草の茶を啜りながら、手元のカードをカイに見せた。

「デッドマンズ・ハンド、知ってる?」

「聞いたことはある」

灰域(アッシュランド)の傭兵はだいたいやるんだ。戦闘の前の夜とか。命張ってるから賭けも本気になるんだよな」


 カードは旧世界の印刷物を手作業で複製したもので、絵柄が微妙に歪んでいた。数字の書体がカードごとに違う。王の絵札は顔が潰れていて、何の表情なのか分からない。それすら灰域(アッシュランド)らしかった。

「ルールは簡単なんだ。手札5枚で役を作る。一番強い役を出した奴が勝ち。負けた奴は干し肉一切れ。金がない時は飯で賭ける」

 ジップはカードを切りながら、嬉しそうに説明した。この少年は話し相手に飢えているのかもしれない。ディノは喋らず、フランは実務的で、ボルトは上官だ。同年代のカイが珍しいのだろう。


 フランが溶接を終えて焚き火に戻ってきた。鉄板の上の干し肉を取り、パンに挟んで食べ始める。ディノが黙って茶を注いだ鍋をフランに向けて押した。


「ボルトさん、右膝は直したけど、左の股関節も怪しい。次の戦闘で負荷かけたら外れるかもしれない」

「外れたら片足で戦う」

「本気で言ってるから困るんだよ、この人は」


 カイはその光景を見ていた。

 英雄ではなかった。灰域(アッシュランド)の大義を語る革命家でもなかった。干し肉を分け合い、壊れた鉄殻(てっかく)を直し、カードで小銭を巻き上げ合う。ただそれだけの人間たちだった。


 ボルトが焚き火の向こう側に腰を下ろした。大きな体が地面に沈む。鉄板から最後の干し肉を取り、一口で頬張った。


「なあ、セヴァル」

「カイでいい」

「じゃあカイ。お前、灰域(アッシュランド)連合って名前を聞いてどう思った」


 カイは少し考えた。

「大きな名前だと思った」

「だろう。バートンは政治家だからな。名前をでかくするのが仕事だ」


 ボルトは茶を飲み、口元を手の甲で拭った。

「俺たちは国を守ってるんじゃない。飯を食える場所を守ってるだけだ」


 笑っていた。だがその笑いの底に、カイは重さを感じた。嘘ではない。本心だ。だからこそ重い。国家の理念でも革命の思想でもなく、ただ明日の飯のために鉄殻(てっかく)に乗る。それがレイダーズだった。


 ジップがカードを片付けながら、不意にカイを見た。


「なあ、一つ聞いていい?」

「何だ」

「テオ・セヴァルの息子って本当? あの人の話、ボルトさんが酔うと必ずするんだ」


 焚き火の爆ぜる音が響いた。

 ボルトが「余計なことを言うな」とジップの後頭部を叩いたが、強くはなかった。


 カイは火を見つめた。

 父の名前は、カイの知らない場所にまで届いていた。ラストヘイムの小さな集落で修理工をしていた男。壊れた配管を直し、錆びた部品を磨き、カイに工具の使い方を教えた手。だがその同じ手が、かつてはケストレルの操縦桿を握り、灰域(アッシュランド)を駆けていた。カイが知らない父の姿を、この傭兵たちは知っている。


「本当だ」

 カイは短く答えた。


 ジップの目が少し輝いた。何か言いたそうに口を開きかけたが、ボルトの視線に気づいて閉じた。灰域(アッシュランド)の人間は、踏み込みすぎない。それが砂と鉄の中で生きる者たちの礼儀だった。


 フランが立ち上がり、残殻(ざんかく)に向かって歩き出した。ディノが黙って後に続く。ジップがカードをポケットにねじ込み、「じゃ、俺も整備っす」と駆けていった。


 焚き火の前に、カイとボルトが残された。


 ボルトは火を見ていた。

「あいつらは、家族じゃない。仲間って呼ぶのも気恥ずかしい。ただ同じ飯を食って、同じ鉄殻(てっかく)を直して、同じ戦場で背中を預ける。それだけだ」


 カイは頷いた。

 ラストヘイムと同じだと思った。ゲオルグの小言も、クレアの怒鳴り声も、タリアの静かな視線も。血の繋がりではなく、同じ土地で同じ空気を吸っているという、ただそれだけの繋がり。


 だがそれは、失った時に初めて重さを知る種類のものだった。


 溶接の火花が、また散った。

 レイダーズの朝は、そうして始まる。

デッドマンズ・ハンド: 灰域の傭兵の間で広まっているカード賭博。旧世界のトランプを模した手作りのカードで行う。

灰原草(アッシュグラス): 灰域に自生する雑草。煮出して茶にする。苦味が強いが、体を温める効果がある。

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