ダリオとの再戦
リーヴとの接触から2日後、コルヴァスの攻勢が本格化した。
複数の方角から同時に圧力がかかる。フィン・カーターの汎殻がリントと交戦し、互角の戦いを繰り広げていた。ボルトの残殻部隊は正面の汎殻3機と組み合い、徐々に押されている。
カイはケストレルで南に回り込んだ。
リーヴの本隊とは別に、ダリオ・メイスの汎殻が単独で南方から侵入しているとの報告を受けたからだ。
南方の旧工業施設。
大崩落以前の製鉄所の残骸が、雪に半ば埋もれて広がっている。天井が崩落した区画と、まだ鉄骨の骨組みが残っている区画が混在する。鉄柱が林立し、崩れたクレーンの腕が地面に突き刺さっている。
ケストレルが施設の入口に立った時、カイの冴覚が反応した。
中にいる。
足を踏み入れた。
鉄骨の間を縫うように進む。天井の隙間から雪が舞い込み、錆びた床に白い模様を描いている。ケストレルの足音が金属の床を踏み鳴らし、反響が閉じた空間の中で重なる。
FALKE残弾26。WESPE残弾198。燃料残量69%。機関温度、緑域。
右肩はフレームが露出したまま。応急修理でカバーをかけただけだ。ここに被弾すればフレームが歪む。
鉄骨の陰に、汎殻のシルエットが見えた。
ダリオ。
遊肢は展開されていなかった。
閉所では遊肢の射線が建物の構造物に遮られる。ダリオも分かっている。ここでは遊肢が使えない。
母機同士の格闘戦。
カイの得意な距離だ。
ダリオの汎殻が動いた。
鉄骨の間をすり抜けて、ケストレルの右側面に出ようとする。重装甲の汎殻だが、動きは滑らかだった。鋳脈のフィードバックが、機体の応答をカイの残殻時代には不可能だった精度で制御している。
カイは鍛翼刀を構えた。
ダリオは腰のNAGELに手をかけない。代わりに、汎殻の両拳を構えた。格闘戦。近接武装を使わない、素手の組み打ち。
鉄骨の柱を挟んで対峙する。
ダリオが先に動いた。
汎殻の右拳がケストレルの胸部を狙って突き出される。重い一撃。カイは操縦桿を横に倒し、ケストレルを鉄柱の陰にずらした。拳が鉄柱に当たり、柱が根元から折れる。
鉄柱が倒れ、視界を遮った。
その1秒の間に、カイはダリオの裏に回り込んだ。鍛翼刀を横薙ぎに振る。ダリオの汎殻が半身になって躱す。刀身が肩の装甲を掠め、火花が散った。
近い。互いの機体の手が届く距離。
鋳脈者の格闘戦は、非鋳脈者には見えない情報を使う。ダリオは機体のセンサーが拾う気流の変化、床の振動、金属の軋みを体感として受け取っている。カイにはそれがない。計器を読む余裕もない距離。あるのは冴覚だけだ。
ダリオの左拳が来る。
冴覚が告げた。左拳は囮。本命は右膝。蹴り上げが来る。
カイは操縦桿を手前に引き、ケストレルを後退させた。ダリオの膝蹴りがケストレルの腹部装甲を掠める。衝撃が座席を揺らしたが、直撃は避けた。
即座にカイは踏み込んだ。
鍛翼刀を上段から振り下ろす。ダリオの汎殻が左腕で受ける。金属同士の激突音が施設の天井に反響し、上から雪と錆びた破片が降ってきた。
膠着の中で、カイは考えた。
ダリオの動きは精密だ。鋳脈者の格闘は読みが深い。冴覚で一手先を読んでも、ダリオは二手先を打ってくる。経験の差。8年間戦場に立ち続けた男の、体に刻まれた動きの引き出しが違う。
だが、崩れる場所がある。
カイは左前腕のWESPEを起動した。30ミリ三連装機関砲を至近距離で撃つ。
ダリオの汎殻が後退する。弾は外れたが、音が狭い空間に反響して増幅された。
ダリオの動きが止まった。
一瞬だけ。0.5秒。
反響音が聴覚にノイズを入れたのだ。閉所での金属音の反響は、劣化した聴覚を混乱させる。
カイはその隙を逃さなかった。
ケストレルが踏み込む。鍛翼刀の振動機構を全開にし、ダリオの汎殻の左脚の関節部を狙った。
横薙ぎの一閃。
高周波振動を帯びた刀身が、汎殻の左膝関節のカバーを断ち割った。関節機構が露出し、油圧管が切断される。
ダリオの汎殻の左脚が崩れた。
壁にもたれかかるように倒れ込む。
遊肢が施設の外から射線を探そうとしていた。だが鉄骨と壁が邪魔で、精密射撃は不可能だ。ダリオはそれを悟り、遊肢を収容した。
通信が入った。
ノイズ交じりのダリオの声。前回より更に掠れている。
「お前、強くなったな。テオの息子」
カイは息を整えた。鍛翼刀をダリオの汎殻に向けたまま、答える。
「あんたも、まだ強い」
嘘ではなかった。閉所で遊肢を封じなければ、正面からは勝てなかった。ダリオの格闘技術は、カイが今まで対峙した中で最も深みがあった。
ダリオは笑った。
通信越しの、掠れた笑い声。
「もう長くない。耳も、指も。だがまだ戦える。戦えるうちは、ここにいる」
その声には悲嘆がなかった。
諦めでもなかった。ただ、事実を事実として受け入れている、静かな声だった。
「コルヴァスを出る気はないのか」
「出てどうする。鋳脈者の行く場所なんぞ、戦場の他にない」
カイは何も言えなかった。
鍛翼刀を下ろした。
ダリオの汎殻が壁を支えにして立ち上がった。左脚を引きずりながら、施設の出口に向かう。
「次に会う時は、俺はもっと壊れてるだろう。その時は遠慮するな」
カイは黙って見送った。
旧製鉄所の天井から、雪が舞い込んでいた。白い結晶が錆びた鉄骨に触れ、溶けて水滴になり、床に落ちる。
ダリオの汎殻が施設を出ていった。
カイは鍛翼刀を鞘に戻した。
掌が汗で滑る。操縦桿を握り直した。
勝った。
今度は、自分の戦術で勝った。閉所に引き込み、遊肢を封じ、母機同士の格闘で関節を断った。相手の体の弱さではなく、自分の判断で掴んだ勝利だ。
だが胸の奥で、ダリオの声がまだ響いていた。
「戦えるうちは、ここにいる」。
その言葉の重さが、勝利の手触りを苦くしていた。




