表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鉄殻のケストレル ―灰に沈む世界、鉄に宿る季節―  作者: Studio Flint
鉄錆の邂逅

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

143/144

ダリオとの再戦

リーヴとの接触から2日後、コルヴァスの攻勢が本格化した。

 複数の方角から同時に圧力がかかる。フィン・カーターの汎殻(はんかく)がリントと交戦し、互角の戦いを繰り広げていた。ボルトの残殻(ざんかく)部隊は正面の汎殻(はんかく)3機と組み合い、徐々に押されている。


 カイはケストレルで南に回り込んだ。

 リーヴの本隊とは別に、ダリオ・メイスの汎殻(はんかく)が単独で南方から侵入しているとの報告を受けたからだ。


 南方の旧工業施設。

 大崩落(ダウンフォール)以前の製鉄所の残骸が、雪に半ば埋もれて広がっている。天井が崩落した区画と、まだ鉄骨の骨組みが残っている区画が混在する。鉄柱が林立し、崩れたクレーンの腕が地面に突き刺さっている。


 ケストレルが施設の入口に立った時、カイの冴覚(さいかく)が反応した。

 中にいる。


 足を踏み入れた。

 鉄骨の間を縫うように進む。天井の隙間から雪が舞い込み、錆びた床に白い模様を描いている。ケストレルの足音が金属の床を踏み鳴らし、反響が閉じた空間の中で重なる。


 FALKE残弾26。WESPE残弾198。燃料残量69%。機関温度、緑域。

 右肩はフレームが露出したまま。応急修理でカバーをかけただけだ。ここに被弾すればフレームが歪む。


 鉄骨の陰に、汎殻(はんかく)のシルエットが見えた。

 ダリオ。


 遊肢(ゆうし)は展開されていなかった。

 閉所では遊肢(ゆうし)の射線が建物の構造物に遮られる。ダリオも分かっている。ここでは遊肢(ゆうし)が使えない。


 母機同士の格闘戦。

 カイの得意な距離だ。


 ダリオの汎殻(はんかく)が動いた。

 鉄骨の間をすり抜けて、ケストレルの右側面に出ようとする。重装甲の汎殻(はんかく)だが、動きは滑らかだった。鋳脈(ちゅうみゃく)のフィードバックが、機体の応答をカイの残殻(ざんかく)時代には不可能だった精度で制御している。


 カイは鍛翼刀を構えた。

 ダリオは腰のNAGELに手をかけない。代わりに、汎殻(はんかく)の両拳を構えた。格闘戦。近接武装を使わない、素手の組み打ち。


 鉄骨の柱を挟んで対峙する。


 ダリオが先に動いた。

 汎殻(はんかく)の右拳がケストレルの胸部を狙って突き出される。重い一撃。カイは操縦桿を横に倒し、ケストレルを鉄柱の陰にずらした。拳が鉄柱に当たり、柱が根元から折れる。


 鉄柱が倒れ、視界を遮った。

 その1秒の間に、カイはダリオの裏に回り込んだ。鍛翼刀を横薙ぎに振る。ダリオの汎殻(はんかく)が半身になって躱す。刀身が肩の装甲を掠め、火花が散った。


 近い。互いの機体の手が届く距離。

 鋳脈(ちゅうみゃく)者の格闘戦は、非鋳脈(ちゅうみゃく)者には見えない情報を使う。ダリオは機体のセンサーが拾う気流の変化、床の振動、金属の軋みを体感として受け取っている。カイにはそれがない。計器を読む余裕もない距離。あるのは冴覚(さいかく)だけだ。


 ダリオの左拳が来る。

 冴覚(さいかく)が告げた。左拳は囮。本命は右膝。蹴り上げが来る。


 カイは操縦桿を手前に引き、ケストレルを後退させた。ダリオの膝蹴りがケストレルの腹部装甲を掠める。衝撃が座席を揺らしたが、直撃は避けた。


 即座にカイは踏み込んだ。

 鍛翼刀を上段から振り下ろす。ダリオの汎殻(はんかく)が左腕で受ける。金属同士の激突音が施設の天井に反響し、上から雪と錆びた破片が降ってきた。


 膠着の中で、カイは考えた。

 ダリオの動きは精密だ。鋳脈(ちゅうみゃく)者の格闘は読みが深い。冴覚(さいかく)で一手先を読んでも、ダリオは二手先を打ってくる。経験の差。8年間戦場に立ち続けた男の、体に刻まれた動きの引き出しが違う。


 だが、崩れる場所がある。


 カイは左前腕のWESPEを起動した。30ミリ三連装機関砲を至近距離で撃つ。

 ダリオの汎殻(はんかく)が後退する。弾は外れたが、音が狭い空間に反響して増幅された。


 ダリオの動きが止まった。

 一瞬だけ。0.5秒。

 反響音が聴覚にノイズを入れたのだ。閉所での金属音の反響は、劣化した聴覚を混乱させる。


 カイはその隙を逃さなかった。

 ケストレルが踏み込む。鍛翼刀の振動機構を全開にし、ダリオの汎殻(はんかく)の左脚の関節部を狙った。


 横薙ぎの一閃。

 高周波振動を帯びた刀身が、汎殻(はんかく)の左膝関節のカバーを断ち割った。関節機構が露出し、油圧管が切断される。


 ダリオの汎殻(はんかく)の左脚が崩れた。

 壁にもたれかかるように倒れ込む。


 遊肢(ゆうし)が施設の外から射線を探そうとしていた。だが鉄骨と壁が邪魔で、精密射撃は不可能だ。ダリオはそれを悟り、遊肢(ゆうし)を収容した。


 通信が入った。

 ノイズ交じりのダリオの声。前回より更に掠れている。


「お前、強くなったな。テオの息子」


 カイは息を整えた。鍛翼刀をダリオの汎殻(はんかく)に向けたまま、答える。


「あんたも、まだ強い」


 嘘ではなかった。閉所で遊肢(ゆうし)を封じなければ、正面からは勝てなかった。ダリオの格闘技術は、カイが今まで対峙した中で最も深みがあった。


 ダリオは笑った。

 通信越しの、掠れた笑い声。


「もう長くない。耳も、指も。だがまだ戦える。戦えるうちは、ここにいる」


 その声には悲嘆がなかった。

 諦めでもなかった。ただ、事実を事実として受け入れている、静かな声だった。


「コルヴァスを出る気はないのか」

「出てどうする。鋳脈(ちゅうみゃく)者の行く場所なんぞ、戦場の他にない」


 カイは何も言えなかった。

 鍛翼刀を下ろした。


 ダリオの汎殻(はんかく)が壁を支えにして立ち上がった。左脚を引きずりながら、施設の出口に向かう。


「次に会う時は、俺はもっと壊れてるだろう。その時は遠慮するな」


 カイは黙って見送った。


 旧製鉄所の天井から、雪が舞い込んでいた。白い結晶が錆びた鉄骨に触れ、溶けて水滴になり、床に落ちる。


 ダリオの汎殻(はんかく)が施設を出ていった。


 カイは鍛翼刀を鞘に戻した。

 掌が汗で滑る。操縦桿を握り直した。


 勝った。

 今度は、自分の戦術で勝った。閉所に引き込み、遊肢(ゆうし)を封じ、母機同士の格闘で関節を断った。相手の体の弱さではなく、自分の判断で掴んだ勝利だ。


 だが胸の奥で、ダリオの声がまだ響いていた。

 「戦えるうちは、ここにいる」。

 その言葉の重さが、勝利の手触りを苦くしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ