白い戦場
コルヴァスの本隊が来た。
リントの偵察報告。東の丘陵を越えて、10機以上の鉄殻がストーンクロスに向かっている。先頭に、漆黒の銘殻。
リーヴ・シェイドのソルスティス。
灰域側はボルトの指揮のもと防衛線を展開した。残殻5機が丘陵の稜線に散開し、ストーンクロスの東壁を背にした半円形の防衛陣を敷く。リントが左翼、トワが右翼、ボルトが中央。カイのケストレルは遊撃として、状況に応じて動く配置だ。
カイはケストレルのコックピットで、計器を確認した。
燃料残量76%。弾薬、FALKE残弾32、WESPE残弾246。DONNER2発健在。装甲健全度、左肩64%、他は全域グリーン。
前日までの連戦で、少しずつ消耗している。
東の雪原に、黒い影が現れた。
コルヴァスの汎殻部隊が横一列に展開する。その後方に、一機だけ。
漆黒の装甲に、暗い朱のアクセント。肩から背部にかけて、遊肢の懸架ユニットが大きく張り出している。頭部のバイザー型カメラに赤い光が灯った。
ソルスティス。
前回対峙した時の恐怖が、背筋を這い上がる。
遊肢が展開された。
4基。背部の懸架アームが花弁のように開き、扁平なエイ型のユニットが一斉に射出される。4つの影が雪原の上空に散開し、ソルスティスの周囲300メートルに扇状の陣形を取った。
カイの喉が干上がった。
「全員、散開しろ。固まるな」
ボルトの声が通信に響いた。
遊肢が動いた。
4基が同時に加速し、灰域の防衛線に向かって突進してくる。20ミリ速射砲が火を噴き、弾雨が雪原を穿った。
カイはケストレルを丘の稜線に沿って走らせた。
遊肢の弾幕から逃れる。丘の裏に回り込み、射線を切る。
だが遊肢は追ってきた。
2基がカイの側に回り込み、残り2基が防衛線の他の機体を牽制している。リーヴの遊肢運用は正確だった。4基を2対2に分割し、カイと他の灰域勢力を同時に制圧する。
前より動きが良くなった自覚はあった。
トワの訓練。ダリオ戦の経験。遊肢の射線を地形で切ること。母機と遊肢の連携の隙を突くこと。理論は頭にある。
だが4基は、2基とは次元が違った。
丘を回り込んだカイの前に、遊肢が先回りしていた。
カイの冴覚が叫ぶ。右。
操縦桿を引く。ケストレルが沈み込む。20ミリ弾が頭上を通過した。
間髪入れず、左から2基目の遊肢が射撃する。
避けきれない。
ケストレルの右肩に着弾。装甲が砕ける音がコックピットに響いた。右肩装甲、健全度31%。もう一発で剥がれる。
カイは丘の裏に飛び込んだ。一瞬だけ射線が途切れる。
息が荒い。
操縦桿を握る手に汗が滲んでいる。
考えろ。
遊肢の射線を切りながら、母機に接近する。それが対遊肢戦の基本だ。だがリーヴの遊肢は常にカイの退路を先読みして配置されている。冴覚で母機の動きは読めても、4基の遊肢全てを同時に対処するのは不可能だ。
それでも、前に出る。
カイはケストレルの背部スラスターを点火し、丘を跳び越えた。
白い蒸気を引いて、ソルスティスに向かって直進する。
遊肢2基が反応した。射線がケストレルに集中する。
カイは冴覚で弾道を読み、機体を左右に振りながら接近した。20ミリ弾が左右を通過する。1発が左腕の装甲を掠める。機関温度が黄域に入った。
600メートル。500メートル。
ソルスティスが動いた。
リーヴの母機が前に出てくる。双牙刀を抜いていない。代わりに両前腕のWESPEが起動する。30ミリ連装機関砲の掃射が、ケストレルの進路を塞いだ。
前からは母機の弾幕。左右からは遊肢の狙撃。
三方向からの同時攻撃。
カイは操縦桿を引き、ケストレルを急制動させた。
足裏の3本爪が雪を削り、火花を散らす。機体が停止する寸前に左に跳ぶ。遊肢の弾幕とWESPEの射線の隙間を縫うように移動した。
通信が入った。
リーヴの声だった。穏やかで、静かな声。
「前より動きが良くなったな」
カイは答えなかった。答える余裕がなかった。
遊肢が陣形を変えた。
扇状から包囲へ。4基がケストレルを取り囲むように配置を変える。退路が塞がれていく。
カイの冴覚が、リーヴの母機の動きを読もうとした。
ソルスティスの右肩が沈む。踏み込みの予兆。次の一手は前進。双牙刀を抜いて近接に入るつもりだ。
だが、その読みの裏で、遊肢が動いていた。
カイが母機の動きに意識を向けた瞬間を、遊肢が突いた。左後方の遊肢が射線を通し、ケストレルの左脚装甲に20ミリ弾を叩き込んだ。
衝撃がコックピットを揺らす。
左脚装甲、健全度22%。関節負荷警告が点灯する。左膝の応答が鈍くなった。
もう一発。
右からの遊肢が、ケストレルの右肩装甲を吹き飛ばした。残っていた31%が0になる。フレームが露出する。
後退するしかない。
カイはケストレルを後退させた。丘の稜線まで戻り、射線を切る。左脚が重い。関節の応答が遅れている。
リーヴは追撃してこなかった。
ソルスティスが雪原に立ち止まり、遊肢が周囲を旋回している。
通信。
「次に会った時は、見逃さない」
リーヴの声には余裕があった。だが、冷酷さではない。何かを確認するような、静かな口調だった。
カイは歯を食いしばった。
まだ、届かない。
ケストレルの右肩のフレームが、冬の冷気に晒されて白い霜をまとい始めていた。




