背中合わせ
ダリオとの戦いのあった夜から、小規模な接触が断続的に続いた。
セルヴィスの偵察隊がストーンクロスの哨戒圏を探り、灰域側が押し返す。一日に2回、多い日は3回。鉄殻同士の短い交戦が雪原の各所で散発した。決着はつかない。互いに探り合い、痛い目を見ない程度に手を出しては引く。本隊が到着するまでの嫌な緊張だけが続いた。
カイも、ほとんど機体から降りられない日が続いた。出撃しては戻って整備をし、わずかに仮眠を取って、また出る。眠りは細切れで、いつも体のどこかが冷えていた。
3日目の夜明け前、カイとリオンは初めて一緒に実戦へ出た。
リオンの機体は借り物の残殻だった。トワの予備機で、右膝の関節に遊びがあり、計器は半分が死んでいる。ガルドが座席とペダルをリオンの体格に合わせ直したが、乗り慣れた銘殻ポラリスとは別物だ。
「左にずれる」
リオンの声が通信に入った。操縦桿を握り直す気配がある。
「関節の戻りが半拍遅い。読みを入れないと、追いつかない」
「慣れたか」
「慣れるしかないでしょう」
東の丘陵でセルヴィスの汎殻2機が哨戒圏に侵入した。偵察か威力偵察か。カイとリオンが最も近い位置にいた。
「俺が正面を受ける。お前は右の丘から回り込んで、側面を撃て」
「了解」
リオンの残殻が右へ走った。雪を蹴り上げて丘の裏へ回り込む。動きは鈍い。膝の遊びを庇うように半拍早く重心を送っている。借り物の脚をもう自分の脚みたいに使っていた。
カイはケストレルで正面に出た。汎殻2機が、ストライダー狙撃銃を構える。長砲身の砲口が、まっすぐこちらを向いた。カイはケストレルを低く構え、丘の稜線を滑るように移動した。雪を巻き上げ、的を絞らせない。弾が飛んでくる。1発目は右を通過し、2発目がケストレルの右脛装甲を叩いた。衝撃がシートを突き上げる。掠った。浅い。引き返している暇はない。
カイは撃ち返した。FALKE短銃身型を3連射すると、1発が先頭の汎殻の胸部装甲に着弾して動きが一瞬止まる。
その瞬間、右の丘の上にリオンの残殻が現れた。ROOK機関砲が火を噴き、40ミリ弾が後続の汎殻の背面に叩き込まれる。背面装甲が歪み、汎殻は慌てて振り返った。
前と後ろ。カイとリオンで2機を挟んだ。
言葉は交わしていない。なのにリオンが撃つべき場所と瞬間がカイには分かった。自分が正面で敵を止めればリオンが背後を取る。それが当たり前のように体に流れ込んでくる。
不思議な感覚だった。冴覚は敵の動きを読む力だ。だが今は、味方の動きまで届いてくる。リオンが次に何をするか、指示を待つまでもなく体が知っている。冴覚同士が噛み合うと、こうなるのか。背筋に、ぞくりと寒気が走った。怖いような、それでいて、ひどく心強い感覚だった。
先頭の汎殻がカイへ突進してきた。近接に持ち込む気だ。来る、と冴覚が先に鳴る。読みより早く体が左へ跳んでいた。射線が切れる。空を切ったその背中へFALKEを撃ち込んだ。
後続の汎殻はリオンに向かって反転した。残殻を軽く見たのか全力で突進する。まずい。あの薄い装甲では正面からぶつかれば砕かれてしまう。カイの背に冷たいものが走った。
助けに入ろうとしたが間に合う距離じゃない。カイの手が虚しく操縦桿を握りしめた。
だがリオンは退かなかった。残殻を斜面に沿って滑らせ、突進を横へ流す。汎殻が空を切った。流しきれずに左肩の装甲を持っていかれ、火花が散る。それでも止まらなかった。斜面を駆け上がった汎殻の背後を取り、リオンはROOK機関砲を叩き込んだ。脚部の関節へ集中射撃を浴びせる。40ミリ弾が左膝の装甲を砕き、関節部が露出する。汎殻の左脚が折れ、雪の斜面に膝をついた。
見事だった。被弾を恐れず、最小の損害で勝ちに行く。リオンが何を背負ってきたのかが、その動きに滲んでいる気がした。
カイが追いついた。先頭の汎殻を退かせたケストレルがリオンの側面に並ぶ。
2機の汎殻は撤退を選んだ。損傷した脚を引きずりながら東へ退いていく。
追わない。深追いは禁物だ。
戦闘後、カイとリオンは丘の上で機体を止めた。コックピットから降り、熱を持つ装甲を背にして並んで座り込む。機体との同調を絶った反動で、頭の芯がまだ鈍く痺れていた。
息が荒い。手が震えている。寒さか、それとも戦闘の反動か。たぶん両方だ。初めてあそこまで噛み合ったあの感覚が、まだ皮膚の下から抜けない。
誰かに背中を預けて戦ったのは初めてだった。ガルドとは並んで戦ったことがあるが、あれは師匠に守られていただけだ。今日は違った。リオンが背後を取ると信じてカイは正面に集中できた。信じるという感覚そのものがカイには馴染みのないものだった。その馴染みのなさが震えになって手に残っている気がした。
リオンが肩を上下させながら言った。
「ありがとう」
「何が」
「背中を守ってくれたこと」
喉の奥が引きつった。カイは横を向くことすらできず、つま先のあたりの雪を睨んだ。
「お互い様だ」
それだけ言うのが精一杯だった。
リオンの残殻の装甲に生々しい弾痕があった。右肩に一つと、胸を掠った一筋。あと数センチ深ければと思って、考えるのをやめた。
「残殻で、よくやったな」
「機体のせいにはしない。でも、ポラリスがあれば、もう少し動けた」
ポラリスと口の中で繰り返す。リオンがセルヴィスに置いてきた機体。今は遠い場所にある。リオンの冴覚に合わせて造られた、リオンのための機体。この借り物の残殻で関節の遅れを読みながら戦うリオンを見ていると、整備士として思うことはあった。だがそれを言葉にしても仕方がない。今のリオンには戻れる機体がない。カイは何か言いかけてやめた。気休めは言いたくなかった。
トワが通信で声をかけてきた。
「あの2人、噛み合ってる」
リントが苦笑する声が聞こえた。
「気持ち悪い」
リオンが小さく笑った。口元だけの控えめな笑みだった。
「軍人らしくないと、思っているでしょう。あなたも、ガルドたちも」
「思ってない」
カイは即座に返した。考える前に言葉が出ていた。リオンが少し目を見開く。それから視線を雪の積もった地面に落とした。
「……そう」
それきりリオンは黙った。だがその横顔から硬さが抜けているようにカイには見えた。気のせいかもしれない。そう思いながらも訂正する気にはならなかった。
丘の上に風が吹いた。雪が舞い上がり、2機の鉄殻の足元を白く染めていく。
リオンが立ち上がり、防寒着についた雪を、手で払い落とした。
「次は、私があなたの背中を守る番」
ブーツだけが相変わらずセルヴィスの支給品のまま、雪を踏んでいた。軍服は脱いでも、そのブーツだけは履き続けている。何を捨てて、何を捨てられずにいるのか。カイには、その全部は分からなかった。
リオンが機体へ歩き出す。雪を踏むその足取りに、迷いはなかった。カイも立ち上がり、その背中を追って歩いた。前を行く背中は、戦う前より少しだけ、近く見えた。降り続ける雪が、並んだ二人の足跡を、後ろから静かに埋めていった。




