真冬の接敵
第3部終盤。セルヴィスの本隊接近。
朝の哨戒で、リントが帰ってきた。
格納庫の前で待っていたカイの元へ、残殻から降りたリントが駆け寄ってくる。息が白い。頬が赤く染まり、ゴーグルに霜がこびりついている。
「東に4機。汎殻だ。コルヴァスの前衛じゃない、正規編成の偵察隊だ」
バートンが無線越しに即座に応じた。
「距離は」
「15キロ。時速30で西進中。このまま来れば、30分でストーンクロスの哨戒圏に入る」
カイは格納庫に振り返った。
ケストレルが薄暗い空間の中で沈黙している。鉄紺色の装甲に、天窓から差し込む冬の光が薄く落ちている。背部の翼状スラスターは折り畳まれたまま。計器の待機ランプだけが、暗がりの中で静かに瞬いている。
「出る」
カイはコックピットに滑り込んだ。ハッチが閉まる。冷え切った操縦桿を握る。金属の冷たさが掌を刺した。
計器が一つずつ立ち上がる。
燃料残量91%。機関温度、青域。関節負荷、全域グリーン。装甲健全度、異常なし。弾薬、FALKE残弾42、WESPE残弾284。コンラッドの補給物資で弾薬を補充してある。ストーンクロスの備蓄だけでは賄えない量だった。
通信回線を開く。
「ボルト、聞こえるか」
「ああ。リントの報告は聞いた。俺は残殻3機で南の丘に出る。そこからなら側面を突ける」
トワの声が割り込んだ。
「私は北寄りに回る。挟み込みたいけど、4機相手に深追いはしないでね」
「分かってる」
カイはケストレルを起動させた。
格納庫の扉が開く。
白い世界が広がっていた。
一夜で降り積もった雪が灰域を覆い、錆びた廃墟の稜線を丸くしている。空は低く、灰色の雲が重なって地平線を押し潰していた。吐く息がバイザーの内側を曇らせる。
ケストレルが踏み出した。
足裏の3本爪が雪を噛み、凍った地面をしっかりと掴む。冬の灰域での機動は夏とは全く違う。足場が滑る。排熱の蒸気が白く立ちのぼり、位置を晒す。残殻なら関節が凍りつく寒さだが、ケストレルの関節はまだ滑らかに動いた。銘殻の整備の差が、こういう場面で出る。
東の丘陵地帯に向かって走る。
リントが先導し、カイがその300メートル後方を追う。丘の稜線に出ると、白い平原が一望できた。
見えた。
地平線の手前、灰色の点が4つ。鉄殻の影だ。等間隔で並び、西に進んでいる。セルヴィスの汎殻、ウォーデン型。灰域の雪原に黒い足跡を引きずりながら、機械的な歩調で接近してくる。
カイは丘の稜線でケストレルを止めた。
冴覚が静かに研ぎ澄まされていく。
4機の動き。歩調の揃い方。間隔の取り方。偵察隊だが、戦闘態勢は整えている。通常の偵察なら3機編成だが、4機目がいる。4機目の歩調だけが微かに遅い。機体の状態が悪いのか、操手が慎重なのか。
「リント」
「ああ」
「右の2機を引きつけてくれ。牽制でいい。俺が左から回り込む」
「了解。ただし深追いはしない」
「分かってる」
リントの残殻が丘の右側から射線を通した。ROOK機関砲の短い連射が雪原に弾着し、先頭の汎殻が動きを止める。
カイはケストレルの背部スラスターを点火した。
機体が丘の稜線から跳び出す。白い蒸気の尾を引いて、左の丘を回り込む。
冬の冷気がコックピットを揺らした。機関温度が一気に跳ね上がる。青域から緑域へ。加速は短時間に留める。
左翼の汎殻2機が反応した。
先頭の1機が射撃姿勢を取る。ストライダー狙撃銃の砲口がケストレルに向く。
来る。
カイの体が操縦桿を引いた。判断より先に、手が動いていた。ケストレルが沈み込む。頭上を90ミリ弾が通過し、背後の丘の斜面に弾着した。雪と凍った土が噴き上がる。
間合いを詰める。
600メートル。500メートル。
遊肢の展開はない。偵察隊の汎殻には遊肢が積まれていない。カイの最も得意な距離に入れる。
FALKE短銃身型を構える。
左の汎殻の肩関節を狙う。照準器の十字が揺れる。走りながらの射撃。冴覚が相手の回避方向を読む。右に逸れる。そう判断した瞬間、カイは照準を右にずらして引き金を引いた。
75ミリ弾が2発、汎殻の右肩に着弾した。
装甲が剥がれ、関節部が露出する。汎殻の右腕が下がった。射撃姿勢が崩れる。
もう1機が後退しながら援護射撃を放つ。カイは丘の残骸を盾にして弾を避けた。コックピットの中でビープ音が鳴る。左肩装甲に被弾。健全度78%。まだ問題ない。
右翼では、リントとボルトの部隊が残りの2機を牽制している。トワが北から回り込み、退路を圧迫する。
偵察隊は判断が早かった。
右肩を損傷した汎殻が後退信号を出し、4機が一斉に反転する。整然とした撤退。無理に追う必要はない。
「追うな」
ボルトの声だった。
「偵察隊だ。こいつらが帰れば、本隊に報告が行く。本隊を誘い出す必要はない」
カイはケストレルの足を止めた。
丘の上から、撤退していく汎殻の背中を見る。黒い影が白い雪原を東へ遠ざかっていく。
トワが通信で言った。
「リーヴ・シェイドの銘殻は後方にいるはずだよ。遊肢の展開はまだ確認されてない」
まだ、来ていない。
だがこの偵察隊が帰れば、次に来るのは本隊だ。
カイはコックピットの中で息を吐いた。
白い息がバイザーの内側を曇らせ、すぐに消えた。
ケストレルの足元で、雪が風に吹き上げられている。
白い地平線の彼方。偵察隊が消えた方角。その先に、コルヴァスがいる。
リーヴが来る。
今度は、偵察ではない。




