表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鉄殻のケストレル ―灰に沈む世界、鉄に宿る季節―  作者: Studio Yodaca
鉄錆の邂逅

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

13/255

二つの世界

 ポラリスの装甲板を外すと、その下に別の世界があった。

 カイ・セヴァルは銘殻(めいかく)の内部を覗き込んで息を止めた。装甲の裏側は外の砂の熱が届いておらず、ひやりとしている。関節の軸受けに溶接痕はない。切削の面が指で触れただけで分かるほど滑らかだった。残殻(ざんかく)の部品とは比較にならない。


「あなたがこれを直したの」


 声がした。振り返ると、女が左腕だけで作業着の袖を捲り上げて立っている。右腕はまだ包帯で固定されていた。額の裂傷は塞がりかけているが縫合糸が残っている。紺色の目がポラリスの外装に走る応急修理の跡を見ていた。


「壊れてたから直しただけだ」


 カイは答えてから工具に視線を戻した。

 不時着した銘殻(めいかく)を集落の南端へ運んだ時、外装パネルが3枚剥がれて左脚の関節が歪んでいた。カイは残殻(ざんかく)の予備部品で応急処理を施した。規格に合うはずもない部品に何度もやすりを当て、嵌めては外し、また削ってようやく押し込んだ。手のひらの皮が一枚薄く剥けた。素人仕事であり、きれいに直したつもりはない。動けなくなるよりはマシだというだけのことだ。


「……見ていいか」


 カイが許可を求めると、女は一瞬躊躇してから頷いた。

 カイは座席に身を入れた。シートに腰が沈むと、背中と腿が機体に包まれる感覚がある。残殻(ざんかく)の硬い座席とは違う。墜落で潰れた左側のクッションでさえ、残殻(ざんかく)の新品よりまだ柔らかかった。

 コックピットの内壁に手を触れる。視線を動かすと表示が勝手についてきた。目で追った場所に必要な数字が浮かび上がる。装甲の損傷が、機体を象った人型の図に赤く灯っていた。カイは思わずその図の脚を指でなぞりかけて手を止める。手の脂で汚すところだった。


「いい機体だな」


 カイは関節の軸受けをもう一度なぞった。削った跡がどこにもない。指の腹を滑らせても引っかかる継ぎ目の一つもなかった。乗る人間の指が触れることまで考えて、誰かがここを磨き上げている。これを仕上げた手がどんな道具を使ったのか見当もつかなかった。

 それから外に放してある自分の残殻(ざんかく)に思いを馳せた。膝の軸受けは何度削ってもどこかに削り跡が残る。カイは工具を握る手に知らず力を込めていた。


「セルヴィスの技術力の結晶、と言われている」


 女の答えは決まり文句を読み上げるような響きだった。言い終えると、彼女の視線は手元に落ちた。


「セルヴィスは灰域(アッシュランド)をどうするつもりだ」


 カイは工具を手にしたまま尋ねた。視線はポラリスの関節に向けたまま、女の顔は見ない。


 沈黙が降りた。ポラリスの外装を風が撫で、砂粒が金属の表面を叩く乾いた音が響く。


「……私にも、まだ分からない」


 女の声は低かった。それが諦めなのか苛立ちなのかカイには分からない。

 カイは何も言わず、「分からない」という答えをそのまま受け取った。


 * * *


 二人は無言でポラリスの修理に取りかかった。

 女は操手(そうしゅ)であって技匠(ぎしょう)ではないが、自機の基本的な整備知識は持っている。左手一本で工具を扱い、外装パネルの固定ボルトの位置を正確に指示した。カイはそれに従って歪んだパネルを外していく。

 女が左手でボルトを押さえようとするものの、届かない位置で手間取った。包帯の右腕は使えない。カイは黙ってそのボルトを指で押さえ、女が締める。それを何度か繰り返すうちに、どちらが先に手を出すかという呼吸が少しずつ合ってきた。どちらも礼は口にしない。


 損傷箇所を一つずつ洗い出していく。左脚関節の歪み。右肩装甲の亀裂。背部ハードポイントの固定具の破損。通信系統は生きているものの、長距離送信のアンテナは折れていた。


 被覆材で保護された配線が、結束バンドで等間隔に固定されている。カイは指でその束をなぞった。自分の機体の配線は廃材から剥がしたケーブルを撚り合わせた代物で、走らせるとたまに指先が焦げ臭くなる。


「この関節、手動で調整してるだろ。溶接痕がない」

「セルヴィスの専属技匠(ぎしょう)が手作業で仕上げている。ポラリスの担当技匠(ぎしょう)は、一つの関節に3日かける」


 3日。カイは残殻(ざんかく)の膝関節を一日で削り直す。精度を出すために手が痺れるまで削っても、まだ甘いと感じる。3日かけられる手のことをうまく想像できなかった。


 工具を手渡す時、指が一瞬触れ合った。

 女の指は冷たかった。カイの指は鉄粉で黒く汚れている。カイは手を引いて作業着の腿で指先を拭ったが、汚れは落ちない。次のボルトに向き直り、作業を続けた。


 * * *


 ガルド・ヴェッセンが様子を見に来たのは日が傾き始めた頃だった。

 赤葉(レッドリーフ)の煙草を咥えてポラリスの周囲をゆっくりと歩く。飄々とした普段の表情は消え、暗い茶色の目が銘殻(めいかく)のフレームを舐めるように観察していた。


「いい設計だ」


 ガルドが呟き、外装パネルの裏側を指で叩いて音を聞く。


「だが重量配分がセルヴィス的だ。楔形で弾を逸らす設計は悪くないが、脚部に回すべき重量が胴体に取られてる」


 女が振り向いた。


「防御を犠牲にすべきだと?」

「犠牲にしろとは言ってない。偏ってると言った。装甲に重量を食われて、脚部の加速性能が死んでる。あと5ミリ薄くすれば、関節の負荷が15パーセント減る。その分を機動力に回せる」


 女は何も言い返さない。包帯の腕がわずかに動いて止まった。


「セルヴィスは『守る』ことを重視する。装甲で弾を受け止め、陣地を維持する。管区を守る発想だ。だがこの装甲の重さじゃ、灰域(アッシュランド)では逃げ切れない。灰域(アッシュランド)では守るより、動くほうが生き延びる」


 ガルドは煙を吐いたが、すぐには去らなかった。

 煙草を咥えたまま、カイと女をしばらく見つめている。技匠(ぎしょう)が機体を見る目とは違う、何か遠いものを見るような目だった。カイがそれに気づいて顔を上げると、ガルドは目を逸らし、女を一瞥して何も言わずに去っていく。

 カイはその背中を見送った。ガルドが何を考えていたのかは分からない。


 * * *


 作業を終えた夕方。

 ポラリスの外装パネルを仮止めし、工具を布に包んで片づける。やすり、レンチ、当て木。一本ずついつもの順で布に巻いていく。指は鉄粉で黒く、爪の間まで灰色だった。手の甲で額を拭うとざらりと砂の感触がする。

 日が沈みかけて灰色の空が赤紫に染まりつつあった。砂塵が光を散乱させて地平線がぼやけている。片付けを手伝えない女は、ポラリスの脚に背を預けてそれを見ていた。


「あなたの残殻(ざんかく)と、ポラリスを並べると……」


 長い間のあとに女がぽつりと言った。ポラリスの隣に放置されたカイの残殻(ざんかく)を見ている。寄せ集めの装甲。錆びた関節。欠けた胴体装甲。銘殻(めいかく)の隣に置くとその差は残酷なほど明白だった。


「同じ鉄殻(てっかく)なのに、全然違う」


 カイは手を拭きながら答える。


「違って当然だ。お前たちが持ってて、俺たちが持ってないもので作ってるんだから」


 女は何も言い返せない。紺色の目が残殻(ざんかく)とポラリスの間で揺れていた。

 カイは工具を肩に担いで集落へと歩き出す。最後まで振り返ることはなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ