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鉄殻のケストレル ―灰に沈む世界、鉄に宿る季節―  作者: Studio SASAME
鉄錆の邂逅

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二つの世界

ポラリスの装甲板を外すと、その下に別の世界があった。

 カイ・セヴァルは、銘殻(めいかく)の内部を覗き込んで息を止めた。関節の軸受けに溶接痕がない。切削加工の精度が、指先で触れただけで分かるほど滑らかだった。残殻(ざんかく)の部品とは比較にならない。まるで生き物の骨のように、力の流れに沿って形が設計されている。


「あなたがこれを直したの」


 声がした。振り返ると、女が左腕だけで作業着の袖を捲り上げて立っていた。右腕はまだ包帯で固定されている。額の裂傷は塞がりかけているが、縫合糸が残っている。紺色の目が、ポラリスの外装に走る応急修理の跡を見ていた。


「壊れてたから直しただけだ」


 カイは答えた。短い。素っ気ない。だが嘘ではない。

 不時着した銘殻(めいかく)を集落の南端に運んだ時、外装パネルが3枚剥がれ、左脚の関節が歪んでいた。カイは残殻(ざんかく)の予備部品で応急処理を施した。銘殻(めいかく)の規格に合うはずもない部品を、やすりで削って嵌め込んだ。素人仕事だが、動けなくなるよりはマシだ。


「……見ていいか」


 カイは許可を求めた。女は一瞬、躊躇して、頷いた。

 コックピットの内壁に手を触れる。計器の配列は残殻(ざんかく)とは根本的に違った。情報表示が階層化されており、操手(そうしゅ)の視線の動きに合わせて配置されている。装甲健全度の表示パネルは機体を人体のシルエットで表現し、損傷箇所が色で変わる。燃料計は数字とゲージの二重表示。残殻(ざんかく)には数字しかない。


「いい機体だな」


 カイが呟いた。心からそう思った。これを設計した技匠(ぎしょう)は、操手(そうしゅ)のことを考え尽くしている。乗る人間の命を守るために、あらゆる工夫が施されている。


「セルヴィスの技術力の結晶、と言われている」


 女が答えた。だがその声は平坦で、誇りというより暗唱のようだった。言った直後、自分の言葉に何かを感じたのか、視線が落ちた。

 技術力がある。あるのに、灰域(アッシュランド)を見捨てた。その矛盾が、女の中で何かに触れたように見えた。


「セルヴィスは灰域(アッシュランド)をどうするつもりだ」


 カイは工具を手に持ったまま聞いた。視線はポラリスの関節に向けている。女の顔は見ていない。


 沈黙が降りた。ポラリスの外装を風が撫で、砂粒が金属の表面を叩く乾いた音がした。


「……私にも、まだ分からない」


 女の声は低かった。自分に対する苛立ちが滲んでいた。

 カイは何も言わなかった。「分からない」は誠実な答えだと思った。知らないのに知っているふりをされるより、ずっといい。


 * * *


 二人は無言でポラリスの修理に取りかかった。

 女は操手(そうしゅ)であって技匠(ぎしょう)ではない。だが自機の基本的な整備知識は持っていた。左手一本で工具を扱い、外装パネルの固定ボルトの位置を正確に指示する。カイはそれに従い、歪んだパネルを外して内部を確認した。


 損傷箇所を一つずつ洗い出す。左脚関節の歪み。右肩装甲の亀裂。背部ハードポイントの固定具の破損。通信系統は生きているが、長距離送信のアンテナが折れている。


 カイは銘殻(めいかく)の内部構造を間近で見た。残殻(ざんかく)とは別次元の精度。配線一本一本が被覆材で保護され、結束バンドで等間隔に固定されている。残殻(ざんかく)では、配線は廃材から引き剥がした雑多なケーブルを撚り合わせて使う。ショートすることも珍しくない。


「この関節、手動で調整してるだろ。溶接痕がない」

「セルヴィスの専属技匠(ぎしょう)が手作業で仕上げている。ポラリスの担当技匠(ぎしょう)は、一つの関節に3日かける」


 3日。カイは残殻(ざんかく)の膝関節を一日で削り直す。精度を出すために。銘殻(めいかく)技匠(ぎしょう)は3日かけて、さらにその上を行く。同じ「技匠(ぎしょう)」という言葉の中に、これほどの差がある。


 工具を手渡す時、指が一瞬触れた。

 女の指は冷たかった。カイの指は鉄粉で黒く汚れていた。二人とも何も言わなかった。工具が渡り、作業が続いた。それだけのことだった。


 * * *


 ガルド・ヴェッセンが様子を見に来たのは、日が傾き始めた頃だった。

 赤葉(レッドリーフ)の煙草を咥え、ポラリスの周囲をゆっくりと歩く。技匠(ぎしょう)の目だった。飄々とした普段の表情が消え、暗い茶色の目が銘殻(めいかく)のフレームを舐めるように観察している。


「いい設計だ」


 ガルドが呟いた。外装パネルの裏側を指で叩き、音を聞く。


「だが装甲が過剰に分厚い。重量配分がセルヴィス的だ。防御に偏ってる」


 女が振り向いた。


「防御を犠牲にすべきだと?」

「犠牲にしろとは言ってない。偏ってると言った。装甲に重量を食われて、脚部の加速性能が死んでる。あと5ミリ薄くすれば、関節の負荷が15パーセント減る。その分を機動力に回せる」


 ガルドの分析は正確だった。女は反論しなかった。できなかったのかもしれない。ガルドの目は、この銘殻(めいかく)の設計思想を一目で読み取っていた。


「セルヴィスは『守る』ことを重視する。装甲で弾を受け止め、陣地を維持する。管区を守る発想だ。だがこの装甲の重さじゃ、灰域(アッシュランド)では逃げ切れない。灰域(アッシュランド)では守るより、動くほうが生き延びる」


 ガルドは煙を吐き、女を一瞥した。そして何も言わずに去っていった。


 * * *


 作業を終えた夕方。

 ポラリスの外装パネルを仮止めし、工具を布に包んで片づける。日が沈みかけて、灰色の空が赤紫に染まりつつあった。砂塵が光を散乱させて、地平線がぼやけている。


「あなたの残殻(ざんかく)と、ポラリスを並べると……」


 女がぽつりと言った。ポラリスの隣に放置された、カイの残殻(ざんかく)を見ている。寄せ集めの装甲。錆びた関節。欠けた胴体装甲。銘殻(めいかく)の隣に置くと、その差は残酷なほど明白だった。


「同じ鉄殻(てっかく)なのに、全然違う」


 カイは手を拭きながら答えた。


「違って当然だ。お前たちが持ってて、俺たちが持ってないもので作ってるんだから」


 声は平坦だった。怒りではない。恨みでもない。ただの事実。

 だが女は何も返せなかった。紺色の目が、残殻(ざんかく)とポラリスの間で揺れていた。

 カイは工具を肩に担ぎ、集落に向かって歩き出した。振り返らなかった。

技匠ぎしょう――鉄殻の整備・改修を専門とする技術者。銘殻には必ず専属の技匠がつく。灰域では「流れ技匠」と呼ばれる、特定の集落に属さない技術者も存在する。

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