表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鉄殻のケストレル ―灰に沈む世界、鉄に宿る季節―  作者: Studio Flint
鉄錆の邂逅

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

128/144

共闘の条件

私情を抑えなければならない時が来た。

 ストーンクロスの防衛会議。バートンの執務室では手狭で、旧世界の会議室に場所を移した。長テーブルの上に灰域(アッシュランド)の地図が広げられ、周囲をストーンクロスの指導者たちが囲んでいる。


 バートンが口を開いた。

「コルヴァスの本隊が東方80キロまで接近している。リントの偵察隊が確認した。先頭はリーヴ・シェイドの銘殻(めいかく)汎殻(はんかく)8機、後方支援車両多数。アサルト・ドール『ポーン』の随伴部隊も確認されている」

 テーブルの上の地図に、赤い駒が並べられた。セルヴィスの進軍ルート。東から西へ、灰域(アッシュランド)の丘陵地帯を貫いてストーンクロスに向かう線。


 ボルトが腕を組んで地図を睨んだ。傭兵頭の大きな体が、椅子から溢れそうだった。

「正面から受けたら負ける。銘殻(めいかく)1機に汎殻(はんかく)8機。こっちはケストレル1機と残殻(ざんかく)が6機。数でも質でも劣る」

 ボルトの副官マイロが発言した。小柄な男で、眼鏡の奥の目が鋭い。

「地形を使うしかない。ストーンクロスの東方には丘陵地帯がある。稜線を盾にすれば、遊肢(ゆうし)の射線を部分的に遮れる」


 リントが地図の一点を指した。

「ここだ。旧世界のコンクリート工場の廃墟。壁が厚い。残殻(ざんかく)が隠れるのに十分な遮蔽物がある。遊肢(ゆうし)使いには障害物が有効だ。射線を切れば遊肢(ゆうし)は無力になる」

 トワが頷いた。

「ダリオ戦でカイがやった通りだ。遊肢(ゆうし)と母機の間に障害物を入れて、距離を詰める。近接距離まで入れば遊肢(ゆうし)は使いにくくなる」


 カイは地図を見つめていた。ダリオ戦の記憶が蘇る。遊肢(ゆうし)2基を操るダリオの堅実な戦術。遊肢(ゆうし)で左右の退路を断ち、母機で正面から押す。リーヴの場合は4基だ。包囲網はダリオの比ではない。


「ダリオ戦の経験を共有する」

 カイは口を開いた。全員の視線が集まった。

遊肢(ゆうし)使いの弱点は二つ。一つ目は、遊肢(ゆうし)に帯域を割いた分だけ母機の動きが疎かになること。ただしリーヴ・シェイドはこの限りじゃない。4基展開でも母機の戦闘力がほとんど落ちない」

 ボルトが渋い顔をした。

「例外かよ」

「二つ目は」

 カイは地図の丘陵地帯を指した。

遊肢(ゆうし)と母機の連携は通信と鋳脈(ちゅうみゃく)のフィードバックで成り立っている。障害物で射線を切れば、遊肢(ゆうし)のセンサーが母機に送る情報が途切れる。遊肢(ゆうし)は目と耳を失う。その瞬間に距離を詰めて近接に持ち込む」


 マイロが眼鏡の縁を指で押し上げた。

「問題は、リーヴの遊肢(ゆうし)4基を同時に射線から外す方法だ。丘陵の稜線一つで遮れるのはせいぜい2基。残り2基は別角度から回り込んでくる」

「だから全機で同時に戦う必要はない」

 カイは駒を動かした。

「まず残殻(ざんかく)3機で正面から牽制する。遊肢(ゆうし)の注意を引きつける。その間に別動隊が丘陵の裏から回り込み、母機に近接する」

「別動隊は」

「俺だ」

 ボルトが目を細めた。

「お前一人でリーヴの母機に近づけるのか」

「近づくだけなら。冴覚(さいかく)でリーヴの母機の動きを読む。遊肢(ゆうし)の射線を外す機動は、ケストレルの性能なら可能だ。問題は近接に持ち込んだ後だ」

「持ち込んだ後は」

「ラストヘイムで一度やられてる。勝てなかった。今も勝てるとは言い切れない」


 沈黙が落ちた。

 正直な言葉だった。カイは嘘をつかなかった。リーヴに勝てる保証はない。冴覚(さいかく)同士、鋳脈(ちゅうみゃく)の有無を差し引いても、リーヴの実力はカイの上にある。


 ボルトが鼻を鳴らした。

「テオの息子ってだけじゃないな」

 カイが顔を上げた。

「勝てないと正直に言える奴は信用できる。勝てると嘘をつく奴の方が怖い」

 ボルトはテーブルに身を乗り出した。

「作戦はこうだ。正面部隊は俺が指揮する。残殻(ざんかく)3機で牽制し、遊肢(ゆうし)を引きつける。リントの偵察隊が丘陵の情報をリアルタイムで中継する。カイは別動隊として丘陵の裏から回り込む。目的は母機への接近。勝つ必要はない。足を止めろ。コルヴァスの進軍速度を落とせば、それだけで時間が稼げる」


 マイロが補足した。

「時間を稼いでいる間に、アイアンウェルからコンラッドの部隊が到着する予定だ。残殻(ざんかく)4機と物資。合流すれば正面戦力が倍になる」

「それまで持ちこたえればいい」

 ボルトが頷いた。

「持ちこたえるのは得意だ。傭兵の仕事の半分は、生き残ることだからな」


 会議が終わった。

 一人ずつ部屋を出ていく。ボルトがカイの肩を叩いた。大きな手だった。

「テオの機体に恥じない乗り方をしろ、小僧」

「努力する」

「努力じゃなく、生き残れ。死んだら努力も何もない」

 ボルトが出て行った。


 カイは一人でストーンクロスの壁の上に立った。

 東の空を見る。冬の夕暮れ。灰色の空が地平線で暗い紫に変わっている。あの向こうから、コルヴァスが来る。リーヴ・シェイドが来る。遊肢(ゆうし)4基を操る、セルヴィス最強の操手(そうしゅ)が。


 ガルドのことを考えた。

 怒りはまだある。嘘をつかれた怒り。父の真相を隠された怒り。だが明日、戦場に出る時、ガルドが整備したケストレルに命を預ける。操縦桿の応答はガルドが0.02秒短縮した。推進剤系統はガルドが最終チェックした。関節のグリスはガルドが冬用に入れ替えた。ケストレルの全てに、ガルドの手が入っている。


 信頼が崩れた相手に、命を預ける。

 矛盾していた。だが戦場は矛盾を抱えたまま回っている。灰域(アッシュランド)の暮らしと同じだ。正しいことだけで生きていけない。間違ったことも飲み込んで、それでも前に進む。


 風が吹いた。東からの風。冷たい。雪の匂いがする。

 カイは壁の上で息を吐いた。白い息が風に流され、灰色の空に溶けていく。


 明日、戦場に出る。

 ガルドの整備したケストレルで、父が乗ったケストレルで。

 信じるか信じないかではない。信じる以外に、生き残る方法がないのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ