共闘の条件
私情を抑えなければならない時が来た。
ストーンクロスの防衛会議。バートンの執務室では手狭で、旧世界の会議室に場所を移した。長テーブルの上に灰域の地図が広げられ、周囲をストーンクロスの指導者たちが囲んでいる。
バートンが口を開いた。
「コルヴァスの本隊が東方80キロまで接近している。リントの偵察隊が確認した。先頭はリーヴ・シェイドの銘殻。汎殻8機、後方支援車両多数。アサルト・ドール『ポーン』の随伴部隊も確認されている」
テーブルの上の地図に、赤い駒が並べられた。セルヴィスの進軍ルート。東から西へ、灰域の丘陵地帯を貫いてストーンクロスに向かう線。
ボルトが腕を組んで地図を睨んだ。傭兵頭の大きな体が、椅子から溢れそうだった。
「正面から受けたら負ける。銘殻1機に汎殻8機。こっちはケストレル1機と残殻が6機。数でも質でも劣る」
ボルトの副官マイロが発言した。小柄な男で、眼鏡の奥の目が鋭い。
「地形を使うしかない。ストーンクロスの東方には丘陵地帯がある。稜線を盾にすれば、遊肢の射線を部分的に遮れる」
リントが地図の一点を指した。
「ここだ。旧世界のコンクリート工場の廃墟。壁が厚い。残殻が隠れるのに十分な遮蔽物がある。遊肢使いには障害物が有効だ。射線を切れば遊肢は無力になる」
トワが頷いた。
「ダリオ戦でカイがやった通りだ。遊肢と母機の間に障害物を入れて、距離を詰める。近接距離まで入れば遊肢は使いにくくなる」
カイは地図を見つめていた。ダリオ戦の記憶が蘇る。遊肢2基を操るダリオの堅実な戦術。遊肢で左右の退路を断ち、母機で正面から押す。リーヴの場合は4基だ。包囲網はダリオの比ではない。
「ダリオ戦の経験を共有する」
カイは口を開いた。全員の視線が集まった。
「遊肢使いの弱点は二つ。一つ目は、遊肢に帯域を割いた分だけ母機の動きが疎かになること。ただしリーヴ・シェイドはこの限りじゃない。4基展開でも母機の戦闘力がほとんど落ちない」
ボルトが渋い顔をした。
「例外かよ」
「二つ目は」
カイは地図の丘陵地帯を指した。
「遊肢と母機の連携は通信と鋳脈のフィードバックで成り立っている。障害物で射線を切れば、遊肢のセンサーが母機に送る情報が途切れる。遊肢は目と耳を失う。その瞬間に距離を詰めて近接に持ち込む」
マイロが眼鏡の縁を指で押し上げた。
「問題は、リーヴの遊肢4基を同時に射線から外す方法だ。丘陵の稜線一つで遮れるのはせいぜい2基。残り2基は別角度から回り込んでくる」
「だから全機で同時に戦う必要はない」
カイは駒を動かした。
「まず残殻3機で正面から牽制する。遊肢の注意を引きつける。その間に別動隊が丘陵の裏から回り込み、母機に近接する」
「別動隊は」
「俺だ」
ボルトが目を細めた。
「お前一人でリーヴの母機に近づけるのか」
「近づくだけなら。冴覚でリーヴの母機の動きを読む。遊肢の射線を外す機動は、ケストレルの性能なら可能だ。問題は近接に持ち込んだ後だ」
「持ち込んだ後は」
「ラストヘイムで一度やられてる。勝てなかった。今も勝てるとは言い切れない」
沈黙が落ちた。
正直な言葉だった。カイは嘘をつかなかった。リーヴに勝てる保証はない。冴覚同士、鋳脈の有無を差し引いても、リーヴの実力はカイの上にある。
ボルトが鼻を鳴らした。
「テオの息子ってだけじゃないな」
カイが顔を上げた。
「勝てないと正直に言える奴は信用できる。勝てると嘘をつく奴の方が怖い」
ボルトはテーブルに身を乗り出した。
「作戦はこうだ。正面部隊は俺が指揮する。残殻3機で牽制し、遊肢を引きつける。リントの偵察隊が丘陵の情報をリアルタイムで中継する。カイは別動隊として丘陵の裏から回り込む。目的は母機への接近。勝つ必要はない。足を止めろ。コルヴァスの進軍速度を落とせば、それだけで時間が稼げる」
マイロが補足した。
「時間を稼いでいる間に、アイアンウェルからコンラッドの部隊が到着する予定だ。残殻4機と物資。合流すれば正面戦力が倍になる」
「それまで持ちこたえればいい」
ボルトが頷いた。
「持ちこたえるのは得意だ。傭兵の仕事の半分は、生き残ることだからな」
会議が終わった。
一人ずつ部屋を出ていく。ボルトがカイの肩を叩いた。大きな手だった。
「テオの機体に恥じない乗り方をしろ、小僧」
「努力する」
「努力じゃなく、生き残れ。死んだら努力も何もない」
ボルトが出て行った。
カイは一人でストーンクロスの壁の上に立った。
東の空を見る。冬の夕暮れ。灰色の空が地平線で暗い紫に変わっている。あの向こうから、コルヴァスが来る。リーヴ・シェイドが来る。遊肢4基を操る、セルヴィス最強の操手が。
ガルドのことを考えた。
怒りはまだある。嘘をつかれた怒り。父の真相を隠された怒り。だが明日、戦場に出る時、ガルドが整備したケストレルに命を預ける。操縦桿の応答はガルドが0.02秒短縮した。推進剤系統はガルドが最終チェックした。関節のグリスはガルドが冬用に入れ替えた。ケストレルの全てに、ガルドの手が入っている。
信頼が崩れた相手に、命を預ける。
矛盾していた。だが戦場は矛盾を抱えたまま回っている。灰域の暮らしと同じだ。正しいことだけで生きていけない。間違ったことも飲み込んで、それでも前に進む。
風が吹いた。東からの風。冷たい。雪の匂いがする。
カイは壁の上で息を吐いた。白い息が風に流され、灰色の空に溶けていく。
明日、戦場に出る。
ガルドの整備したケストレルで、父が乗ったケストレルで。
信じるか信じないかではない。信じる以外に、生き残る方法がないのだ。




