|冴覚《さいかく》児童回収
アイリスからの暗号通信が入ったのは、夜明け前だった。
リオンはストーンクロスの通信室で、ヘッドセットを耳に当てていた。軍用暗号の復号に慣れた指が、コード表の上を走る。アイリスの声は低く、速く、正確だった。
「リオン。聞いて。これは内部文書の写しよ」
リオンの手が止まった。
アイリスが読み上げたのは、セルヴィス防衛機構の内部文書「灰域住民保護に関する第三次改定要項」の抜粋だった。
名称は穏やかだった。「保護」。「教育機会の提供」。「管区への安全な移行支援」。
内容は、穏やかではなかった。
灰域浄化作戦で「保護」された住民のうち、18歳以下の未成年者全員に対し、冴覚適性検査を実施すること。検査は管区保護施設への収容後72時間以内に行うこと。適性が確認された個体は、士官学校への編入候補としてフォートレスに移送すること。
「個体」。
リオンはその一語を噛みしめた。子供のことを「個体」と書く文書。
「続きがある」
アイリスの声は、不自然なほど平坦だった。
「過去3年間の記録。灰域から保護された冴覚適性児童、14名。うち3名は鋳脈処置の適合審査を通過。鋳脈施術済み。1名は適合に失敗。現在、植物状態で医療施設に収容中」
リオンの手が震えた。
ヘッドセットの中で、アイリスの声がまだ数字を読み続けている。だがリオンの耳には、もう一つの数字しか残らなかった。一人。目を覚まさなくなった、一人。
「私の知らないところで、これが行われていた」
リオンの声は自分でも驚くほど冷たかった。怒りを通り越して、何かが凍りついたような感覚。
「リオン、聞いて。この文書の最終承認者は――」
「言わなくていい」
リオンは目を閉じた。最終承認者が誰であろうと、参謀本部を通った文書だ。父の――ケネス・アスフォードの目を、通っていないはずがない。
知っていて黙認したのか。それとも、知らないふりを選んだのか。
どちらでも、同じだった。
通信を切り、リオンはバートンの執務室に向かった。
バートンは早朝から地図を広げていた。灰域東部の集落の配置図。浄化された集落に赤い印がついている。ハイドクロフト。エルグライン。クレストリッジ。赤い印が、少しずつストーンクロスに近づいている。
「バートン。聞いてほしいことがある」
リオンは、アイリスから得た情報を残らず伝えた。冷たい声のまま。子供を「個体」と呼ぶ文書のことも。
聞き終えたバートンの顔から、血の気が引いていく。机に広げた地図を見下ろす目が、政治家のものではなくなっていた。ストーンクロスにも、子供はいる。冴覚の素養を持つ子が、いないとは限らない。
「子供を奪うのか」
バートンの拳がテーブルを叩く。地図の上の赤い印が、震えて見えた。
「それが彼らの言う『秩序』か。子供を兵器の部品にすることが」
いつの間にか、カイが執務室に入ってきている。報告を聞き終えると、黙って壁にもたれた。
「俺の親父は」
カイの声は静かだ。
「俺をそうさせないために消えたんだ」
リオンはカイの横顔を見た。怒りではない。瞬きを忘れた、静かな目だ。
ばらばらに聞いていた話が、頭の中で一本の線になる。子供を「保護」して冴覚を選り分ける計画。その線の先に、カイの父がいた。
「この情報を灰域の全集落に伝えなければ」
バートンが声を絞り出す。
「ストーンクロスだけの問題じゃない。灰域の全ての集落が知るべきだ。彼らが何をしているのかを」
「灰域だけでは足りない」
リオンが言うと、バートンが顔を上げた。
「セルヴィスの管区民にも伝える方法を考えなければ。セルヴィスの人々は、自分たちの組織が何をしているか知らない。知らされていない」
バートンが考え込む。やがて、低く口を開いた。
「焦土の声ラジオに流せるか」
灰域の独立放送。タリアが構築した通信網の中継を使えば、灰域の全域に声を届けられる。だがセルヴィスの管区内には届かない。管区には管区の通信インフラがあり、灰域の電波は遮断されている。
「管区内への発信は、別の手段が必要だ」
リオンは自分の中で計画が形を取り始めるのを感じた。セルヴィスの内部に戻り、証拠を集め、管区民に伝える手段を探す。危険な賭けだった。だが他に方法がなかった。
「まず灰域に伝える」
バートンが立ち上がった。
「タリアの通信網を使う。全ての集落に、セルヴィスの灰域浄化の真の目的を伝える。子供を守れ、と」
カイが壁から背を離し、窓の外へ目をやった。
その手が、無意識に自分の後頭部へ伸びる。何もない、素子の埋まっていない首筋を、ゆっくりと撫でた。
「守る」
カイが呟く。
「灰域の子供は、灰域が守る」




