↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鉄殻のケストレル ―灰に沈む世界、鉄に宿る季節―  作者: Studio Yodaca
折れた天秤

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

124/270

|冴覚《さいかく》児童回収

アイリスからの暗号通信が入ったのは、夜明け前だった。

 リオンはストーンクロスの通信室で、ヘッドセットを耳に当てていた。軍用暗号の復号に慣れた指が、コード表の上を走る。アイリスの声は低く、速く、正確だった。

「リオン。聞いて。これは内部文書の写しよ」

 リオンの手が止まった。


 アイリスが読み上げたのは、セルヴィス防衛機構の内部文書「灰域住民保護に関する第三次改定要項」の抜粋だった。

 名称は穏やかだった。「保護」。「教育機会の提供」。「管区への安全な移行支援」。

 内容は、穏やかではなかった。


 灰域浄化作戦で「保護」された住民のうち、18歳以下の未成年者全員に対し、冴覚適性検査を実施すること。検査は管区保護施設への収容後72時間以内に行うこと。適性が確認された個体は、士官学校への編入候補としてフォートレスに移送すること。


「個体」。

 リオンはその一語を噛みしめた。子供のことを「個体」と書く文書。


「続きがある」

 アイリスの声は、不自然なほど平坦だった。

「過去3年間の記録。灰域から保護された冴覚適性児童、14名。うち3名は鋳脈処置の適合審査を通過。鋳脈施術済み。1名は適合に失敗。現在、植物状態で医療施設に収容中」


 リオンの手が震えた。

 ヘッドセットの中で、アイリスの声がまだ数字を読み続けている。だがリオンの耳には、もう一つの数字しか残らなかった。一人。目を覚まさなくなった、一人。


「私の知らないところで、これが行われていた」

 リオンの声は自分でも驚くほど冷たかった。怒りを通り越して、何かが凍りついたような感覚。

「リオン、聞いて。この文書の最終承認者は――」

「言わなくていい」

 リオンは目を閉じた。最終承認者が誰であろうと、参謀本部を通った文書だ。父の――ケネス・アスフォードの目を、通っていないはずがない。

 知っていて黙認したのか。それとも、知らないふりを選んだのか。

 どちらでも、同じだった。


 通信を切り、リオンはバートンの執務室に向かった。

 バートンは早朝から地図を広げていた。灰域東部の集落の配置図。浄化された集落に赤い印がついている。ハイドクロフト。エルグライン。クレストリッジ。赤い印が、少しずつストーンクロスに近づいている。


「バートン。聞いてほしいことがある」

 リオンは、アイリスから得た情報を残らず伝えた。冷たい声のまま。子供を「個体」と呼ぶ文書のことも。

 聞き終えたバートンの顔から、血の気が引いていく。机に広げた地図を見下ろす目が、政治家のものではなくなっていた。ストーンクロスにも、子供はいる。冴覚の素養を持つ子が、いないとは限らない。


「子供を奪うのか」

 バートンの拳がテーブルを叩く。地図の上の赤い印が、震えて見えた。

「それが彼らの言う『秩序』か。子供を兵器の部品にすることが」


 いつの間にか、カイが執務室に入ってきている。報告を聞き終えると、黙って壁にもたれた。


「俺の親父は」

 カイの声は静かだ。

「俺をそうさせないために消えたんだ」

 リオンはカイの横顔を見た。怒りではない。瞬きを忘れた、静かな目だ。

 ばらばらに聞いていた話が、頭の中で一本の線になる。子供を「保護」して冴覚を選り分ける計画。その線の先に、カイの父がいた。


「この情報を灰域の全集落に伝えなければ」

 バートンが声を絞り出す。

「ストーンクロスだけの問題じゃない。灰域の全ての集落が知るべきだ。彼らが何をしているのかを」


「灰域だけでは足りない」

 リオンが言うと、バートンが顔を上げた。

「セルヴィスの管区民にも伝える方法を考えなければ。セルヴィスの人々は、自分たちの組織が何をしているか知らない。知らされていない」

 バートンが考え込む。やがて、低く口を開いた。

「焦土の声ラジオに流せるか」

 灰域の独立放送。タリアが構築した通信網の中継を使えば、灰域の全域に声を届けられる。だがセルヴィスの管区内には届かない。管区には管区の通信インフラがあり、灰域の電波は遮断されている。


「管区内への発信は、別の手段が必要だ」

 リオンは自分の中で計画が形を取り始めるのを感じた。セルヴィスの内部に戻り、証拠を集め、管区民に伝える手段を探す。危険な賭けだった。だが他に方法がなかった。


「まず灰域に伝える」

 バートンが立ち上がった。

「タリアの通信網を使う。全ての集落に、セルヴィスの灰域浄化の真の目的を伝える。子供を守れ、と」


 カイが壁から背を離し、窓の外へ目をやった。

 その手が、無意識に自分の後頭部へ伸びる。何もない、素子の埋まっていない首筋を、ゆっくりと撫でた。


「守る」

 カイが呟く。

「灰域の子供は、灰域が守る」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。