亀裂
ガルドの話が終わっても、カイはまだ格納庫の隅に立っている。
断片が、頭の中で一つの形になっていく。ケストレルの設計。テオの鋳脈。神経劣化。右手の感覚。右耳の聴覚。除去できない。戻せない。
カイは立ち上がった。
格納庫の奥で、ガルドが作業台に向かっている。工具を並べ、ケストレルの関節を調整する支度。いつもの背中だ。油の匂いと、唇の端の煙草。7年、すぐ傍にあった背中。
声は、自分でも驚くほど低く出た。
「親父に鋳脈を入れたのは、あんただろう」
ガルドの手が止まった。
レンチを握ったまま、背中が固まる。煙草の煙が、止まった体の周りで渦を巻いた。
振り返らない。
「そうだ」
平坦な声だ。
「俺がテオの頸椎に素子を埋めた。俺の設計したもので、親友の体を壊した」
カイの拳が震える。
分かっていた答えだ。それでも、本人の口から出ると違った。
「知ってたなら、なんで黙ってた」
ガルドが、ようやく振り返る。いつもの飄々とした光が、目から消えていた。目尻の皺が深い。口元が引き結ばれている。
「お前を、戦場に引きずり出したくなかった」
「何の話だ」
「鋳脈の話をすれば、鋼城の話になる。鋼城の話をすれば、テオがなぜ消えたかに行き着く。それを知ったら、お前は親父の後を追う。違うか」
カイは言い返せなかった。鋼城の名を聞いた瞬間、自分は「止める」と口にした。父がやり残したことを、自分がやると。図星だ。
「だから黙ってた。お前がラストヘイムで鉄殻を直して、タリアと馬鹿話して、ゲオルグに小言を食らって、普通に生きていけるなら。そっちのほうが、ずっとよかった」
「普通に生きろって言いながら、あんたは俺に操縦を教えた」
「それは……」
「矛盾してる」
ガルドは口を閉じた。
乗るなと言いながら操縦を仕込み、出るなと思いながら冴覚の使い方を匂わせ、何もかも隠してカイの傍に居続けた。返す言葉が、なかった。
「大崩落の末期だった」
ガルドが煙草を灰皿に押しつける。
「テオに鋳脈を施したとき、俺は代償の重さを、ちゃんとは分かっていなかった。あいつが強くなっていくのが、俺の設計が正しかった証に思えた。それが、嬉しかったんだ」
声が掠れた。
「指先が震え始めて、目が覚めた。止めるべきだった。だが俺には、劣化を遅らせる技術がなかった。作ることはできて、壊れる速さは止められなかった」
怒りが、腹の底から突き上げてくる。
7年だ。父の死にいちばん近い男が、何も言わずに隣にいた。父がなぜ壊れたのか、なぜ消えたのか、その答えを抱えたまま、こいつは工具を握り、残殻を直し、俺の頭を叩き、コーヒーを淹れていた。
胸倉を掴もうとした手が、途中で止まる。空をつかんだまま、小刻みに震える。
目の前のひび割れた手は、レンチの握り方を叩き込んできた手だ。熱を出した夜に、黙って毛布をかけてきた手だ。馬鹿野郎と頭を小突き、苦いコーヒーを押しつけてきた手だ。それが、燃え上がる熱に絡みついて、振り上げた腕を下へ引きずり下ろす。
どうして、こいつなんだ。
カイは、ガルドを見つめたまま口を開く。
「……怒ってる」
「ああ」
「嘘をついたことに、怒ってる」
「ああ」
「親父の体を壊したことに、怒ってる」
「ああ」
ガルドは一つ一つ、受け止める。否定しない。言い訳もしない。ただ「ああ」と頷くだけだ。
「でも」
声が詰まる。喉の奥が、熱い。
「でも、あんたがいなかったら、俺はここにいない。それも分かってる。分かっちまってるんだよ」
ガルドの目が、揺れた。一瞬だけ。すぐに抑え込んだが、カイはそれを見た。
「許してくれとは言わん」
ガルドの声は低かった。
「許す権利があるのは、テオだけだ。テオはもういない。だから俺は、一生、許されない」
カイは答えなかった。
作業場を出る。振り返らない。格納庫の外に出ると、冬の灰域の冷えた空気が頬を叩く。息が白い。空は灰色で、低い雲が地平線まで垂れている。
背後で、工具が金属を打つ音がする。
手が震えているだろう、と思った。それでも、整備の手は止めない男だ。
その音を聞きながら、カイは歩きだした。




