亀裂
ガルドの回想が終わった時、カイはストーンクロスの格納庫にいた。
ガルドの口から語られた過去の断片が、カイの中で一つの形を結んでいく。ケストレルの設計。テオの鋳脈。神経劣化。右手の感覚喪失。右耳の聴覚喪失。除去不能。不可逆。
カイは立ち上がった。
格納庫の奥で、ガルドが仮設の作業台に向かっている。工具を並べ、ケストレルの関節部の微調整の準備をしていた。いつもと同じ姿。油の匂いを纏い、煙草を唇の端に咥え、白髪交じりの髪を後ろに流した44歳の技匠。10年間、カイの傍にいた男。
カイの声は、自分でも驚くほど低かった。
「親父に鋳脈を入れたのは、あんただろう」
ガルドの手が止まった。
六角レンチを握ったまま、背中が固まる。煙草の煙が、動きを止めた体の周りで渦を巻いた。
振り返らなかった。
「そうだ」
ガルドの声は平坦だった。
「俺がテオの頸椎にリレー素子を埋め込んだ。俺が設計したハードウェアで、親友の体を壊した」
カイの拳が震えた。
知っていた。ガルドの話を聞いた時点で、答えは出ていた。だが本人の口から認められると、知っていた事実が別の重さを持った。
「知っていたなら、なぜ言わなかった」
ガルドがようやく振り返った。その目は暗い茶色で、いつもの飄々とした光が消えていた。目尻の皺が深く刻まれ、口元が引き結ばれている。10歳年を取ったように見えた。
「お前を戦場に引きずり出したくなかったからだ」
「何の話だ」
「鋳脈の話をすれば、鋼城の話になる。鋼城の話をすれば、テオがなぜ消えたかに繋がる。テオがなぜ消えたかを知れば、お前は必ず親父の後を追おうとする。そうだろう」
カイは言い返せなかった。ガルドの予測は正しかった。鋼城の話を聞いた瞬間、カイは「止める」と言った。父がやりたかったことを、自分がやると。
「だから黙ってた。お前がラストヘイムで鉄殻を直して、タリアと馬鹿話をして、ゲオルグに小言を言われて、普通に生きていける道があるなら、そっちの方が良かった」
「普通に生きろって言いながら、あんたは俺に鉄殻の操縦を仕込んだだろう」
「それは……」
「矛盾してる」
ガルドは口を閉じた。カイの言う通りだった。
鉄殻に乗るなと言いながら操縦を教え、戦場に出るなと思いながら冴覚の使い方を示唆し、全てを隠しながらカイの傍に居続けた。矛盾している。ガルドの10年間は矛盾の塊だった。
「大崩落の末期だった」
ガルドは煙草を灰皿に押し付けた。
「テオに鋳脈を施した時、俺は代償の深刻さを完全には理解していなかった。鋳脈が操手にもたらす戦闘能力の飛躍に目が眩んでいた。テオが強くなっていく。俺の設計が正しかったと証明される。それが嬉しかった」
ガルドの声が掠れた。
「テオの指先が震え始めた時に、目が覚めた。俺が作った技術が、親友を殺しかけている。止めるべきだった。リレー素子を改良して劣化を遅らせるべきだった。だが俺にはその技術がなかった。作ることはできても、壊れる速度を制御することはできなかった」
カイは黙って聞いていた。
怒りが腹の底から突き上げてくる。10年間隠されていた。父の死の原因に最も近い人間が、何も言わずに隣にいた。父がなぜ体を壊していったのか。なぜ消えたのか。その答えを持っている人間が、黙ったまま工具を握り、残殻を修理し、カイの頭を叩き、コーヒーを淹れていた。
だが怒りの裏側で、もう一つの感情が動いていた。
ガルドが10年間カイの傍にいた理由。
罪悪感。贖罪。テオの最後の言葉。「息子を頼む」。
ガルドは加害者だった。テオの体を壊した技術の設計者だった。同時に、テオの親友だった。テオが唯一「息子を任せた」人間だった。テオが消えた後のカイを、10年間守り続けた人間だった。工具の使い方を教え、鉄殻の構造を叩き込み、夜中に熱を出せば毛布を被せた人間だった。
加害者であり、保護者であり、父の親友。
その全てが、目の前の一人の人間の中にある。
カイは拳を握ったまま、ガルドを見つめた。
「……怒ってる」
「ああ」
「お前が嘘をついたことに、怒ってる」
「ああ」
「親父の体を壊したことに、怒ってる」
「ああ」
ガルドは一つ一つ、カイの言葉を受け止めた。否定しなかった。言い訳しなかった。ただ「ああ」と頷いた。
「でも」
カイの声が詰まった。喉の奥が熱くなる。
「でも、お前がいなかったら俺はここにいない。それも分かってる。分かっちまってるんだ」
ガルドの目が揺れた。一瞬だけ。すぐに抑え込んだが、カイはそれを見た。
「許してくれとは言わん」
ガルドの声は低かった。
「許す権利があるのはテオだけだ。テオはもういない。だから俺は一生、許されない」
カイは答えなかった。
作業場を出た。ガルドの方を振り返らなかった。格納庫の外に出ると、冬の灰域の冷たい空気が頬を叩いた。息が白い。空は灰色で、低い雲が地平線まで続いている。
背後で、工具が金属を打つ音が聞こえた。
ガルドが作業に戻った音。手が震えているのだろうと、カイは思った。それでも整備を止めない男だと、カイは知っていた。
二人の間に、初めての亀裂が入った。




