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鉄殻のケストレル ―灰に沈む世界、鉄に宿る季節―  作者: Studio SASAME
折れた天秤

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|鋼城《こうじょう》の名

カイはガルドに問い詰めた。

 格納庫の裏。旧採石場の壁に囲まれた、人気のない場所だった。冬の午後の光が低く差し込み、二人の影が長く伸びている。


鋼城(こうじょう)の設計データ。親父が隠したものの中身を、全部話せ」


 ガルドは赤葉(レッドリーフ)の煙草を咥えたまま、壁に背を預けていた。辛い煙が冬の空に溶けていく。カイの目を見た。それからゆっくりと視線を外し、煙草の灰を落とした。


「話す」

 声は低かった。覚悟を決めた声だった。


鋼城(こうじょう)。全長3キロを超える超巨大移動要塞。自己完結型の戦力だ。ドールの生産施設を内蔵し、行軍しながら無人機を量産し続ける。武装は大口径砲塔が複数、対空砲座が無数。1機で、一つの統治機構体(とうちきこうたい)と交戦できるだけの戦力を持つ」


 カイは黙って聞いていた。


「だが、鋼城(こうじょう)の本当の恐ろしさは火力じゃない。問題は動力だ」

 ガルドの声が更に低くなった。

鋼城(こうじょう)の中核にはイグニス・コンバーターが搭載されている。旧世界の技術の産物で、現在の科学では原理すら完全に解明されていない。このコンバーターを稼働させるには、24名の鋳脈(ちゅうみゃく)者が必要だ。分散制御接続システムで、24名の鋳脈(ちゅうみゃく)者の神経系を鋼城(こうじょう)の制御系統に接続する」


「24人の鋳脈(ちゅうみゃく)者を」

 カイの声が掠れた。

「機械に繋ぐのか」


「繋ぐだけじゃない。鋼城(こうじょう)が稼働する間、鋳脈(ちゅうみゃく)者の神経は絶え間なく消耗し続ける。制御系統のフィードバック負荷で、鋳脈(ちゅうみゃく)者の体は加速度的に壊れていく。通常の銘殻(めいかく)に乗るよりも遥かに速く。推定で、全力稼働すれば1ヵ月で全員が機能不全に陥る」


 1ヵ月。

 24人の人間を、1ヵ月で使い潰す装置。


「しかも24人の中に、6人は冴覚(さいかく)持ちの鋳脈(ちゅうみゃく)者でなければならない。冴覚(さいかく)がセンサーの情報統合を補助し、鋼城(こうじょう)全体の反応速度を引き上げる。冴覚(さいかく)なしの鋳脈(ちゅうみゃく)者だけでは、鋼城(こうじょう)は鈍重な箱に過ぎない」


 カイの体が強張った。

 冴覚(さいかく)持ちの鋳脈(ちゅうみゃく)者。その言葉が意味するものを、カイは理解した。


「つまり――俺みたいな人間を」

「ああ。お前のような冴覚(さいかく)持ちが、鋼城(こうじょう)の『燃料』として必要になる」


 ガルドが煙草を踏み消した。靴底で灰を擦り潰す音が、静かな空間に響いた。


「テオは大崩落(ダウンフォール)末期にその計画の全容を知った。テオ自身が冴覚(さいかく)持ちの鋳脈(ちゅうみゃく)者だった。テオは鋼城(こうじょう)の燃料の第一候補だったんだ」


 カイの拳が握りしめられた。

「親父は、自分が消耗品にされると知って逃げた」

「違う。テオが恐れたのは自分のことじゃない。お前のことだ」


 ガルドがカイを見た。

冴覚(さいかく)は遺伝する可能性がある。テオの息子が冴覚(さいかく)を持っていれば、グランヴェルトは必ず手を伸ばしてくる。テオは設計データを持ち出すことで鋼城(こうじょう)の完成を遅らせ、お前が狩られるまでの時間を稼いだ」


 沈黙が落ちた。風が吹いて、ガルドのコートの裾が揺れた。


「設計データを持ち出す時、テオを手助けしたのは俺だ」

 ガルドが言った。

「グランヴェルトの保安システムの穴を調べ、逃走ルートを計画した。テオが逃げる間、俺が時間を稼いだ。その代償として、俺も組織を追われた」


 リオンとバートンが、格納庫の入口から見ていた。カイの声を聞いて来たのだろう。リオンの顔は強張り、バートンは腕を組んで壁に寄りかかっていた。


 バートンが静かに口を開いた。

「テオが命を懸けて隠したものが、それか」

「ああ。テオは鋼城(こうじょう)の設計データの一部を灰域(アッシュランド)のどこかに隠した。俺にも正確な場所は教えなかった。俺が捕まった時に情報が漏れないように」


 カイは拳を握ったまま、目を閉じた。

 テオの顔を思い出そうとした。もう記憶は薄い。10歳の時に消えた父の顔。だが手の感触は覚えている。大きくて、温かくて、右手の指先だけが妙に冷たかった。


 今なら分かる。テオの右手は、鋳脈(ちゅうみゃく)の代償で感覚を失っていたのだ。


鋼城(こうじょう)を止める」

 カイは目を開いた。

「それが親父のやりたかったことなら、俺がやる」


 ガルドは黙ってカイを見た。

 その目は、かつてテオが同じ言葉を口にした日の記憶で曇っていた。テオはあの日、ガルドに言った。「俺がやる」。そして消えた。


 カイの背中が、テオに似てきている。

 ガルドは煙草の箱をポケットから出し、また一本取り出した。火をつける手が、僅かに震えていた。

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