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鉄殻のケストレル ―灰に沈む世界、鉄に宿る季節―  作者: Studio SASAME
折れた天秤

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もう一つの浄化

アイリスからの暗号通信は、リオンの手を震わせた。

 通信室の小さなテーブルの上に、復号されたデータが並んでいる。リオンはその文字列を、2度読んだ。3度読んだ。内容が変わることを祈るように。だが文字は同じだった。


 ハイドクロフトだけではなかった。


 セルヴィスの灰域(アッシュランド)浄化部隊は、東部の小集落を一つずつ処理しながらストーンクロスに接近していた。ハイドクロフト。エルグライン。クレストリッジ。3つの集落が、同じ手順で「浄化」されていた。


 アイリスの報告には、具体的な数字があった。

 ハイドクロフト。住民40名を拘束。建物を解体し、前線補給基地に転用。

 エルグライン。住民55名を拘束。水源を確保し、給水拠点に転用。

 クレストリッジ。住民58名を拘束。地形を利用した通信中継基地に転用。


 合計で約150名の住民が「保護」の名目で拘束されている。


 リオンはアイリスに問うた。通信機を握る手が白くなるほど強く。

「保護された住民はどこに送られるの」


 アイリスの声が固くなった。通信越しでも、その変化は分かった。

「フォートレスの保護民居住区。外壁の内側に収容される。管区証は発行されず、移動は制限される。そして、冴覚(さいかく)の素養がある子供は――」


 通信が途切れた。

 ノイズが入り、暗号鍵が一時的に同期を失った。5秒後に回復したが、アイリスは続きを言わなかった。言う必要がなかったのかもしれない。


 リオンは続きを知っていた。


 冴覚(さいかく)児童回収計画。

 セルヴィスが灰域(アッシュランド)の子供を「保護」し、冴覚(さいかく)の素養を検査する。適性がある者は士官学校に送られる。表向きは「教育の機会の提供」。実態は鋳脈(ちゅうみゃく)候補の確保だ。


 かつて、リーヴ・シェイドがそうだったように。灰域(アッシュランド)の孤児として回収され、軍事訓練を受け、14歳で鋳脈(ちゅうみゃく)を施された。


 リオンは通信室を出た。


  * * *


 バートンの執務室に、カイが先に来ていた。

 リントの偵察報告を受けた後だった。カイの表情は硬い。リオンはアイリスから得た情報を二人に報告した。


「ハイドクロフトだけではありません。エルグラインとクレストリッジも同様に処理されています。住民は合計約150名が拘束。セルヴィスのフォートレスに送られる」


 バートンの顔が蒼白になった。

「150人。3つの集落で150人」

 声が絞り出すように低い。

「子供を奪うのか。それが彼らの言う『秩序』か」


 リオンは続けた。

冴覚(さいかく)の素養がある子供は、検査を経て鋳脈(ちゅうみゃく)の候補に組み込まれます。これは計画的に行われている。灰域(アッシュランド)の浄化は、軍事的な意味だけではない。人材の回収でもある」


 カイは静かに聞いていた。その横顔を、リオンは見た。怒りではなかった。もっと深い場所にある感情だった。


「俺の親父は」

 カイが口を開いた。声は低く、平坦だった。

「俺をそうさせないために消えたんだ」


 リオンはカイの横顔を見た。

 テオ・セヴァルは冴覚(さいかく)持ちの鋳脈(ちゅうみゃく)者だった。カイにも冴覚(さいかく)がある。もしカイが幼い頃にセルヴィスに「保護」されていたら、今頃は鋳脈(ちゅうみゃく)を施され、コルヴァスのような部隊で戦っていたかもしれない。リーヴと同じ道を歩んでいたかもしれない。


 テオはそれを知っていたから、灰域(アッシュランド)に留まった。カイを灰域(アッシュランド)で育てた。そして消えた。


 バートンがテーブルに両手をついた。

「この情報を、灰域(アッシュランド)の全集落に伝えなければならない。セルヴィスの浄化が何を意味しているのか。子供が奪われるということを」


 リオンは頷いた。

灰域(アッシュランド)だけでは足りません。セルヴィスの管区民にも伝える方法を考えなければ。セルヴィスの人々は、自分たちの組織が何をしているか知らない」


 バートンの目が光った。

「焦土の声ラジオに流せるか」


 焦土の声。灰域(アッシュランド)の独立放送局。タリアが通信中継を手配している、灰域(アッシュランド)で唯一の定期放送だ。


「タリアの通信網なら、灰域(アッシュランド)の集落には届く。だがセルヴィスの管区内には届かない」

 リオンが言った。

「管区内への発信には、別のルートが必要です。アイリスと相談する」


 カイが立ち上がった。

「やれることをやる」

 短い言葉だった。だがその目には、ハイドクロフトのコックピットで沈んだ「守れなかった」という呪いが、別の形に変わっている。


 守れなかった。だが、次は違う。


 リオンはカイの背中を見送った。灰色の冬空の下、格納庫に向かうカイの歩幅は、いつもより少し大きかった。

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