↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鉄殻のケストレル ―灰に沈む世界、鉄に宿る季節―  作者: Studio Yodaca
折れた天秤

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

113/270

浄化される集落

リントが偵察から戻ったのは、日が落ちかける頃だった。

 雪を踏んで戻ってきた残殻キャリバーの、そのコックピットから降りてきたリントの足取りが、いつもと違っていた。地面に降り立つなり、足早に、こちらへ向かってくる。首に巻いた赤いスカーフが、夕風に、乱暴にはためいた。近づいてきた顔を見て、カイは、足を止めた。リントの目が、据わっていた。怒りを通り越して、どこか据わってしまった、そういう目だった。偵察に出る前のリントは、もっと、軽口を叩く男だった。出がけにも、カイに何か冗談を言っていった。その顔と、今、目の前にある顔が、同じ人間のものだとは、すぐには結びつかなかった。


 バートンの執務室。

 カイとリントが入ると、机に向かっていたバートンが、顔を上げた。リントは、椅子に座らなかった。立ったまま、机に両手をついて、報告を始めた。その声が、最初の一言から、震えていた。

「ストーンクロスの東、60キロ。……ハイドクロフトが、やられた」

 ハイドクロフト。

 カイは、その名前を、知らなかった。

「鉄根樹の林に囲まれた、谷間の集落だ。人口、40人くらい。残殻なんか、一機も持ってない。畑を耕して、細々と食ってる、ちっぽけな集まりだ。それが――」

 リントは、そこで、一度、言葉を切った。喉が、上下するのが見えた。

「セルヴィスの先遣隊が、来た。ドールの小隊だ。退去しろと言って、応じない奴を『危険分子』だと言って、引っ立てた。建物は、ぜんぶ、ばらされた。今は、奴らの補給基地になってる」

 リントの拳が、机の上で、白くなるほど握りしめられていた。

「子供も、いた。年寄りも、いた。それを、ドールで……鉄の塊で、追い立てやがった」

 最後の一言が、低く、潰れた。

 ドール。人の乗っていない、ただの鉄の人形だ。命令された通りに動く。怯えも、ためらいもしない。その鉄の腕が、泣いている子供を、障害物みたいに、脇へどける。カイは、思わず、目を伏せた。リントは、それを、見てきたのだ。


 カイは、何も言えずに、その話を聞いていた。

 40人の集落。名前も知らない、行ったこともない場所だ。だが、リントが「子供もいた」と言った瞬間、見たこともないその集落の景色が、勝手に頭の中に浮かんだ。それが、よけいに、たちが悪かった。

 ストーンクロスにも、子供はいる。市場で、もらった包帯を抱えて走っていた、あの子だ。その顔が、見たこともないハイドクロフトの子供に、重なる。振り払おうとしても、貼りついて、離れなかった。


 バートンは、机の上で、太い両手を組んでいた。組んだ手の甲に、筋が浮いている。だが、口を開いたとき、その声は、ぞっとするほど、平らだった。

「リント。住民は、全員、連れていかれたのか」

「分からない。林に逃げ込んだ奴も、いるかもしれない。だが、集落は、跡形もなかった。基礎まで、打ち直されてた。……元から、何もなかったみたいに」

 バートンが、椅子を引いて、立ち上がった。窓のほうを向く。大きな背中が、カイとリントに向けられた。しばらく、何も言わなかった。

「記録しろ」

 窓の外を見たまま、バートンは、言った。

「何が、いつ、起きたか。誰が命じたか。全部だ。残しておけ」

 その声には、怒鳴り声よりも、重いものがあった。

「俺たちのことは、誰も書いちゃくれん。だったら、自分で書くしかない」


 リントが、固い声で、応えた。

「もう、取ってある」

 リントは、胸ポケットから、折りたたんだ紙片を取り出して、机に置いた。

「座標も、部隊の番号も。ドールの型は、ポーンの歩兵随伴型だった。全部、ここに書いた」

「東の、60キロ」

 バートンが、机に広げた地図に、目を落とした。太い指が、ストーンクロスの東を、ゆっくりとなぞる。

「本隊の、進軍ルートの上だ。やられるのは、ハイドクロフトだけじゃ、済まない」

 カイも、机の脇から、地図を覗き込んだ。バートンの太い指の先を、目で追う。

 ストーンクロスの東に、小さな印が、いくつも散らばっている。その一つ一つが、集落だった。20人。50人。100人。残殻も、まともな壁もない、小さな寄り合いだ。セルヴィスの隊が来れば、抗うすべは、何もない。カイは、印の一つに、指で触れそうになって、やめた。触れたところで、どうにもならなかった。


「どうする」

 カイは、訊いた。

 バートンは、椅子に、重く座り直した。

「進軍ルートの上の集落、ぜんぶに、警告を出す。タリアの通信網を使え。避難を呼びかけて、ここで、受け入れる」

「800人の町に、これ以上、人を入れるのか」

「やるしかない。バラバラに潰されるよりは、ましだ」


 リントが、机を、平手で叩いた。

「助けに、行けないのか。ハイドクロフトの連中を、取り返しに」

「行けば、こっちが先に手を出したことになる」

 バートンは、首を横に振った。

「コルヴァスが来る前に、消耗するわけにはいかん」

 リントは、それ以上、言い返さなかった。ただ、食いしばった奥歯が、こめかみのあたりを、固く盛り上がらせていた。──リントの妹は、昔、セルヴィスに連れていかれた。カイは、それを、知っていた。

 部屋の中が、静かになった。窓の外で、風が、低く鳴っている。バートンは、地図の上に置いた手を、動かさなかった。リントは、机の縁を握ったまま、うつむいている。誰も、次の言葉を、持っていなかった。

 カイは、口を、開きかけて、やめた。この場にふさわしい言葉を、何ひとつ、持っていなかった。


  * * *


 翌朝。

 カイは、格納庫で、ガルドと並んで、薬莢の選別をしていた。昨日の戦いで撃った分の空薬莢を、再装填できるものと、できないものに、仕分けていく。底を見て、潰れていれば、捨てる。無事なら、布で拭いて、箱に放る。それだけを、ひたすら繰り返す。指先が、すぐにかじかんで、何度も、息を吹きかけた。

 単純で、退屈な作業だった。だが、手を動かしていると、考える隙が、なかった。

 ガルドは、いつもより、口数が少なかった。普段なら、こういう作業のあいだ、昔の機体の話や、若い頃の与太話を、聞いてもいないのに垂れ流す男だ。それが、今朝は、口を真一文字に結んだまま、黙々と、手だけを動かしている。昨日の報告は、この老人の耳にも、もう入っているのだろう。誰も、ハイドクロフトの名前を、口に出さなかった。出せば、また、あの空気が、戻ってくる気がした。

 それでも、ふとした拍子に、ハイドクロフト、という言葉が、頭をよぎる。昨日の夕方まで、そんな集落が灰域にあったことすら、カイは、知らなかった。知らないうちに、それは、もう、なくなっていた。

「守れなかった」

 手を止めずに、カイは、小さく言った。

 違う、と自分で思った。守れなかった、のとは、何か、違う。あの集落の名前を、昨日まで、知りもしなかった。

 その先が、続かなかった。カイは、次の薬莢を、手に取った。底を、親指で、なぞる。縁が、わずかにひしゃげていた。少し迷って、それを、使えないほうの箱に入れた。

 隣で、ガルドは、何も言わなかった。聞こえなかったのか、聞こえて、黙っているのか。ただ、潰れた薬莢を一つ、灰皿のような屑箱に、かつん、と放った。その音が、やけに、大きく響いた。

 カイは、次の薬莢を、手に取った。底を、親指で確かめる。これは、まだ、使える。布で拭って、箱に入れた。

 目の前の木箱には、仕分けを待つ空薬莢が、まだ、うんざりするほど、山のように、残っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。