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鉄殻のケストレル ―灰に沈む世界、鉄に宿る季節―  作者: Studio SASAME
折れた天秤

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武器商人の借り

ストーンクロスの市場区画は、旧採石場の平坦な底面を利用して作られていた。

 露店が不規則に並び、交易品が木箱の上に陳列されている。乾燥肉、穀物の袋、鉄殻(てっかく)の補修部品、旧世界の工具、医薬品の瓶。値札は鉄片貨で書かれているが、物々交換で済ませる取引も多い。冬の朝の市場は、人の吐く息が白い帯になって流れていた。


 その中を、異質な一団が通り抜けた。


 護衛の傭兵が2名。荷運び用の無装甲残殻(ざんかく)が1機。そして先頭を歩く男。

 中背で、丸みのある体格。毛皮の裏地がついたコートを着崩し、首には値の張りそうなスカーフを巻いている。目は細く、常に笑っているように見えるが、その奥の瞳は油断なく周囲を観察している。


 ヒューゴ・デルガド。クレスタの武器商人。


 カイがヒューゴの存在を知ったのは、バートンから呼ばれた時だった。

「クレスタの商人が来ている。話を聞け」

 バートンの声は平静だったが、目の奥に警戒があった。


 市場区画の端にある空き倉庫が、ヒューゴの商隊の臨時拠点になっていた。カイが入ると、ヒューゴは木箱に腰かけて帳簿をつけていた。革張りの分厚いノートに、細かい文字が並んでいる。


「おお。来たか、ボウヤ」

 ヒューゴが顔を上げた。飄々とした声だった。

「テオ・セヴァルの息子だろう。聞いているよ。顔は似てないな。目は似ているが」


 カイは壁に背を預けた。

「何の用だ」

「商売の話だ。お前たちに弾薬と補修部品を提供する。ストーンクロスの倉庫は空に近いだろう。75ミリ弾は残り何発だ。50発を切っているんじゃないか」


 カイは黙った。正確な数字は知らないが、弾薬が不足しているのは事実だった。ダリオ戦で消耗した分の補充が追いついていない。


「対価は何だ」

「金は要らん」

 ヒューゴが帳簿を閉じた。

「借りを作る。いずれ返してもらう」


 カイの眉が寄った。

「借りの中身が分からないのに受けられるか」

「分からないから借りなんだ。内容が決まっていたら、それは取引だ」


 ヒューゴは立ち上がり、倉庫の奥に積まれた木箱の蓋を開けた。75ミリ弾の弾倉が整然と並んでいる。隣の箱には関節部の補修パーツ。その奥には医薬品の瓶が詰まった箱がある。灰域(アッシュランド)では見慣れない品質のものばかりだった。


「なぜ灰域(アッシュランド)に売りに来る」

 カイは聞いた。

「セルヴィスやグランヴェルトに売った方が儲かるだろう」


 ヒューゴは笑った。皺が目尻に寄る。

「儲かるさ。だが、灰域(アッシュランド)がセルヴィスに踏み潰されるのも、グランヴェルトに呑み込まれるのも、クレスタの利益にならん。二つの巨大勢力が直接衝突すれば、間に挟まれたクレスタの物流ルートが壊れる。お前たちには、もう少し粘ってもらいたい」


 カイはヒューゴの目を見た。商人の目だった。計算がある。善意ではない。だが、嘘でもない。


「借りを受ける」

 カイは言った。

 弾薬と部品が不足している現実は動かない。ヒューゴの思惑がどうあれ、弾がなければ戦えない。


  * * *


 ヒューゴの商隊が持ち込んだ物資が市場に並んだ。

 弾薬。関節部の補修パーツ。冬用のグリス。医薬品。包帯と消毒液。ストーンクロスの住民が集まってきた。バートンの指示で、物資は防衛用途を最優先に配分される。市場区画が一瞬だけ活気づいた。


 カイはその光景を、市場の隅で見ていた。

 子供が母親の手を引いて、医薬品の箱を覗いている。老人が補修パーツを手に取り、目を細めて検分している。物資があるだけで、人の顔が変わる。不安が少しだけ薄まる。


 ヒューゴが隣に来た。

「ボウヤ。一つ教えておく」

 声のトーンが変わっていた。飄々とした商人の声ではない。低く、乾いた声だ。


「グランヴェルトが灰域(アッシュランド)で探しているモノ、お前も知っているだろう。鋼城(こうじょう)の設計データだ。あれが見つかれば、世界が変わる。いい方にも、悪い方にも」


 カイは黙ってヒューゴを見た。


大崩落(ダウンフォール)で俺の故郷は焼けた。焼いたのはグランヴェルトだ。だが俺はグランヴェルトにも武器を売る。恨みで飯は食えない」

 ヒューゴは帳簿を内ポケットにしまった。

「だが利益の流れは、少しだけ操れる。覚えておけ、ボウヤ。戦争は鉄殻(てっかく)だけで決まらない。金と情報が動かしている」


 ヒューゴの商隊が出発の準備を始めた。無装甲残殻(ざんかく)が荷物を背負い、護衛の傭兵が周囲を確認する。


 カイはヒューゴの背中を見送った。

 灰域(アッシュランド)の雪原に商隊の足跡が伸びていく。戦場の外にもう一つの戦いがあることを、カイは知った。

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