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鉄殻のケストレル ―灰に沈む世界、鉄に宿る季節―  作者: Studio Flint
折れた天秤

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ケネスの通信

通信室のスピーカーから、雑音が流れていた。

 リオンはその前に座り、手を組んでいた。灰域(アッシュランド)の通信インフラは脆弱だ。ストーンクロスの通信塔が拾える周波数帯は限られており、暗号通信の復号にも旧式の機器を使うしかない。


 だが今回の通信は暗号ではなかった。

 セルヴィスの正規周波数。公式回線。傍受も記録も前提の、開かれた通信。それが、リオン宛に入った。


 発信者の名前を見て、リオンの背筋が伸びた。


 ケネス・アスフォード。


 通信を開いた。


「リオン」

 父の声だった。

 穏やかで、低く、安定した声。参謀長としての声ではない。父としての声だった。だがその奥に、鋼のような硬さがある。柔らかい声で、折れない言葉を発する。それがケネス・アスフォードという人間だ。


「帰って来い、リオン。今ならまだ間に合う」

 短い沈黙の後、ケネスは続けた。

「独断行動として処理できる。不名誉除隊で済ませてやれる。お前の経歴に傷はつくが、命は残る」


 リオンは通信機に向かって座り直した。姿勢を正す。癖だった。父と話す時、自分が軍人であることを忘れられない。


灰域(アッシュランド)浄化計画を中止してください」


 沈黙。

 3秒。5秒。長い沈黙だった。


「それは私の権限の外にある」

 ケネスの声は変わらなかった。穏やかなまま。

「参謀長として、命令に従う義務がある。お前もかつてはそうだった」


「義務で人の生活を潰すのですか」


 リオンの声が震えた。抑えようとしたが、抑えきれなかった。敬語が崩れかけている。感情が、軍人としての表層を突き破ろうとしている。


「リオン」

 ケネスの声が僅かに揺れた。父としてのケネスが、参謀長としてのケネスの鎧の隙間から、一瞬だけ顔を覗かせた。

「お前の正義感は、この世界では贅沢品だ」


 通信が切れた。


 * * *


 リオンは通信機の前で動けなかった。

 手が震えている。指先が冷たい。灰域(アッシュランド)の寒さではなく、体の内側から来る冷えだった。


 父の声を聞いた。

 あの声は、幼い頃に書斎で地図を見せてくれた時と同じ声だった。「いつか、あそこも秩序の中に入れる」と言った時と同じ、穏やかで、揺るぎない声。


 話は通じなかった。

 いや、通じている。ケネスはリオンの言葉を理解している。理解した上で、組織の論理を選んでいる。理解できないのではなく、選ばないのだ。


 通信室の扉が開いた。

 カイが立っていた。


「親父と話したのか」

 カイの声は静かだった。

 リオンは頷いた。

「話は通じなかった」


 カイは何も言わず、リオンの隣の椅子に座った。

 親と話が通じない痛み。カイは別の形でそれを知っている。カイの父は言葉を交わす前にいなくなった。話が通じるかどうかを確かめることすらできなかった。それは通じないよりも、もしかすると辛い。


 二人は黙って並んで座っていた。

 通信室の中に、雑音だけが流れている。


 リオンが呟いた。

「でも、声は聞けた。それだけで十分」

 一拍置いて。

「次に会うのは戦場でしょうけど」


 カイは何も言わなかった。

 言葉で埋められない沈黙が、二人の間に横たわっていた。

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