最古参
雪原が白く広がっていた。
カイはケストレルのコックピットで、東の地平線を見つめていた。計器が告げる。外気温マイナス11度。風速は秒速4メートル。視界良好。雪は降っていないが、地面の雪が風に巻き上げられ、白い靄が足元を流れている。
通信機が鳴った。リントの声。
「カイ。東方3キロ、3機編隊。先頭が大型。遊肢らしき影が2つ」
「ダリオか」
「間違いない。来たぞ」
カイはスロットルを上げた。ケストレルが雪を蹴って前に出る。背部のスラスターが点火し、白い蒸気が尾を引いた。
* * *
雪原の向こうに、灰青色の機影が現れた。
先頭はセルヴィスの汎殻ウォーデンだが、通常型とは異なる。肩部のハードポイントに遊肢の懸架ユニットが追加されている。ダリオ・メイスの専用機。後続に汎殻2機が従っている。
距離1200メートル。
ダリオの汎殻が停止した。肩部の懸架ユニットが展開し、2基の遊肢が射出される。扁平な流線型のユニットが、母機の左右に弧を描いて展開した。
カイの冴覚が反応した。
ダリオの母機から微かな重心移動の兆しを読み取る。右に重心を移した。つまり左の遊肢に指示を出す前動作だ。
だが遊肢は母機とは別の操作系統で動いている。
母機の先読みだけでは、遊肢の軌道を読み切れない。
左の遊肢が弧を描いてカイの右側面に回り込んだ。同時に右の遊肢が上昇し、頭上に位置を取る。退路を断つ。そこに母機が正面から距離を詰めてくる。
教科書通りの遊肢運用だった。
左右の退路を遊肢で封じ、母機で正面から圧殺する。隙がない。
ガルドの言葉が蘇った。
「遊肢の操手を狂わせるか、母機と遊肢の連携を切るか。どちらかだ」
カイは操縦桿を倒し、ケストレルを左に跳ばした。雪原の左手に旧世界のコンクリート建造物の残骸がある。壁の一部が残っている。
ケストレルが壁の影に滑り込んだ。
遊肢の射線が遮られる。壁を挟めば、遊肢は直接射撃ができない。迂回するか、壁の上を越えるしかない。その分だけ、遊肢の動きが制限される。
母機が突っ込んできた。ダリオは壁の向こうに回り込もうとしている。だがカイはそれを読んでいた。壁の角を回り込む瞬間、母機は遊肢の援護を受けられない。一瞬だけ、ダリオは一対一になる。
ケストレルが壁の角から飛び出した。
左前腕のヴェスペが火を噴く。30ミリの連射がダリオの汎殻の正面装甲を叩く。牽制だ。本命は右手の短銃身ファルケ。
75ミリの弾丸がダリオの汎殻の右肩装甲に直撃した。
ダリオの機体が揺れた。だが致命傷ではない。ウォーデンの分厚い正面装甲が弾丸を受け止めた。ダリオは冷静だ。母機を半歩下げ、遊肢に指示を出す。
その瞬間だった。
ダリオの通信に、味方汎殻からの報告が入った。リントとボルトの部隊が側面から接近している。ダリオは通信を聞き取ろうとした。だが高周波のノイズが右耳を塞いでいる。聴覚の劣化。通信の内容を聞き逃した。
遊肢の制御が0.5秒遅れた。
それだけで十分だった。
カイは冴覚でその遅延を捉えた。遊肢が軌道修正する前に、ケストレルがダリオの母機に肉薄する。近接距離。鍛翼刀を抜く。3.8メートルの片刃が、冬の光を受けて鈍く光った。
一閃。
ダリオの汎殻の左腕が、肩の関節から切り落とされた。
ダリオは即座に判断した。遊肢2基を収容し、後退する。後続の汎殻2機が援護射撃を行い、ダリオの撤退を助ける。
* * *
セルヴィスの追撃隊が雪原の向こうに消えていった。
カイはケストレルのコックピットで息を吐いた。操縦桿を握る手が震えている。戦闘が終わった後の、体の芯から来る震え。
勝った。だが、勝ったとは思えなかった。
ダリオの遊肢の制御が遅れたのは、聴覚の劣化で味方の通信を聞き逃したからだ。鋳脈の代償が、相手を弱くした。カイが上回ったのではない。ダリオの体が限界に近かったのだ。
あの男が万全だったら、あの隙はなかった。
リントの通信が入った。
「カイ、無事か」
「ああ」
「追撃隊は撤退した。ダリオは左腕を失ったが、本体は無事だ。再編して戻ってくるかもしれない」
カイは東の空を見た。
追撃隊の後ろには、セルヴィスの本隊がいる。ダリオを退けても、次が来る。
苦い勝利の味が、舌の上に残っていた。




