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鉄殻のケストレル ―灰に沈む世界、鉄に宿る季節―  作者: Studio SASAME
折れた天秤

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105/150

最古参

雪原が白く広がっていた。

 カイはケストレルのコックピットで、東の地平線を見つめていた。計器が告げる。外気温マイナス11度。風速は秒速4メートル。視界良好。雪は降っていないが、地面の雪が風に巻き上げられ、白い靄が足元を流れている。


 通信機が鳴った。リントの声。

「カイ。東方3キロ、3機編隊。先頭が大型。遊肢(ゆうし)らしき影が2つ」

「ダリオか」

「間違いない。来たぞ」


 カイはスロットルを上げた。ケストレルが雪を蹴って前に出る。背部のスラスターが点火し、白い蒸気が尾を引いた。


 * * *


 雪原の向こうに、灰青色の機影が現れた。

 先頭はセルヴィスの汎殻(はんかく)ウォーデンだが、通常型とは異なる。肩部のハードポイントに遊肢(ゆうし)の懸架ユニットが追加されている。ダリオ・メイスの専用機。後続に汎殻(はんかく)2機が従っている。


 距離1200メートル。

 ダリオの汎殻(はんかく)が停止した。肩部の懸架ユニットが展開し、2基の遊肢(ゆうし)が射出される。扁平な流線型のユニットが、母機の左右に弧を描いて展開した。


 カイの冴覚(さいかく)が反応した。

 ダリオの母機から微かな重心移動の兆しを読み取る。右に重心を移した。つまり左の遊肢(ゆうし)に指示を出す前動作だ。


 だが遊肢(ゆうし)は母機とは別の操作系統で動いている。

 母機の先読みだけでは、遊肢(ゆうし)の軌道を読み切れない。


 左の遊肢(ゆうし)が弧を描いてカイの右側面に回り込んだ。同時に右の遊肢(ゆうし)が上昇し、頭上に位置を取る。退路を断つ。そこに母機が正面から距離を詰めてくる。


 教科書通りの遊肢(ゆうし)運用だった。

 左右の退路を遊肢(ゆうし)で封じ、母機で正面から圧殺する。隙がない。


 ガルドの言葉が蘇った。

遊肢(ゆうし)操手(そうしゅ)を狂わせるか、母機と遊肢(ゆうし)の連携を切るか。どちらかだ」


 カイは操縦桿を倒し、ケストレルを左に跳ばした。雪原の左手に旧世界のコンクリート建造物の残骸がある。壁の一部が残っている。


 ケストレルが壁の影に滑り込んだ。

 遊肢(ゆうし)の射線が遮られる。壁を挟めば、遊肢(ゆうし)は直接射撃ができない。迂回するか、壁の上を越えるしかない。その分だけ、遊肢(ゆうし)の動きが制限される。


 母機が突っ込んできた。ダリオは壁の向こうに回り込もうとしている。だがカイはそれを読んでいた。壁の角を回り込む瞬間、母機は遊肢(ゆうし)の援護を受けられない。一瞬だけ、ダリオは一対一になる。


 ケストレルが壁の角から飛び出した。

 左前腕のヴェスペが火を噴く。30ミリの連射がダリオの汎殻(はんかく)の正面装甲を叩く。牽制だ。本命は右手の短銃身ファルケ。


 75ミリの弾丸がダリオの汎殻(はんかく)の右肩装甲に直撃した。


 ダリオの機体が揺れた。だが致命傷ではない。ウォーデンの分厚い正面装甲が弾丸を受け止めた。ダリオは冷静だ。母機を半歩下げ、遊肢(ゆうし)に指示を出す。


 その瞬間だった。

 ダリオの通信に、味方汎殻(はんかく)からの報告が入った。リントとボルトの部隊が側面から接近している。ダリオは通信を聞き取ろうとした。だが高周波のノイズが右耳を塞いでいる。聴覚の劣化。通信の内容を聞き逃した。


 遊肢(ゆうし)の制御が0.5秒遅れた。

 それだけで十分だった。


 カイは冴覚(さいかく)でその遅延を捉えた。遊肢(ゆうし)が軌道修正する前に、ケストレルがダリオの母機に肉薄する。近接距離。鍛翼刀を抜く。3.8メートルの片刃が、冬の光を受けて鈍く光った。


 一閃。

 ダリオの汎殻(はんかく)の左腕が、肩の関節から切り落とされた。


 ダリオは即座に判断した。遊肢(ゆうし)2基を収容し、後退する。後続の汎殻(はんかく)2機が援護射撃を行い、ダリオの撤退を助ける。


 * * *


 セルヴィスの追撃隊が雪原の向こうに消えていった。

 カイはケストレルのコックピットで息を吐いた。操縦桿を握る手が震えている。戦闘が終わった後の、体の芯から来る震え。


 勝った。だが、勝ったとは思えなかった。

 ダリオの遊肢(ゆうし)の制御が遅れたのは、聴覚の劣化で味方の通信を聞き逃したからだ。鋳脈(ちゅうみゃく)の代償が、相手を弱くした。カイが上回ったのではない。ダリオの体が限界に近かったのだ。


 あの男が万全だったら、あの隙はなかった。


 リントの通信が入った。

「カイ、無事か」

「ああ」

「追撃隊は撤退した。ダリオは左腕を失ったが、本体は無事だ。再編して戻ってくるかもしれない」


 カイは東の空を見た。

 追撃隊の後ろには、セルヴィスの本隊がいる。ダリオを退けても、次が来る。


 苦い勝利の味が、舌の上に残っていた。

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