|残殻《ざんかく》の軍人
格納庫の中に、工具の音が響いていた。
カイは残殻の足元に座り、リオンがコックピットに収まるのを見上げていた。トワの予備機。灰域の残殻は銘殻とは何もかもが違う。規格外の部品が混在し、操縦桿の応答曲線が一定しない。ペダルの踏み込み量と脚部の動作の対応も、左右で微妙にずれている。
リオンが操縦桿を握り、右腕を動かした。
残殻の右腕がゆっくりと持ち上がる。だが動きの途中で一瞬止まり、それから急に加速した。関節の遊びが大きすぎて、入力と動作の間にタイムラグがある。
「右肩の関節、遊びが0.3秒ほどある」
リオンの声がコックピットから降ってきた。冷静な分析。だがその声の奥に、苛立ちの気配がある。
「左膝のアクチュエータも不安定だ。踏み込み量に対して出力が一定しない」
ガルドが工具箱を抱えて歩いてきた。
「見せろ」
ガルドは残殻の肩部のカバーを外し、関節部を覗き込んだ。錆びたボルトと、擦り減ったベアリング。ガルドの目が一瞬で問題を捉えた。
「ベアリングの摩耗だ。交換部品がないから削り直すしかない。あとペダルの配線を引き直す。左右の応答差はそれで消える」
ガルドはリオンのコックピットに頭を突っ込み、シートの位置とペダルの角度を確認した。
「お前、ポラリスのシート位置より2センチ前に座ってるな。残殻の操縦桿はストロークが長い。もう少し後ろに下がれ」
リオンが僅かに驚いた顔をした。
「なぜポラリスのシート位置を知っている」
「セルヴィスの銘殻のスペックは公開情報だ。操手の身長から逆算すれば分かる」
ガルドは煙草を咥えたまま、レンチでシートのボルトを緩めた。
「お前、筋はいいな。銘殻に慣れた体で残殻に乗れるのは、基本がしっかりしている証拠だ」
リオンは何も言わなかった。だが、その沈黙は拒絶ではなかった。
* * *
2時間後。
ガルドの調整を経た残殻は、別物とまではいかないが、少なくとも操縦桿の応答が安定した。リオンが格納庫の外で試験歩行を行う。雪の上に残殻の足跡が刻まれていく。歩行は安定している。旋回も問題ない。右腕の動作遅延は残っているが、許容範囲まで縮まった。
カイはケストレルの前に立ち、リオンの残殻を見ていた。
鉄紺色の銘殻と、灰色の即席機。対照的な2機が、格納庫の前に並んでいる。
トワが二人の後ろから近づいてきた。
「いい並びだ」
カイは振り返った。
「何が」
「絵になるってことだよ。銘殻と残殻。灰域の操手とセルヴィスの軍人。話の種にはなる」
「うるさい」
リオンがコックピットから降りてきた。残殻の足元に立ち、見上げている。灰色の装甲には何の装飾もない。セルヴィスの紋章もない。ただの鉄の塊だ。
だがリオンの目は、ポラリスを見る時と同じ真剣さだった。
ガルドが煙草を消し、二人の前に立った。
「明日、ダリオの部隊がストーンクロスに到達する。遊肢2基の鋳脈者だ。お前たちだけで戦うわけじゃない。ボルトの部隊もリントもいる。だが、相手はコルヴァスだ。舐めるな」
カイは操縦桿の感触を思い出しながら、頷いた。




