13.合流
結局、俺たちは何も言わずに別れた。この場所に彼女を一人、置いていくのは心配でもあるが、この分なら仲間の一人や二人はすぐに見つけられるだろう。シャルルの軍人としては、すこぶる困った話だが。
城の門をくぐると、見知った兵士がいた。数少ないハーフエルフの一人。
「身分証はお持ちですか」
「ありません。が、ライラックはいますか」
「えーっと、はい。一応あなたに会いに来ていますね」
「彼を呼べは大丈夫だと」
そんなんで入れてもらえたらここの警備は甘いが、城下町でも軍がいるところもあるだろう。せめてそこへ入らればいい。
癪だが、ライラックなら頼れる。
「まあ、自分もあなたはよく知っているのですけれど。すみません、呼んできます」
「お願いします」
去っていく人と入れ替わりで別の兵が見張りに立った。俺を見る目は冷めていて、それどころか侮蔑すら含まれているのが分かる。
俺は敢えてその人の視界に立ったまま、さっきの兵士を待った。
「ゼシカっ!」
「は?」
何だこれは。まるで敵を見つけたかのような形相で勢い良く突っ込んでくる。俺は躊躇わずよけた。しかし、弾丸はそれを見越して軌道を変え、俺は壁に打ち付けられた。
「し、死ぬだろ! 馬鹿なんですかっ!?」
「……ヴィクトルが」
「え?」
「ヴィクトルが、ロテリアに」
この喧しい猫の、こんな表情は初めて見たかもしれない。
取り敢えず抱きついてきた猫は引きはがして、俺はハーフエルフの兵士を見た。
「嘘、だろ……」
彼もまた苦い顔で、俺を見ていた。
×××××
身分証はライラックが持っていて、俺はそのまま城内に入ることが出来た。そこで俺は詳しい話を聞いた。
信じられない。
あの先輩が、守るためだとしてもロテリアの捕虜になるなんて。一騎当千の戦士だと思ったのに、相手はそれを上回るというのか。
「戦場に、出るなと言われた。だけど、無理に決まってる」
彼が向こうにいるのなら、暗殺は無しになるのは分かる。俺はそのまま殺すべきだったのだろうけれど。
「ゼシカさんと自分は、師団に入ることになっています」
「師団?」
「ロテリアが、新兵器を生み出したとの情報があります。魔術師ならば対抗できるだろうと」
「馬鹿だよなぁ。魔術と機械技術じゃ比べ物にならない」
ライラックは吐き出すように言い捨てた。確かに、機械にエルフの魔術も組み合わせてきたら、半端な力ではどうにもならないと、思う。
俺の銃は、ロテリア製の改造銃だ。並の魔術なら貫けるのは分かっている。魔術の種類には寄るけれど、魔術も最上級のものを使うしかない。それこそ、時間と人を掛けて陣魔術を使うくらいにはしなければ、無理だ。
「無謀ですね。誰かが成功すればいいと思っているのですか」
「それは……」
彼は、近くにあった袋を俺に手渡してきた。その中には紙の束や、軍服、弾丸、筆記用のペン。
紙の束には、大量の名前が記されていた。
軍服は、前のものより階級が上のものだった。
弾丸は、一つ一つに魔法陣が無数に彫り込んである。どれか残れば威力が発揮するのだろう。
ペンは言うまでもない。陣魔術師の俺のための物。
「あなたが、成功すれば良いのです」
「はい? 俺って、ずっといなくて生きているかも分からなかったんですよ?」
「捜索隊が出ていました。ライラックさんがどこに連れていったか教えてくださらないので」
「ふざけているんですか」
すると、温和そうな彼の表情が歪んだ。それは、怒りのような、憎しみのような、嫉妬のような。
「俺だって、あなたの盾になりたくない」
その一言が、全てを教えてくれた。
それが、俺に突き刺さる。
怖くなった。
この手に、この背に、この紙束に書かれた名前すべてが、重荷となって、枷となって、俺を縛り繋ぐ。
「どうして……、俺、なんですか」
すると、嘲笑うかのように口元を歪ませて、彼は言った。
「あなたは、人を殺すのに相応しいんですよ」
そうだよ。俺の手は、いや全身は血で染まっている。
××××××
背中に彫られた大きな魔方陣は、荒っぽい俺の魔力を練り合わせる為のものだ。
これが無ければ自由勝手気ままに暴れて制御なんてできやしない。
あのおっさんが、話したらしい。
この陣は、他人の魔力までも制御できると。
「反吐が出る」
「それは俺のほうだぞっ! なんであんたなんか守らなきゃならないんだよ!!」
「知りませんよ。嫌ならどっか言ってくださいよ。猫ちゃん」
いつも通りの彼の態度は、実はホッとする。
俺たちは最後の砦を背に、背水の陣を決め込むことになった。文字通り、後ろは水、大きな川がある。
今は準備中だ。正直もう、逃げたい。みんなの視線が痛い。
「そこから南東方向に行くと、大地に巨大な魔方陣が掘りこんである。魔術師団はそこを目指し、そこで魔術を待機。合図後に、そっちに新兵器を連れてくから撃破だ」
「つまり、それまで俺は死ななければいいんですか」
「そうだ。他は魔力を出来るだけ多く魔方陣に送り込め」
俺は、何処にいるのだろう。そして、どこに行くのだろう。
これは、夢ではないのか。
伝わってくる。何故、こんな魔術の下手な奴を守らなければいけないのか、と。
「では、時間までに準備しておけ」
噂があった。皇族を見捨てれば、ロテリアの戦闘行為は中止し、シャルル帝国をロテリア王国の属国とする。それだけで済むと、軍の中ではそれが広がっている。
今更、降伏したって遅い気もする。もし皇族を差し出したとして、その場合軍の上層部は死刑だろうし、シャルル軍で多くの戦果を得たものも然り。
「ゼシカ」
「何だ、まだ居たのですか」
「う、うるさい! いや、あの、さ、この戦い……」
ここでは言いにくいのだろう。いや、言うべきではない。
「分かってますよ」
ライラックの瞳に影が差した。それはあまりにも相応しくなくて、どこか気分が悪い。
この戦いは、どう足掻いてもシャルルに勝利はない。その事実は、軍の士気にも影響していた。
「俺は、あんたを守るよ」
「結構です」
「なんだよ。良いんだよ。俺はヴィクトルが、ジノと引き換えにしてまで守ったあんたを守る。それはあんたのためじゃない」
俺はきっと、戦争が終わると共に死ぬと思う。こんなにも、多くの人に助けられ、多くの人を殺した俺は、死んだ方がいい。
××××××
目の前の城は、ロテリアのものとは違って、綺麗だった。
「わ、私はどうすればいいんですか」
彼は近くのベンチに座ると、私にも座るように促した。こんなところで計画を話すのもどうかとは思うけど。
戦争中で、軍はぴりぴりしていて、負けかけているのに、この帝都は楽しげな雰囲気に包まれていた。
「君は僕についてくれば大丈夫です」
彼は笑って、それから作戦の話をした。話を聞く限り、到底無理な話だったが、この国が内部から崩壊しているというのなら可能性はある。
私は、本当にこれでいいのだろうか。
彼はフードの中からちらちら見える赤髪を隠しながら立ち上がる。
私の仕事は、この城での異変に気づいた人達を足止めすること。
彼は言った。これで戦争は終わる。これ以上は死なないと。
ただ最後の戦いが始まった後の混乱に乗じるため、多少は犠牲が強いられるらしい。
私たちは合図があるまで、この辺りで待機らしい。城が近いだけあって、人が多い。
声が、聞こえる。たくさんの、声。
私が殺した、たくさんの声。
恐怖は風化して、今は罪悪感と焦燥感が私を包んでいた。




