14.切り札の魔方陣
最後の防衛戦へ、城からの援軍が合流した。橋向こうの砦には既に多くの兵士が待機しており、溢れたものは辺りに点々としている簡易兵舎のテントで寝泊まりしている。兵士たちは疲れきっていた。
俺は後方からあの日の戦地へ行くための準備をしている。
「あそこは今、死体の山らしいよ」
「だから敵兵も少ないね」
「仲間もいねーけど」
「ゼシカさんは、大丈夫ですか」
俺を心配しているのではない。俺が彼の命にかかってくるからしっかりしておけと言われているのだ。
仕方なく、軽く頷いておいた。
「でも、背中に魔方陣あるなんて知らなかったぞ」
「言いませんでしたから。魔術を発動する魔方陣ではありませんし」
だから、それを利用する手に出るとは考えていなかった。一応魔方陣の検査はして、ずれているところは修正した。
だから今、結構背中が痛い。
「しっかりしてくれよ? 全くお前みたいな化物がいて助かったわ」
慣れきってしまった、言葉。
みんな、戦争で心もすり減っているのだ。途中逃げた俺が、どうこう言える資格はない。
既にロテリア兵は間近まで迫っているらしい。
俺たちは敵が来る前に、南東へ向かって出発した。みんなのいる砦より敵地に近い。目的地に近付くにつれて、人の数も減っていく。
そしてたどり着いた、俺が仲間に刺された場所。
「嫌な臭い」
大地がこげたように、魔方陣が描かれていた。今からこれに欠陥がないか確認をして、それから魔力を溜めていくことになっている。
ここからはシャルル軍の面倒な気質が役に立つ。一人ひとりに分担された役割を機械的に行っていく。ハプニングさえなければ、シャルルの兵士は本当に効率よく動く。
「ゼシカ、そろそろだぞ。準備だ」
「分かってますが」
多くの人の魔力を一人で背負い、制御しなくてはならない。身体にどんな不備が出るか分かったものではなかった。
五体満足では、戻れないかもしれない。
自分の魔力でさえ、魔術を使えば体にかかる負荷が大き過ぎるのだから。
「せめて、あんたは守るよ」
「そりゃどうも」
しつこい。
どいつもこいつもしつこい。
だけど、気に食わない奴らも沢山いるけど、こいつらとならやっていけるって、そう思ったから、俺は裏切れない。
この猫だって、そうだ。
「生きて帰ろう、なんて言わねえからな!」
「そうですね、俺なんて戦場で生き残っていたのが奇跡ですし」
「だから、生き残った方が、弔う」
「両方だったら?」
「諦めるしかねーだろ」
俺は火葬な、とライラックは言った。
前向きなのか、後ろ向きなのか、わかったものではない。
ライラックは、いつものような生意気面で、不敵な表情で、力強い声音で、俺の前にいた。
不安で潰れそうに、体がぎちぎちに悲鳴をあげて、掻きむしりたくなるほど震えている。
歯を噛み締め過ぎて、顎ががくがくする。
「修復完了。本陣からも合図があった」
「わかりました」
そしてこの戦場に散らばった同志たちは、一斉に魔力を放出し始めた。
魔方陣に力が集まる。それと比例して俺にも負荷がかかり始めた。まるで俺自身が魔方陣になったかのようだ。
「知ってますか?」
「何をだよ」
「この魔方陣は、昔、使われたものらしいです。シャルル人がこの土地に侵攻したときの」
「へえ、じゃあ相当古いのか」
「相当です。陣魔術も普通に使われていた頃のものですから」
だからなんだ、と言う会話を続けた。どうしてあまり話をしなかったのだろうと思うぐらい、ライラックとの会話はつまらなくはなかった。
むしろ、嫌なことに論点が似通っていた。
「残念ながら……俺たち、似てますね」
「最悪だ」
「同感、です」
×××××
城の中は警備が手薄だった。いや、そうではなくてただ隙が多かっただけとも言えるけれど。
ロテリアの工作員が多くいた。
つまり、私の仲間がいる。
「アリスティさん、ここで見張り」
「了解です」
ここに来るまでに、もう三人の皇族が命を刈られている。多すぎる。どうやら城にいない皇族は先に葬ってきたという。
彼は、強かった。
城内と言う、本来なら皇族を守る親衛か何かがいてもおかしくないような場所に置いても、この男は強かった。
この人は、私の仲間を多く殺している。
「残りは、皇帝とそのすぐ下の兄弟、皇帝の子供が二人残っとる」
復讐、と言う言葉が頭を掠め、消えた。私には、それをする資格も何もない。
それなら私がゼシカを殺さなかったのも、彼が私を殺さなかったのもおかしい。
つかの間の一人の時間。
耳を塞いで雪の中に埋もれたように、辺りがぼやけて曖昧な感じ。もし、ここで敵が来たら私はそれをいつものように、生きていないものにしなくてはいけない。
「私は、間違ってない」
大丈夫、大丈夫。
言い聞かせる度に不安になる。どれが大丈夫で、どれが駄目なのか。
囁くような物音さえ聞こえなくなって、彼は出てきた。最後の部屋に向かう。皇帝の間だ。
「残りは皇帝とその末の双子」
私たちは階段を駆けた。まだ騒ぎにはなっていないが、そろそろ誰かが気づく頃だ。
そんなことをしたら皇帝が逃げてしまう。逃げるまでもなく私たちが狩られるかもしれないけれど。
扉の前には、護衛らしき人影があった。腰に提げているのは長めの剣。私たちのほうが間合いが長く有利だ。
しかも、怪我をしているようだ。腕を吊っている。
「どうして」
私の言葉ではなかった。
その弱々しい声は、英雄のように強い彼のものだった。
「なんで、ここに」
「もしかしたら来るかなって、思ってた。君、優しすぎるから」
扉の前の彼女は微笑むと、片腕で器用に少し長い得物を引き抜いた。
「約束したから、例え君でも邪魔はさせない」
揺るがない彼は、まるで杭を打ち付けられたかのように動かなくなった。
顔が青ざめている。大切な人が、人質に捕られたみたいな表情。
しかし、一瞬でそれは消えた。
「僕が彼女を押さえる。君は中に入れ」
彼の纏うオーラが変わった。
私は彼に一瞬遅れて走り出す。銀閃が煌めき、金物の甲高い音が響く横を駆け抜けた。
彼女の叫ぶ声が突き刺さる。
彼の怒鳴る声が背を押す。
大きな扉に全身でぶつかる。
「え」
扉は私を拒むことなく、余りにも呆気なく開き、勢い余った私はその場に落ちた。
そして、赤を見た。
××××××
体の痛みが慢性化して、怠さと感じ始めた頃。俺は空を見上げた。
空は晴れきってはいないものの、雲の隙間から覗く青は綺麗だ。
「まだ、敵には見つかっていないみたいだな」
「魔方陣で撃てる魔術の回数は?」
「だからあんたが調整するしかねーよ」
無茶苦茶だ。指の先まで痺れている。話すのも億劫だったりする。
アリスティは、まだ待機してるのだろうか。それとも誰かと合流したのだろうか。
もし、泣いているなら、側にいられない事が悔やまれる。
彼女の泣き顔が好きだ。
俺の前でいつも泣いてくれればいいし、他の奴の前で泣くのは許せない。
「なんだ、あれ」
ライラックの指差した方を向く。それに釣られた周りの仲間も、それを見た。
空を見上げた。
雲の隙間から覗く、吸い込まれそうな程に遠い空の青を裂く、光る何かと細長い雲。
「あれが雲を吐いているのか?」
「あれは……」
知っている気がする。どこかで聞いた話にあったような気がする。
嫌な予感がした。
空に浮く何かから、光が零れ墜ちた。
「え?」
それは地に堕ちて爆発した。大きな音が岩を反響する。
「新兵器」
辺りがざわついた。
空飛ぶものが自分達の標的だとは聞いていない。あんなものを喰らったら魔方陣もろとも粉々だろ、と。
正直、あの戦場にいなくてよかったと思っている。そして、向こうの仲間はいずれあの光を堕とす新兵器をこっちに誘導してくるはずだ。
誘導、どのようにするのだろう。
「……ライラック」
「な、なんだよっ」
「前の戦いで、地面が焦げてますよね。魔方陣の形に」
「それがどうしたんだ」
「多分あれ、俺たちが見えてる」
「え……」
地上からでは地形によって隠されているここは、障害物ひとつない天には見えているはずだ。俺たちからあれが見えているように、向こうからも。
あれが、絶対的な自信を持って俺たちを蹴散らしに来ない限り、ここに来ることはない。
俺たちがするべきことは、魔方陣を再び隠すことだったのかもしれない。




