12.あの子の伝言
ギルドに戻ると、妙に騒がしかった。
あるものは傭兵時代の武器を持ち出せていたり、あるものは食料を運ぶ準備中。
以来も殺到しているみたいだ。
「これは……」
「どうやら、相手側はクライマックスを決め込むみたいだね」
「……まさか、行くとは言いませんよね?」
「まさか。あれは何かの兵器だ。あんな物が出てくる戦場には行かないさ」
「無ければ行ったんですか」
「うん」
「ふざけないでください」
恐らく、乗り物であることは分かったが、それ以外は未知だ。ロテリア王国の事だ。機械なのだろうが、シャルルの、しかもそういうものに縁が無い俺には全くだ。
ゼシカなら、何かわかるだろうか。いや、彼も拳銃くらいしか分からないだろう。それくらいなら俺も知識はある。
メリアちゃんは依頼達成の報告と、ついでに矢の補充に行った。ここでは矢のストックだけは馬鹿みたいに多くある。エルフの住む場所が近く、ここにも多くいるからだろう。
「なあ、知ってるか」
「何が?」
同僚の青年が急に話しかけてくる。確か、同時期に入った奴。メリアちゃんにちょっかいを出すからこいつは苦手だ。
「皇族を殺せば、ロテリアの属国として存在を許されるらしいぜ」
「あくまで属国? ロテリアには不利じゃん」
「んー、ロテリアって妙に広いだろ? 多分、管理が大変なんだ」
つまりシャルルを管理する奴らをロテリアが管理する。属国というか、一つの都市のようだ。
この噂を聞いて、これから帝都は出入りが制限すると思われる。皇帝の首の代わりに属国という終戦を欲するもの、ロテリア側につくだろう傭兵たち。シャルル軍は多分必死に戦うが、持久戦は不利なのが帝国だ。
「じゃあ、俺はメリアちゃんとロテリア王国にでも逃げよっかな」
「え? 俺と一緒にロテリアの傭兵やろうぜ」
「嫌だよ。メリアちゃんに半殺される」
もしくは青き森辺りに匿ってもらうのもいいかも知れない。メリアちゃんの親戚はいるだろうから気まずいが、ある意味最強の中立地帯。シャルルとロテリアの境にある白き森とは違ってそう目を付けられたりしないだろうし、定まった家を持たず、森のある範囲を点々としているため、見つかりにくい。
メリアちゃんは嫌がるだろうけれど。
××××××
帝都リルマス。シャルル帝国最大の城塞都市だ。
入るのは、俺がいることでそう困難ではなかった。どうやらシャルル軍の一部が都市内に配属されているらしい。実はその中に俺の名前もあったのだ。
「まさか、こうもあっさりと」
「流石に私は止められるかと思った」
絶対に間者が入り込んでいるだろう、これでは。
俺たちは歩き回った末、外壁近くの宿に泊まることにした。ここらでは一番安いのだ。
アリスティは何日かぶりのベッドに倒れ込んでため息をついていた。俺もそうしたいのは山々だが、生憎今、体が汚い。先に体を洗いたい。アリスティも同じ筈なのだが、仕方がない。
「先に体を綺麗にしてくださいよ。シーツが汚れる」
「う、うん……、そうだね! 確か一階にあったよね」
「そうですね」
「ついて来て」
「嫌です」
「……暴れ回るよ」
「止めてください」
街は賑やかだった。人の声が飛び交っている。部屋にいても当たり前だが届く。
アリスティの変化には気が付いていた。帝都に近付くにつれて、緊張が体中を走っていた。時折殺気立っていたようにも思う。
この宿まで、俺は彼女の手を引いてきた。しかし全くときめくような余裕もなかった。まるで獣を鎖で繋いでいるような気分だった。
「ゼシカ」
「何ですか」
「軍に、戻るの」
「そうですね。そのつもりですが」
そのためにここまで来た。目的地は隣町のアスパティ市だったけれど。
上体を起こした彼女は、髪を触るように手を持っていき、苦笑した。今、髪は短いのだから、弄る髪が無かったのだろう。本当に勿体無い。どうして切り落としてしまったのだろう。彼女の褒められる数少ないものの一つだったというのに。
「じゃあ、今日はたくさん話しようよ」
「何故?」
「別に、今日行かなくちゃいけないわけでは無いんだよね」
「まあ、いいですよ。最後ですし」
「…………」
アリスティは俺を睨みつけると、近くの枕を顔面に投げつけてきた。勿論避けた。
××××××
ベッドに腰掛けて、いろいろ話をした。アリスティは、ロテリアの首都にはケーキの美味しい喫茶店がある、初めて女の子の友達が出来た、自分は副団長だ、とか。俺も、一緒にいた友達の話、エミルに会ったこと、学園の訓練が厳しいこと、など。
彼女は楽しそうに聞き、嬉しそうに話した。
俺は、敢えてベル・マコラの話はしなかった。アリスティが話そうと思ったとき、俺も話そうと思ったから。ずるずると見せかけの幸せまがいを引きずって、ずっと話をした。
「ゼシカ、変わったね」
「そうですか?」
「うん、なんかお喋り? になった」
「……あなたに合わせてるんですけど」
話過ぎて、舌が回りにくい。アリスティは疲れたのか、ベッドに寝転んだ。
静かになった。気まずくはない。覚悟がいるなら、待つだけだ。彼女が話さなければ、始まりも終わりもない。
「私がまだ、初めて戦場出て、あまり経っていなかった頃、第一防衛線を越えて、国境付近の町とか村に攻め込んだ」
村を離れて、一年ほど経った頃の話だ。
俺はただ無気力に、ドアを眺めている。あの家も、この部屋と似た、木でできた天井とドアと床だった。
「私は、今の仲間たちの一部、まだ兵団にはなっていなかったけど、先陣切って一番近い村に行った」
蜂蜜色の村が、そして赤く染まったのだろう。想像は出来ないけれど、理解はできた。
隣でもぞもぞと音がして、アリスティが起き上がった。
「ゼシカ」
「何ですか」
彼女を見下ろす。一瞬、俺を見るその瞳に恐怖が写ったが、すぐ消えた。
「ベル・マコラからの伝言」
怖い。聞きたくない。
あの子がどうなったのか知るのも、それをアリスティから聞くのも、その後俺が何を思うのかも、全て恐ろしい。
「……どうぞ」
口は、逆の事を言った。
聞きたくないけれど、俺は聞く義務がある。優しいあの子の最期の願いだというのならば、俺は、叶えなければならない。
「『本当に、綺麗な髪だった。あなたの会いたかった人。会えてよかった。あなたにも、あなたの会いたかった人にも。最後に、短い間だったけど、……』」
「何ですか」
アリスティは顔を真っ赤にして、泣きそうになった。そのまま泣けばいいのに。
何度も復唱したのだろう。所々言いよどむが、紛れもないあの子の言葉だった。
「わ、『私は、あなたに恋をしたよ』」
「…………」
女の子というのは、総じて残酷極まりない。
アリスティは、えぐえぐ言いながら涙を拭って、呟いた。
「私は、自分が、恥ずかしいんだよ……、君を好きな子を、殺して……! 私は君と話して、楽しくなって、……少しでも幸せだって、思ったのが……!」
「アリスティ」
「わたっ、私がっ! 殺したの、私が殺したの! 矢で射て、最後はナイフで殺したの! 私が! 私が!」
「アリスティ!」
「ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさい。私は、恩人を殺した。ゼシカの大切な人を殺して、たくさん殺して、私はそれでも、守りたくて、でも、殺して、それでもまだっ」
アリスティは自己犠牲なタイプの、人を射て気絶させただけで動転する子だった。エルフらしく、狩りは好んでいたけれど、人を殺すのに恐怖を抱いていたはずだ。
「もういい、落ち着いてください」
「ごめんなさい」
「いいですか、俺もあなたの仲間たちをたくさん殺している。中にはあなたの助太刀した人や、食事を共にした人だっていた筈です。それを、俺は分かっていて殺した」
許しはいらない。いや、許しを求めてはいけない。当たり前だ、俺は反省などしていない。今でさえ、大量殺人の兵器として再び戦場に出ようとしている。
俺は、壊れていない。つまり、殺しもまんざらでもない、ということか。
最低だ。
「大丈夫。俺と一緒だから」
そんな俺が、遥かに罪深い。彼女を俺の場所まで堕とそうとしている。
今に、天罰がくだる。
だから、ひとときだけでも夢を見ていたい。




