2.学園一の男
思った通り二年生になっても、何が変わるわけでもなかった。
寮を出て、教室に行き、午前中の座学、午後の訓練。もちろん授業の内容は変わってくるが、行動原理は変わらない。
「ざまあみろっ」
はずだった。
あれから数日後の朝、いつもより遅れて教室に入ると、あの席は、奴に奪われていた。
俺を見て、にやにやと笑っている。
「…………」
「な、なんだよ! やるか!?」
俺が黙ったまま見下ろしていると、狼狽えたのか、笑いを引っ込め、尻尾の毛を逆立てて俺を威嚇する。
だがあまり威力はない。
片腹痛い。
猫の頭に本の角を振り下ろし、嘲笑ってやった。
喧嘩を売ってきたのだ。覚悟は出来ていると判断する。
奴の頭に振り下ろした本の角を払い、机に置く。遠巻きに俺たちを眺めていたクラスメイトが小さくざわめいていた。
(視線がうるさい)
俺は、教室の隅で目立たず一人でいたいだけなのに、何故こうなるのだろうか。
ライラックは、涙目で頭を押さえて俺を見上げた。
「勝負だからなっ」
釘を打ってくる彼に、溜息を吐く。
しつこい上に耳障りな声だ。
俺はメモ帳を取り出すと、文字を殴り書いた。
『喧嘩は買いました。午後、先生に頼めばいい』
目立ちたくはないが、喧嘩を売られて買わないなどという選択肢は、持ち合わせていない。
「吠え面かくなよっ」
いちいち気に障る奴だな。
俺は机を手のひらで叩く。ライラックの毛が再び逆立った。
「な……何だよぉ……」
あまりにも情けない表情に、口角が上がった。
俺は彼の目の前まで顔を近づけた。
「……」
馬鹿が、と口の動きだけで伝える。伝わったらしく、ライラックは頬をひきつらせて笑う。
「それはあんただろ」
(俺が、馬鹿だって?)
戯れ言もいい加減にしてもらいたい。
ふと辺りを見回すと、どんよりした空気の中で、どうやら俺たちは、視線で火花を散らし、この教室に何ともいえない空気を充満させてしまったようだ。
「……」
「いつまで俺の目の前にいるんだよっ。今日は俺の席だからな!」
何故俺は、どう見ても年下の奴と言い争っているのだろうか。何故、と言いつつ理由は分かっているけれど、以前の俺なら流してしまっただろうに。
俺は机の上に置いた本を持ち、空いている席を探すことにした。
この後、前の席しか空いていなかったことも、ライラックに向ける怒りに油を注いだ。
××××××
第一防衛ラインが突破され、約一週間。音沙汰もなかったロテリアから、使者が来たらしい。
これは、エミルからの情報だ。皇族の友達がいる彼女は、ある意味良い情報源だったりする。
ロテリアは、シャルルに降伏を要求してきたらしい。
条件は、武力放棄、上層部の軍人と皇帝の処刑、シャルルの土地の資源、西大陸との貿易権。
つまり、ロテリアの従属国になれという事だ。
「次の時間だろ。お前らの決闘」
考え事をしながら、昼食のパンをかじっていると、誰かが声をかけてきた。
「……」
クラスメートのようだ。悪いが、名前は覚えてない。正直、どちらかと言えば、興味もなかったから名前と顔が一致してない、というのが正解だが。
「そう睨むなって。あの問題児と、正面からやり合おうだなんて奴、初めて見たからな。応援しにきた」
(応援……ね)
結局は、他人事なのだ。
こいつも、俺も。
猶予期間は、半年。
つまりシャルルは、返答を引き伸ばせば、その間に戦争の準備ができる。そしてこの半年で、ロテリアも何かしらの準備を済ませるだろう、というのがシャルルの考えだ。
逆に、何かの準備をする為には、半年の猶予が欲しい、と言うことなのだろう。
俺的には、それが分かっているなら、早く行動に移せばいいと思うけれど、残念ながら、今のシャルルに戦争を始める支度は整っていないそうだ。
ならば、降伏すればいい。
シャルル人としては、してはいけない思考だが、見たことのない人たちよりも、国境近くにいる、ソズの村人や、ベルが心配だ。
「ただ、あの猫、かなり強いから気をつけろよ。去年、年下の奴にかなう奴は、クラスにはいなかったよ」
俺はメモ帳を取り出すと、このクラスメートに突きつけた。
『助言は有り難く受け取っておきます。しかし、俺も弱くはないので、侮らないでいただきたい』
「あ、いや……馬鹿にはしてない、んだけどなぁ……」
戦争が始まれば、この、人の良さそうな少年も、戦場に強制出兵させられる。この状況でへらへらしている彼らを見るのは、妙に苛々させられ、虚しさが胸に詰まるようだった。
俺は立ち上がると、パンの包み紙を丸めてゴミ箱に放り込んだ。
「もう行くのか?」
「……」
その問いに頷き、食堂を離れる。声の出ない俺は魔術が使えない。
陣魔術は、戦いには使えないだろう。
「ライラックは、本当に強いからな。あいつの本気は多分、誰も見たことがない」
彼が嘘をついてるとは思えない。
それでも、あの猫が武器を振るう様子が思い浮かべられなかった。
××××××
「本当に大丈夫か?」
先生に、試合を頼みに行くと第一声はそれだった。ここに来るまでに何度も言われ、流石に飽きた言葉だ。
「適う適わない以前に、銃使いのお前が戦うような相手じゃないぞ」
銃使いは、主にサポート役だ。しかもシャルルでは魔術師が多いからマイナー過ぎる。
元使用人の俺が一年少しで身に付けた体術など、通用するとは思ってはいない。
「無理はするなよ」
(それは無理な相談ですね。先生)
エルフの中では体格の良かった俺も、人間の中では、並みか少し良いくらいだ。
逆に半獣は、バランス良く筋肉が付き、それぞれに特化した能力を持つ。
おそらくライラックは、敏捷性。下手したら、弾丸も当たらず間を詰められる可能性もある。そしたら後は、銃拳術用の銃が、どこまで頑丈なのかに頼るしかない。
「準備は良いのかよ。かっこつけ野郎」
「…………」
空気に着火しろと言わんばかりに、睨みつけ、向こうも睨んでくるから、火花の幻覚が見えるようだった。
「し、試合場で火花散らしてくれ。周りが怖がっているんだが」
見ると、少し離れたところで俺たちを眺める人たちがいた。顔をひきつらせる者もいれば、面白そうに見てくる奴もいる。しかし皆、一様に目が合うと逸らされる。
俺は、そうやって眺めてくる野次馬根性をバキバキにへし折りたい気持ちを持て余しつつ、ライラックにぶつけようと結論づけた。
試合場は、静まり返っていた。屋外なだけあって、下は地面、上は空。ただ周りを壁で覆われているのは、流れ弾が外に行かないようにする為だ。
「先生、始めても良いですか?」
しかし、静かなはずのここには、先客がいた。
赤い髪の男。
(ヘンリーっ!?)
アリスティと戦場にいたと言う男。
生かしておいてはならない。奴は全てを、壊す力がある。
(……殺さないと)
殺さないと、殺さないと。
思考回路が繰り返し繰り返し、ショートしたように、単語を並べる。
体が熱を持ち、息苦しくなる。反比例して、心は冷めていった。
彼が、俺を見た気がした。瞬間、何も感じなくなった。
俺は、ホルスターに手をかけた。
「たっ、黄昏っ!?」
(……黄昏?)
しかし結局、銃を取り出すことはなかった。
ライラックを見れば、同じように赤髪を見ているのが分かる。
(人違い、なのか……?)
確かに持っている槍は、あの時持っていた物より長いし、デザインも違うようだった。
「あぁ、彼はヴィクトル君だね」
後から送れてきた先生が言った。やはり別人らしい。
そうは見えないけれど。
「ヴィクトル・タウフェニス。実技の首席だ。この学園で彼に適う者はいないと思っても良いだろうな。ちなみに三年生」
どいつもこいつも、強い強いと言われやがって腹が立つ。だが、“この学園”での話だ。やはりヘンリーは強いだろうし、きっと実力の半分も出してはいなかった。
まずは、学園一の男を倒せる実力が必要だろう。
(……タウフェニス?)
やはり、奴は敵かも知れない。
まずはあの男が何者かを知る必要があるようだ。
××××××
試合開始の合図の瞬間、五人は赤髪の周りを囲んだ。
そしてそのうち二人が切りかかる。鋭い技だったのは、俺にも伝わってきた。きっと彼らは、赤髪と同じく三年生だろう。
「はぁああっ!」
反動を付けた赤髪が、自らの体を軸に半回転し、二人を力任せに吹っ飛ばす。
「が……っ」
「やばっ……」
すぐさまバランスを崩した赤髪に三人が技を仕掛ける。だが、タイミングが合っていない。
先に彼にたどり着いた方の先輩は、水平切りを繰り出していた。
「あれ?」
しかし剣は空を切り、彼はしゃがみ込んだ赤髪に足を払われ転倒。
単純な動きではある。
予想だって易いだろうが、彼は無駄がないように感じた。
続いて、足払いを警戒したのか切り下ろした先輩もまた、空を切っている。
次の瞬間、棒高跳びの要領で宙にいた赤髪に、かかとを脳天に叩き込まれ撃沈。
「いったそ……」
今のは大いに賛成する。
しかし、ライラックは俺を睨み上げ、自らの頭を抑えた。
訳が分からない。
「ヴィクトルっ!」
慌てて視線を戻せば残りは二人だった。一人は勿論赤髪、ヴィクトルだ。
そしてもう一人は、女子だった。
「また、イリーナと一騎打ちかぁ」
「いつも一瞬で終わらせる癖に」
「僕は君に手加減はしないさ」
イリーナと呼ばれた女の先輩は、長めの剣を持っていた。
二人はじりじりと近寄っていく。
「は……っ!」
「やっ……!」
互いの切っ先が、互いの喉に吸い込まれるように突き出された。
その瞬間まで、彼らは対等だった。
「……」
しかし、弾かれた長剣はヴィクトルの顔の横を少し掠めただけだった。彼女の喉には、ピタッと槍が突きつけられていた。
「私は、突ききって弾かれたのに……、ヴィクトルはまだ、前に踏み出しただけだなんてなぁ……」
ヴィクトルは、槍を彼女から引き、微笑んだ。
強いなと、思った。
彼がとても、輝いて見えた。




