断章.チーズケーキの思い出
昼の訓練の後、私とヘルガは外出許可を取って、レーメブルクの町に出た。
何故かヘンリーも一緒に。
「ロイゼンとルドニークに頼まれた。ケーキが欲しいらしい」
「あんたね、私らに頼めば良いじゃん」
「……」
私を見て、不満げなヘンリー。どう見ても私の監視に駆り出されたようだ。
別に逃げないのにな。
「で、アリスティは何にする?」
「どれもおいしそうだよなぁ……」
「ショートケーキとモンブランをテイクアウトで」
ケーキは勿論、コーヒー、紅茶の種類も豊富で、目移りしてしまう。
ゼシカだったら、何を頼むだろうか。
「私も、モンブラン。食べてくけど。アリスティは?」
「……チーズケーキ」
あれによく似ていた。
ゼシカが、作って食べていた、あの小さなチーズケーキ。
「あの、お客様は……」
「テイクアウトで」
「テイクアウトのみというのは……」
「ルドニーク・オーティアとロイゼン・ウィンドミルへの土産だ」
時の権力者の名前をだすとか、人が悪すぎる。
可哀想な店員さんは顔が真っ青だ。
「彼はコーヒーで」
仕方がないので、私は店員さんに助け船を出した。
××××××
あの時、私が彼の部屋に行くと、お菓子を食べていた。
小さなケーキだ。
「それは?」
「試作で作ったチーズケーキです」
試作にしては、きっちり作ってあった。ゼシカはお菓子も作れるのか、と思ったのを覚えている。
「あ、あの……それ、ちょうだい」
「……何故どもっているのかは知りませんが、まぁ良いですよ」
ため息を吐いたゼシカは、フォークでケーキを一口大に切ると、そのまま刺して私の口元に差し出した。
「え?」
「食べないんですか」
そんな事言われても、ゼシカの使ったフォークだから。
私だって気にする類の人ではないけれど、流石にゼシカだと、気になるのは仕方ない。
つんつん、とケーキで私の唇をつついたゼシカは、微かに顔をしかめていた。
「どうしましたか。腕がつります」
「でも、これだとっ」
ゼシカは変なところで、鈍感だ。
賢い方ではあると思うけれど、まるで分かってくれない。
「何ですか」
「……か……間接、キス……に」
「……関節? この傷ですか」
「傷?」
見ると、確かにゼシカの指の関節辺りに小さな傷があった。
「森に行ったときに、植物でひっかいたんです」
結局、ゼシカはあの傷に、薬を塗ったのだろうか。
「……」
「ともかく、口を開けてください。食べないならねじ込みます。疲れたんで」
「た、食べるからっ……」
私は極力フォークに触れないようにしてケーキを食べた。
思っていたより、甘さ控えめだった。
「どうしたんですか」
「美味しい」
「……ん? もしかして」
ゼシカは私を見て呟いた。
「関節に傷、ではなく、間接キスと言ったんですね」
「……」
せっかく忘れようとしたのに。
顔がみるみる熱くなっていくのを、真顔でゼシカが見つめるから、余計に熱が集まって、軽くパニックになった。
「でしたら、メリアともお父様とも、他の使用人とも、間接キスしてますよね?」
ゼシカからもっともなご意見を頂戴しました。
だが、そういう問題ではない。
「そうだよ。……ゼシカだって言うのが、問題なんだ」
「あなたは、俺だから赤くなるんですか。……へぇ」
ゼシカは、ニヤリと笑った。たまに見せる、ある意味本当の笑顔。
私は、意外とその笑みも好きだった。
詰まるところ、彼が好きだから、どんな表情も素敵に見えてしまうわけで。
「うっ、うるさい!」
「うるさい? 別に、意外と可愛いとこあるなと思っただけですが」
後にも先にも、ゼシカに可愛いと言われたのは、これきりだったと思う。
××××××
「アリスティ?」
「…………」
「食べないの?」
「た、食べるよっ!」
思い出に浸りすぎたらしい。私は一口大にチーズケーキを切り、口に入れた。
「……甘い」
予想以上に甘い。
ゼシカが、私のチーズケーキの甘さ基準を下げたんだ。
「そう? 普通じゃん」
私のチーズケーキを一口食べたヘルガは、そう呟く。
「え? あ、普通だと思うよ。前に食べたやつはもっと甘くなくて」
「甘くないとやだなぁ」
遠慮なく言うヘルガに、私は笑みを浮かべる。
確かに、甘くなくて、でもあれがゼシカの味だったんだ。
「……俺は戻る」
「見張らなくていいの?」
「もう、必要もないだろう」
ゼシカを過去にしようとしているのが、伝わってしまったようで。
私の想いはこの程度だったのかな。
心を凍り付かせて、この思いも、風化させずに綺麗に残せたらいいのに。
「何、ぼーっとしてるの。男?」
「なっ、ち、違うっ!」
勘の鋭い奴め。
仕返し、と言わんばかりに、彼女のモンブランをごっそり頂いてやった。




