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無音の魔術師  作者: 芹沢桐花
第二章 学園
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断章.チーズケーキの思い出

 昼の訓練の後、私とヘルガは外出許可を取って、レーメブルクの町に出た。

 何故かヘンリーも一緒に。

「ロイゼンとルドニークに頼まれた。ケーキが欲しいらしい」

「あんたね、私らに頼めば良いじゃん」

「……」

 私を見て、不満げなヘンリー。どう見ても私の監視に駆り出されたようだ。

 別に逃げないのにな。

「で、アリスティは何にする?」

「どれもおいしそうだよなぁ……」

「ショートケーキとモンブランをテイクアウトで」

 ケーキは勿論、コーヒー、紅茶の種類も豊富で、目移りしてしまう。

 ゼシカだったら、何を頼むだろうか。

「私も、モンブラン。食べてくけど。アリスティは?」


「……チーズケーキ」


 あれによく似ていた。

 ゼシカが、作って食べていた、あの小さなチーズケーキ。

「あの、お客様は……」

「テイクアウトで」

「テイクアウトのみというのは……」

「ルドニーク・オーティアとロイゼン・ウィンドミルへの土産だ」

 時の権力者の名前をだすとか、人が悪すぎる。

 可哀想な店員さんは顔が真っ青だ。

「彼はコーヒーで」

 仕方がないので、私は店員さんに助け船を出した。


××××××


 あの時、私が彼の部屋に行くと、お菓子を食べていた。

 小さなケーキだ。

「それは?」

「試作で作ったチーズケーキです」

 試作にしては、きっちり作ってあった。ゼシカはお菓子も作れるのか、と思ったのを覚えている。

「あ、あの……それ、ちょうだい」

「……何故どもっているのかは知りませんが、まぁ良いですよ」

 ため息を吐いたゼシカは、フォークでケーキを一口大に切ると、そのまま刺して私の口元に差し出した。

「え?」

「食べないんですか」

 そんな事言われても、ゼシカの使ったフォークだから。

 私だって気にする類の人ではないけれど、流石にゼシカだと、気になるのは仕方ない。

 つんつん、とケーキで私の唇をつついたゼシカは、微かに顔をしかめていた。

「どうしましたか。腕がつります」

「でも、これだとっ」

 ゼシカは変なところで、鈍感だ。

 賢い方ではあると思うけれど、まるで分かってくれない。

「何ですか」

「……か……間接、キス……に」

「……関節? この傷ですか」

「傷?」

 見ると、確かにゼシカの指の関節辺りに小さな傷があった。

「森に行ったときに、植物でひっかいたんです」

 結局、ゼシカはあの傷に、薬を塗ったのだろうか。

「……」

「ともかく、口を開けてください。食べないならねじ込みます。疲れたんで」

「た、食べるからっ……」

 私は極力フォークに触れないようにしてケーキを食べた。

 思っていたより、甘さ控えめだった。

「どうしたんですか」

「美味しい」

「……ん? もしかして」

 ゼシカは私を見て呟いた。

「関節に傷、ではなく、間接キスと言ったんですね」

「……」

 せっかく忘れようとしたのに。

 顔がみるみる熱くなっていくのを、真顔でゼシカが見つめるから、余計に熱が集まって、軽くパニックになった。

「でしたら、メリアともお父様とも、他の使用人とも、間接キスしてますよね?」

 ゼシカからもっともなご意見を頂戴しました。

 だが、そういう問題ではない。

「そうだよ。……ゼシカだって言うのが、問題なんだ」

「あなたは、俺だから赤くなるんですか。……へぇ」

 ゼシカは、ニヤリと笑った。たまに見せる、ある意味本当の笑顔。

 私は、意外とその笑みも好きだった。

 詰まるところ、彼が好きだから、どんな表情も素敵に見えてしまうわけで。

「うっ、うるさい!」

「うるさい? 別に、意外と可愛いとこあるなと思っただけですが」

 後にも先にも、ゼシカに可愛いと言われたのは、これきりだったと思う。


××××××


「アリスティ?」

「…………」

「食べないの?」

「た、食べるよっ!」

 思い出に浸りすぎたらしい。私は一口大にチーズケーキを切り、口に入れた。

「……甘い」

 予想以上に甘い。

 ゼシカが、私のチーズケーキの甘さ基準を下げたんだ。

「そう? 普通じゃん」

 私のチーズケーキを一口食べたヘルガは、そう呟く。

「え? あ、普通だと思うよ。前に食べたやつはもっと甘くなくて」

「甘くないとやだなぁ」

 遠慮なく言うヘルガに、私は笑みを浮かべる。

 確かに、甘くなくて、でもあれがゼシカの味だったんだ。

「……俺は戻る」

「見張らなくていいの?」

「もう、必要もないだろう」

 ゼシカを過去にしようとしているのが、伝わってしまったようで。

 私の想いはこの程度だったのかな。

 心を凍り付かせて、この思いも、風化させずに綺麗に残せたらいいのに。

「何、ぼーっとしてるの。男?」

「なっ、ち、違うっ!」

 勘の鋭い奴め。

 仕返し、と言わんばかりに、彼女のモンブランをごっそり頂いてやった。


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