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無音の魔術師  作者: 芹沢桐花
第二章 学園
23/63

1.一年後



 アジェルタ海戦。

 それは、他種族をも巻き込む戦争だったという。西大陸と東大陸の間にあるアジェルタ海が、戦場となった。

 ドラゴンは、この戦争で絶滅寸前にまで追い込また。

 その頃の権力者、半獣も地に落ちた。

 この戦争より、西大陸のノートルロドフ人が東大陸に進出した。後六百年以上も続く帝国と王国の争いの歴史の始まりだった。

 東大陸のデールメフィスティ人の土地を奪ったノートルロドフ人は、シャルル帝国を建て、その魔力に満ちた土地を利用し、魔術を発展させていった。

 現在、この国は生活のほとんどを魔術に依存している。

 その例が魔道具だ。

 魔道具は、魔力の強い大地の資源でのみ生み出される。シャルルの地は、その資源が豊富だった。

 もともと戦い以外に魔術を使わなかったエルフにも広まり、魔術の無い生活は廃れていった。

 一方、東側に追いやられたデールメフィスティ人は、乾いた大地にロテリア王国を建てた。ノートルロドフ人に魔術の文化を奪われたことにより、現在、機械技術が目まぐるしい発展を遂げている。

 ただし、都市に近づくにつれ宙を埃が舞い、黒ずんだ建物が並んでいる。

 人々は、外にいるときはマントで体を包み、ゴーグルで目を保護する。

 機械技術の発展の代償は、大きいものだったのだ。


××××××


 新学期、俺は二年生になった。

 アスパティ市学園の高等部。

 ここに在学する人は、一級、二級、三級に分けられている。

 一級は、軍の入隊希望者。

 二級は、貴族、一般平民。彼らは単なる学歴の為に通っている。

 三級は、孤児、奴隷などの、身寄りが無い者。在学も無償だが、臨時兵ないし、予備兵という立場になる。

 ちなみに俺は三級だ。

 一年目は、何という訳でもない生活を送っていた。魔術の代わりに、拳銃で戦う術も覚えてきた。

 体力もついた。

 今年も、少しずつ変わっていくのだろうと思う。

 ただ、白き森が占領されたというのに、面白いくらいに平和で、あの出来事も夢だったかのように思い始めていた。

 革命があったという王国が、今は鳴りを潜めている。

 窓の外を眺めていた俺は、再び廊下を歩きだした。隣に空白が有るのには未だに慣れない。

 アリスティといたのは2ヶ月位だろう。彼女のいないその後の時間の方が、遥かに長い。

 待ちわびていた春なのに、今年も彼女はいない。


 約束は、いつまでが有効なのだろう。


 何処にいるのだろうか。

 二年生の教室は三階にある。俺はいつも通りに、窓側の一番目後ろの席に座った。自由席だからどこでも良いのだが、いつもここだった。

 仄かに香る花の香りが、眠気を誘う。日の当たっていた机は、優しい暖かさを持っていた。次の授業まではあと五分あるから、少し寝ても良いかもしれない。

 上手く行けば、現実逃避の優しい夢が見られる。

「…………」

 そう思ったのだが、目の前に誰かがやって来た。痛いくらいの視線を感じ、寝かせてももらえないとか、休憩が休憩ではなかった、あの頃に似ている。

 俺は顔を上げた。


「おい、そこは俺の席だっての」


 少し高めの声に長めの爪。

 獣の耳に尻尾。

 青緑の瞳。

 その少年は、どう見ても猫だった。つまり俺の敵。

 視線を下げ、また睡眠体制に入る。

「無視すんなよ。俺の席だ」

 意味が分からない。微かにざわめいた教室に視線を再びあげると、周りの生徒が俺に向かって、止めとけと合図していた。

「おいっ、あの猫さ……」

「例の問題児でしょ?」

「何でこのクラスなのよ」

 ピクッと彼の耳が反応するが、あくまで表情は変えず、特に反論もしていない。

 無理に強がっているような、歪なとげを持った奴だ。

(面倒くさい奴だな)

 俺はメモ帳を取りだし、殴り書きをして、それを見せた。


『無視はしていません。俺は喋れないので』


「んー、なになに。声が出ないのか」

 案外素直。

 反抗期真っ盛りなだけで、根は良い奴なのかもしれない。

 猫である限りは俺の敵だが。

 俺は続けて書く。


『黙れ猫、早いもん勝ちだ。負け惜しみは見苦しいですよ』


「なぁっ!? 正論うぜえよっ!」

 バンッと机を叩きながら、尻尾が揺れていた。

「ヘアバンドなんかつけやがって、この格好つけ野郎が」

(何だと、このチビ猫が)

 例の貰ったヘアバンドは、額の火傷を隠すためにつけている。正直視界にちらちら映って邪魔だったりするけれど。

「なんか分からんけど、何かムカつく事言おうとしたろ」

 感の良い奴め。

 俺はもはや相手にはせず、再び机にうつ伏せになった。


 彼は、ライラック。

 見た目で分かるが、彼は既に少数しか残っていない半獣の少年だ。

 互いに互いを気に食わないと言う、ある意味運命の人。と言ったら虫酸が走る。


××××××


 ここでの授業は俺にとって、正直、魅力的なものだった。白き森では学べないような事が沢山あった。

 特に、植物についての授業は楽しい。

 まぁ、同じくらいに問題もあるのだけれど。

「ゼシカくん」

「……?」

「教科書を読み進めるのではなく、私の話を聞きなさい。吸収が早いのはよく分かりましたが、人に合わせることも大切なことなのですから」

 迷惑はかけてないから、良いと思う。

 人それぞれペースは違うのだし、完璧に分かるところをいつまでもダラダラやることに意義を見出せない。

 ただ時間の無駄な気がする。

(嫌な目だ)

 俺を見る数十の瞳に映る、差別の色。

人は得てして、自分と異なるものを敵視する傾向にあるようだ。

 あの双子がおかしいのではなく、そういうもの、らしい。

 とにかく、俺は教科書のページを元に戻すと、軽く頭を下げた。先生は再び、話し始めた。

 この時間は、ただ無心だった。いくら好きな授業でも、分かり切ったことを聞いていると、眠気に襲われる。

 結局、最後まで起きていられなかったようで、気が付いたら休み時間だった。

「ゼシカ、だろ」

 視線をあげると、前の奴が話しかけてきていた。微かに頷くと、彼は教室の入り口を指差した。

「さっきから、中等部の女子がおまえを呼んでる」

 俺は立ち上がると、彼女の所へ歩いていった。

 彼女はにこにこしながら待っている。

再会した時の、殺意あふれる表情からは想像出来ないくらいの。

「おにーちゃん、久し振り」

「…………」

「相変わらずのイケメンだね」

 エミルはそう、ニヤリと笑った。

 一年前、初等部にいた彼女は、中等部に入って、よりアリスティに似てきたように思えた。

「……疑問、どこがイケメンだ」

「レグルス、失礼よ。挨拶みたいなものなんだから」

「うるさい。リースは黙れば」

 見ると、エミルより背の低い見るからに双子がいた。暗い茶髪は、二人にどこか影を感じさせる。

 そして赤い瞳は年相応でない色をしていた。

「二人共、黙っててよ」

 記憶が確かなら、二人は皇族だったはずだ。その証拠に、周りを見回せば皆、顔がひきつっている。

 面倒を引き連れてきたものだ。

「まだ、おねーちゃんを迎えに行く気、あるの?」

「不可能だ。エミルの姉はロテリア兵」

(……え? ロテリア兵?)

 アスパティ市学園にいない辺りから、やはりアリスティはロテリアにいるだろうとは思っていた。

 しかし、軍人だなどとは思っても見なかった。

「……驚かないで聞いてね」

 そう呟いた彼女の妹は、今にも泣きそうな顔で、俺を見上げた。

「エミル、私が言うわ」

「いい、私が言う」

 聞きたくない。

 知りたくない。

 逃げ出したくなる足と、自分の心を必死で宥め、俺はエミルを見つめ返した。

 彼女は小さく頷き、やはり小さな声で告げた。


「第一防衛線が突破されたらしいの。そこにいたのは、赤髪の長身男と、金髪エルフの少女」


 ヘンリーと、アリスティ。


 戦場にいた、と言うことは、つまりそう言うことだ。

「感謝しろ。本来ならば、皇族と軍人内でのみの情報だ」

 ほら、やっぱり。

 知らないままの方が、幸せでいられたのだ。

「おにーちゃん。それでも、おねーちゃんを助けてくれる?」

 俺は頷くことが、出来なかった。


××××××


 弦を引き、離す。

 真っ直ぐ放たれた矢は、吸い込まれるように飛んでいき、的の中心、よりは少し右にずれて突き刺さった。

 ゴーグルをしているとやはり、的が見えにくい。

「おっしいっ!」

 レーメブルクの外れには兵舎がある。

 私はそこにいた。

「ヘルガ。見てたんだ」

 彼女は、ヘルガ・ドルトマーク。ロテリア人だ。

 ロテリアで初めて出来た、私の友達。

「アリスティって、いっつも惜しいよね。ギリギリでずれるって言うかさぁ」

 フードがはためいて、紫色の髪が露わになった。二つのおさげは、彼女に似合っていて私は好きだ。

「あーー、でも私の方がダメダメだったよ。そう言えば」

「ヘルガは射的型は苦手だもんね」

「そうよ。どうせ私は殴る蹴るしか出来ないもんね」

「でも、ヘルガの体術に適うような人、なかなかいないよね」

「それは、皆が武器ばっかり振り回しているからだよ」

 彼女は、女の子にしては背が高い方だ。ゼシカと良い勝負かも知れない。

「…………」

「アリスティ?」

 今の私を見て、ゼシカはどう思うだろうか。呆れるだろうか。

「アリスティさーん?」

「へ?」

「あんたは凄いと思うよ。軍に入って一年で、もう最前線で戦える力を持ってるんだから。私だってロテリアの為に戦いたいのに、まだ早いって」

「戦場なんて、見ない方がいいよ」

 殺す為に殺して、殺されないように殺して、殺されたから殺して。

 悲鳴、怒号、剣の交わる金属音。

 ゼシカは、赤く染まった私を見て、軽蔑するだろう。


 もう彼を、待つことは出来ない。


「アリスティ」

「な、何?」

 ヘルガは、私の肩を掴むと顔を覗き込んできた。

 ゴーグルで隠れた瞳は、それでも私を見つめていたのが分かった。

「アリスティは変わったよね」

 その言葉に、私は笑う。

「私は私だよ。心配しなくても、私は大丈夫だって!」

 大丈夫、大丈夫。

 私はまだ、笑えている。

「アリスティ?」

「それよりさ、新しい喫茶店のケーキ、美味しいらしいよ。後で外出許可貰ってこようよ」

「お、いいねぇ。モンブランが食べたいなぁ。アリスティは?」

「そうだなぁ……」

 私には、守りたいものがある。

 その為には、戦うしかないのだ。


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