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無音の魔術師  作者: 芹沢十嘉
第一章 白き森
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断章.振り払えない



 廊下を歩いていると、窓の外を眺める銀髪の男を見つける。黙っていれば絵になるのに、残念な奴だ。

「アレクセイ様」

 呼び掛けると彼は静かに振り返った。いつもない、感傷的な雰囲気に息を呑む。

「メリアちゃん?」

 小さな袋にいれたクッキーを差し出す。後で食べると言って、ソフィア様に貰ってきたものだ。

「俺に?」

「二人で食べれば良いと思いまして」

 軽く目を見張った彼に、安心させるように笑みを浮かべる。最近気付いたが、アレクセイ様の表情は笑顔の時でも、いつもどこか不安げで寂しげなのだ。

 だからだろうか。

 リューリク様はまだ怖い。しかし、アレクセイ様は何故か怖いとは思わなくなっていた。

「……」

「どうしましたか? ソフィア様のクッキーだけど」

 彼はクッキーの袋を受け取らずに、ただ見つめている。私は、彼の目を覗き込んでみた。どこか暗い色を秘めている。

「……もう、さ」

「ん?」

「俺に近付かないで」

「どうして?」

「……」

 泣きそうな顔だ、と思った。

 振り払えない、と思わせる顔だ。私に傷付きやすい印象を持たせた。

「どうかしたんですか?」

「……っ…」

 引き寄せられたと思ったら、ぎゅっと抱き締められた。少し速い彼の心音が私の中に響く。

 痣のある場所が痛い。

 どうしてこうなるんだ。友達から、と言う言葉は、冗談なはずだ。何故なら彼は、アリスティ様が好きだから。

 何故、仲良くもない、逆に気も合わないような私を抱き締めるのだろうか。

「ちょ、ちょっと……」

「少しだけ、このままで」

 振り払えない、だなんて私もまだまだ甘い。

「女という女にこんな事してたら、アリスティ様には振り向いて貰えませんよ?」

「……だろうね」

 薄ら寒い廊下で、彼の体は暖かい。

 ずっと、アリスティ様ばかりが独りだと思っていた。だけどもしかしたら、リューリク様も、アレクセイ様も、ずっと独りだったのかもしれない。

 孤独は辛い。

「あの」

「何?」

「気が向いたら、会話くらいいつでもします。なんならソフィア様のお菓子だって、持って行くし」

「……慰めてるつもり?」

 アレクセイ様は私から離れると、私の目を見て噴き出しやがった。

「あのさぁ、せめて“手作りの”とか言えないわけ? 女子力低いな」

「じゃあ、もう良いっ、知らない」

 全然元気ではないか。私の心配を返して欲しい。

 ゼシカちゃんの部屋に戻ろうとした所、手首を摘まれた。

「何ですか」

「俺はクッキーより、話す時間の方が欲しいかな。母さんのクッキーは魅力的だけどさ」

「じゃあ、暇な時は相手してあげても良いですよ」

「全く、調子の良い奴」

 振り払わない私はもう救えないな、なんて思う。




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