12.心が揺れる
数日間、俺が何食わない顔でこなしていた。疲れは溜まっているが。
何を思ったのか、リューリクは顔を歪ませ、アレクセイは笑顔で俺を見る。
「お前は何をしても平気らしいな」
「……そうでもありませんよ」
生きている心地もしないのは、疲労感なのか。もしくは、諦めからか。
今の俺には、世界の色が分からない。あの時のように霞んで見える。
「逆に、何もしないのはどうだ」
名案だと言うような顔に、一瞬思考が停止した。それがどういう意味か、思い至り愕然とした。
俺を殺す気なのか、この男は。
「今日から限界まで、飲まず食わず、寝ずに立ったまま過ごせ」
どうやら本気で潰しに掛かってきた。閉口するしかない。飲まず食わずは食べ物さえ無ければ出来るが、寝ずというのはすこぶる難しい。
しかし俺は首を横には振らなかった。意固地になっていたのかもしれない。
「自分の部屋にでも戻ってからやれ。たまに様子見に行ってやろう」
「最低ですね」
リューリクはただ、笑うだけだった。室温調節器の設定温度が低いのか、肌寒いものを感じる。
アレクセイの作った紙飛行機が、俺めがけて飛んできた。
「全く、俺たちの日常をことごとく壊してくれたよね、ゼシカ」
その紙飛行機は、俺には届かず床に落ちた。
「俺が、ですか?」
「だって、アリスティは一人じゃなくなったし、君は少しの無茶なら楽にこなす。メリアちゃんも変わった。リク兄は向きになってるし」
髪を掻き上げる仕草が似合っていて、憎たらしい。その嫌みな様子に、気分を悪くしたのは俺だけでないらしいが。
部屋に戻る前に、何か食べてから戻ろう。流石に心許ない。
××××××
調理室で余っていたパンを数個頂き、食べてから部屋に戻る時だった。廊下を歩いていると、アレクセイの部屋に部屋の主が入り、瞬間、飛び出してきたのを見た。
顔は驚きや動揺などが入り混じり、色を失っている。
「ちょ、アレクセイ様っ!」
次に出てきたのは、まだ顔のガーゼが取れない女、メリアだ。
アレクセイが飛び出してきた理由が分かった。あの誓い紛いの取引を守るために逃げ回っているのだろう。
「どうして、ゼシカちゃんも、あなたも、ついでにリューリク様もっ……て、聞けっての! その空いた後頭部に跳び蹴り食らわしてやるっ」
何故メリアがアレクセイを追っているのか理解できないが、少なくとも今の彼女に見つかると痛い目みるのは目に見えている。少し日和見な俺と、流石に振り返ったアレクセイは視線を交錯させた。
「ゼシカ、ちょっと話があるんだけど、良いよねっ」
「拒否します」
「使用人に拒否権は無いっ」
「使用人を馬鹿にすんなぁっ!」
巻き込まれるのはごめんだ。
しかし、メリアが俺までを見つけてしまったため、二人して逃げ回る羽目になった。これは関わってない事になるのか、それが心配だ。
結局、食べた分は消費してしまった気がする。
××××××
あれから二日が過ぎた。気力も体力も切れかけている。頭が酷く痛む。体の節々も悲鳴を上げていた。アリスティの声が、廊下から時折聞こえた気がするが、定かではない。
「ゼシカ、生きてる?」
「……」
何度かリューリクは来たが、アレクセイが来るのは初めてだった。
彼は俺の前に果物を置いた。
ひりひりと乾いた喉が鳴った。焦らせて楽しんでるのだろうか。
「条件を飲んでくれたら、これはあげるよ。リク兄にも内緒で」
「……何の用で、すか」
「ゼシカの小さい頃の話が聞きたい」
「つまらないですよ」
「メリアちゃんと、幼なじみなんでしょ? 君、彼女振ったんだってね」
何だ、メリアの事を知りたいのか。
やけに仲が良い気がしていたが、もしや、アレクセイは女好きなのだろうか。
ここでメリアが好きなのか、と思えない辺り、俺が彼にどんな印象を持っているのかが分かると思う。
「メリアは……、白き森の貴族と、青き森の貴族を親に持つ、はみ出し者だった、らしいです」
白き森の貴族は、金の髪に青い瞳を持つ。一方、青き森の貴族は、青い髪に金の瞳を持っている。両者は交わると、緑色の髪と瞳を持つエルフが生まれる。つまり、緑色を持たない者が、正統なエルフだと言う考えもあり、大半の緑色を持つエルフは、純血ではあっても正統ではない、という矛盾の中にある。
貴族は、自らの色を失うのを良しとしない。希に、メフィルス家の様な異例はあるが。
「貴族の血を、薄めたってことか」
「一応、父方のスコットルの姓を名乗っていますね。どちらの森にも居場所の無かったメリアは、俺の母に連れられて来たと、聞いています」
アレクセイは、後頭部を掻いた。銀髪が揺れ、輝いた。わざとだろうか。
「俺も一つ聞いて良いですか」
「何?」
「女好きですか」
思い切り顔をしかめると、近くにあった林檎を俺の顔面めがけて投げた。
体力が限界な俺は、勿論避けきれず額で受け止めた。
「男はそんなもんでしょ」
「……」
「そんな軽蔑しないでよね。……ま、いいや。教える」
アレクセイは不貞腐れたように座り込み、呟いた。
「女は、嫌いだよ」
銀髪は一目を惹く。彼は髪の色素が薄いらしい。小さい頃から珍しがられ、女が言い寄ってくるのが、凄く鬱陶しかった、と彼は語った。
「逆に一度良いと思うと、一途に成りすぎる。心が揺さぶられて、仕方がない。それが俺」
そんな事をどこか他人行儀に、まるで原稿でも読んでいるように無機質にアレクセイは言った。
彼は、自分自身を卑下している気がしてならない。
「食べなよ」
「あなたは、二人のどちらを、見ているのですか」
「さぁ?」
アレクセイは小さく笑い、出て行った。
××××××
ここの所、ずっとゼシカと話していない。それどころか、会ってもいないのだ。
怒らせるようなことをしたならば、謝りたいと思う。だが、そうで無いならば理由を問いたい。
「アリスティ様」
「メリア、どうだった?」
「駄目です。ゼシカちゃんは部屋に籠もったまま出てこないし、アレクセイ様は私を見ると毎回、脱兎の如く走り去ります」
「ゼシカの部屋に押し掛けよっか」
部屋にいるならば、入ればいい。ノックはするけれど。私だって、何度もそうやって押し掛けている。
「それが、開けられないんです」
しかしメリアは小さく首を振り、指先を私に見せた。
小さな火傷。
「直ぐ引いたので、これくらいで済みましたが、雷の魔術かと」
つまり、入ってくるな、という拒絶。
「次は覚悟を決めて、リューリク様に聞いてきます」
私はため息をつき、窓の外を眺めた。すると、馬が四体、人を乗せてやって来た。一人は燃えるような赤い髪をしている。
「お客さんだ」
「初めて見るお方ですね」
エルフではない。人間だ。
「私は少し様子を見てきます」
「じゃあ、私は一応ゼシカの部屋に行ってみるね」
人間が来ると、いつも屋敷内は緊張感が走る。それにはエルフを盾にしているのでは、と言う不信感に似たものだった。




