13.独り言な告白
私は玄関ホールに来ると、ドアを開けた。すると、丁度ドアノッカーを持ったところだったらしく、一度だけ音が鳴った。
「いらっしゃいませ、どちら様でしょうか」
「ロテリア王国のヘンリー・タウフェニスだ。リューリク・アサラベルと話が有り、来た。案内して頂きたい」
「えっと、ロテリア、ですか……」
確か、反乱と革命があったと言う噂を聞いている。私があからさまに警戒したのにも、ヘンリーと名乗った赤髪は大して動じもせずに待っている。
私が、決断するしかないのだ。
「リューリク・アサラベルに招かれて来たのだが」
「分かりました。ついて来て下さい」
背景が白い分、赤髪が良く映えているなと片隅で思いながら警戒心は解かずに屋敷内に通した。
ヘンリー様たちは、無言で歩いている。面倒なことに成らなければ良いけれど。
××××××
恐る恐る、ドアノブに触れる。少しでも何かあれば、直ぐに逃れるように構えたままで。
「……あれ?」
しかしメリアが言っていた電流もなく、熱くもない。ただのドアノブだった。
いないのだろうか。
私はそっとドアを開けた。カーテンは閉まっていて、薄暗い。相変わらずハーブの香りが混ざった部屋だ。
「ゼシカ、いるの?」
開けたドアの隙間から身を滑り込ませ、中に入る。ドアを閉めようと、振り返った時だった。
「え!? ぜ、ゼシカっ!」
ドアの影で見えなかったらしい。倒れ込んだゼシカがそこにはいた。何故か果物が辺りに散らばっているが、何一つとして食べてあるものはない。
「しっかりしてよっ!」
抱き起こすが、ぐったりしていて、目を覚ます気配もない。目の下には隈ができ、顔色も悪い。なんとかベッドに寝かせてあげたい。
きっと何かの理由で無理しすぎたんだ。思い当たるのは、兄たち。
だが今はそれどころではない。
ゼシカを背負うようにして引きずっていく。この部屋にベッドがあるのは不幸中の幸いだ。
「あと、少しっ……」
渾身の力を振り絞り、ぐったりしたゼシカをベッドに上げる。意識の無い人は重いと聞いたが、ここまでとは思っていなかった。
「何も、食べてないのかもしれない。寝不足なのは見て分かるけど」
オレンジが落ちていたはずだ。目を覚ましたら剥いてあげようと思い、いくつか拾い上げ、ベッドに置く。
「……はぁ」
私には、あなたが分からない。
強く惹かれるのに、見えない壁にぶつかるように、近付けない。思いが欲しいわけではない。ただ知りたい。私が嫌いなら、どうして嫌いで、どこが嫌いなのか。
「……ゼシカ」
彼の額に手を置く。たとえ魔術でも、疲労というものは癒せない。ましてや私には何も出来ない。
「本当は、思いが欲しいよ。でも、そんな事言っても困るよね。ゼシカは優しいから、困るだけだよね」
そばにいるのに、遠い。これで、そばにさえいられなくなったら、もう、思いの欠片さえ届かなくなるのだろう。
「……痛いよ、ゼシカ。凄く苦しい」
嫌いなら、優しく微笑まないでよ。
意識の無い人に何を言っても意味が無いのは分かっている。しかし私は、ゼシカに語り続けた。
私の思いを、一心に。
意識の有る彼に告げても、ただの迷惑だから。
「……大好きだよ」
言葉にした途端くすぶっていた火が燃え上がるように、胸が一杯になって苦しくなってしまった。
大きく息を吸い、吐く。今の私は私らしくない。
両手で勢いよく頬を挟む。パチンと、乾いた音が、響いた。
「よし」
今は取り敢えず、ゼシカが元気になってくれることだけを考えるべきだ。
××××××
目の前が、オレンジ色だった。
「……む、ぅ」
数度瞬きして、オレンジという果物だと認識した。俺は、倒れたらしい。しかしここはベッドではないか。
微かな呼吸が聞こえ、視線を上げる。ベッドの横の椅子に座っている人影。
「……アリスティ」
うとうとしている。落ちるのでは、と眺めてるが意外とバランスが良いようだ。
起き上がると、鳥の声が聞こえた。窓の方を見ると、隙間から見える空は青い。
「……」
「ん……?」
「……おはよう、ございます」
「あ、おはよ……、ゼシカっ!?」
アリスティが勢い良く立ち上がり、ガタンと椅子がなる。出来ればうるさい音は聞きたくない。
「い、痛いとこは? おなか、空いてるよね? あ、まだ眠い?」
「……え? あの、アリスティ」
眠い頭には、叫ばれると響く。しかしアリスティは、身を乗り出したまま、俺を見つめる。
俺の言葉を待つように。
「……空腹」
「よし、じゃあオレンジ食べようっ!」
「……うるさい。耳障りです」
「そこは病人の前では、とか言ってよ」
不満そうなアリスティは、皮を剥いたオレンジを、次々と俺の口に突っ込んだ。
酸っぱいような甘いような、強いて言えば酸味が強い。刺激されてか、思考回路が正常に動き始める。
何故、アリスティがいるんだ。関わる訳にはいかないというのに。
ボーッとアリスティを眺めていると、首を傾げた彼女は、俺の額に手を当てた。
「熱は無さそうだね」
「アリスティ」
俺は彼女の手を掴み、額から引き剥がした。
「俺に関わってはいけません。出て行って下さい」
今ならまだ、やり直せるかもしれない。彼女は顔を赤くして、俺が握っている自分の手を見ていたが、やがて俺を睨みつけた。震えが手を通して、伝わってくる。
それを俺は、気付かない振りをした。
「嫌だ」
「駄々をこねないで下さい」
「だって、心配したんだよ」
それは見ていれば分かる。心配させた事ぐらい、分からない俺ではない。見て見ぬ振りをしているのは俺だ。
何とかして、出て行って貰わなければいけない。
「……ゼシカは私が嫌いなんだよね。なら、良いでしょ? 私が傷付こうが、泣こうが」
「……それは」
重い、沈黙だった。
押し潰されそうな程の。
俺はずっと、アリスティが嫌いだと言い続けてきた。それを否定も肯定も出来ない自分がいる事に、前から気付いていた。
安心感、と言うものが有ることが、そのまま不安になる。
彼女の思いが不安だった。
「あなたが傷付くのは、嫌です」
「……え?」
だが、前よりも傷付いた顔をしたアリスティがいる。いつも笑顔だったのに、作り笑いさえ浮かんでいない。
俺の行動が、そうさせているのは明確だ。それでも彼女を避けようとするのは、傷付けない為ではなく、傷を見たくないからではないのか。
悶々としているとドアの音が届いた。
「えーっと、お邪魔だったかなぁ」
「……邪魔ですね」
「不穏そうな空気が廊下まで溢れ出てたけど」
ニヤニヤと笑うアレクセイが、俺たちに近付いてきた。妙に楽しそうなのは、気のせいではないのだろう。
彼は、俺たちを指して言った。
「あのさ、いつまで手、繋いでるの?」
「……」
見ると、俺に握り締められたアリスティの手がある。小さくため息を吐き、その手を離した。
アレクセイは急に表情を消し、落ちている果物の残りを拾い上げる。そして俺の上に落とすと、彼もまたため息を吐いた。
「全く。これでゼシカの負けだね」
「そのようですね」
「正直、メリアちゃんに付き纏われた俺に言えない気もするけど」
結局、元に戻るわけか。アリスティは嬉しそうに俺を見ている。色んな意味で痛む頭を軽く押さえ、俺は再び布団に潜り込んだ。
二人が何か言っていたが、それもやがて聞こえなくなった。




