11.優しい夢は終わる
茜色な部屋。
帰ってきた時には疲れ果てていて、正直仕事もしたくない。狩りで穫れたのは数羽の鳥。これは夕飯にでもしてもらおうと調理室に持っていっておいた。
俺の部屋に来たアリスティを椅子に座らせる。弓で鳥を射落とした彼女は、疲れ果てていて、机に突っ伏していた。
こんな時はハーブティーだろう。俺は棚から茶葉を取り出し、沸かしていた湯で淹れた。
「……何ですか」
「あ、あのさ」
机に頬をつけたままのアリスティの目が煌めいている。もしかしなくても、そう言うことだろう。
「ハーブティー、飲んでみますか」
「うんっ」
カップに注ぎ、テーブルに置く。アリスティはそれにそっと口を付けて、顔を綻ばせた。
「わぁ……、美味しい」
なんとなく釣られて笑みが浮かんだ。
だが今日だけはと思ったら、重いものが俺の中にずっしりとした感覚が生まれた。加えて、淡い焦燥感のようなものがくすぶっているのに気付く。それごと飲み下すつもりで、俺もカップに口を付けた。
「アリスティ」
「ん?」
謝らなければいけないのだ、きっと。だが、言葉は噛み砕いてしまった。
「いえ、何でもありません」
俺は優しくなんか無いから。それに、アリスティに優しくする理由など持ち合わせていない。
「本音は?」
「……説明、面倒臭いですね」
「何それ。心配してるのに」
俺には、誰も必要ないのだから。
そう思わないと、壊れてしまう。
失うと分かっているならば、求めるのは馬鹿がする事だ。
もしくは、本当に強い者か。
その時、後ろから腕が伸び、俺のハーブティーを攫っていった。
「ハーブティーって、美味しい」
「勝手に入ってきた上に俺のを取らないで欲しいんですけど」
振り返ると、メリアはハーブティーを一気に飲み干した。痛々しい見た目だが、少しは元気になったようだ。カップの中身は空になっていた。湯ももう残っていないし、仕方がないか。
「あ、ソフィア様もお茶会に呼んだから、また淹れてね。ハーブティー」
「……」
面倒事を増やしやがって。
その後、大量のクッキーと共に、本当にソフィア様はやって来た。
何が悲しくて、女三人に囲まれているのやら。そんな俺の心の叫びを聞きつけたのか、暫くしてヒーローの如くイヴァン様まで登場した。
その後、ずっと俺の部屋で談笑していたわけだが、気付くとメリアはいなくなっていた。
××××××
同じソファーに腰掛け、小さくため息をついた。
「アリスちゃん、ジェシーくんと仲良く出来てるみたいで安心しました」
「その代わり、俺の所にはあまり来なくなったんだよなぁ。たまにはかまって欲しいって」
「あら、私がいますのに」
「別問題だ」
いい年して子供っぽいか、などと思いながらも、笑みを零すソフィアに笑みを返した。
メリアも何とか壁を越えられたようだから安心している。
「後はリューリクと、アレクセイか」
「セイくんは大丈夫ですよ。母さんっ子ですもの」
「リューリクは……手に負えないな」
メリアの怪我も、昔よくあった事だ。ただ、メリアが階段から落ちた、などと言い切ってしまい、それきりになってしまうのだ。
「あなたは押しに弱いですからね」
「家族にだけだ」
アリスティを嫌っているのは、端から見てよく分かる。しかし、リューリクは性格的に後継者の資格がないと、俺が判断したのだ。
リューリク自身が、それに気付き、自分を変えないことには始まらない。
「それよりだ」
「ロテリア王国の事、ですか」
白き森は国境近くにある。つまり、情報も直ぐに伝わってくるのだ。
三日ほど前、ロテリアで暴動が起きたと言う話が届いていた。
「第一、第二王子が亡くなられたらしい。残るは末の第三王子のみだな」
「シャルルに影響はあるでしょうか」
「恐らくは」
この内乱がそのまま隣国の、このシャルルと戦争でも起こす引き金になる可能性は大いにあった。
シャルル帝国が建国されてから、何度も同じ事を繰り返してきた、と聞いている。そしてそのたびに、エルフは国境を守る兵士として、最前線で命を散らしていったのだ。
××××××
「お前には人情ってものが無いのか」
「情けなんて、彼らの苦しむ時を長くするだけさ」
「親だろう」
「そうだね。でも、血の繋がりなんて僕には関係ないよ」
三日間続いた各地の暴動は、ロテリア国王の死の知らせにより鎮静化された。
しかしそれで終わりではない。暴動の後ろ盾となり自らも武器を握った男、オーティカ侯爵家のルドニークは、かつて奪われた土地を取り返すよう呼び掛けた。
そして、自らの一族を死に追いやった青年は、《同族殺し》と呼ばれ畏敬の眼差しを向けられた。
一連の出来事をルドニークは、三日革命と呼んだ。
「さて、では手始めにシャルル帝国の国境の要、白き森とやらから崩す」
「だったらさ、最も良い考えがあるよ」
「なんだ?」
「引き入れる。エルフ共を、ロテリア王国に」
××××××
優しい夢を見ていたのだ。
そう思えば、名残なんて無い。
「約束通り、か。意外と素直なんだな」
「リク兄。来るしかないと思うけど」
「……」
心を殺せ。
何度も何度も言い聞かせてきた。アリスティに連れられてここに来て、もう言い聞かせる事も無いと思っていたのに。
俺は下を向いたまま、微かに苦笑をした。アリスティはいつ気付くだろう。俺が来ないと言うことに。
「では、今からお前と俺たちは、アリスティと、メリアには関わらない」
「勝負なんだよね」
アレクセイは、いつものような笑みは浮かべていなかった。底無しの沼のような瞳で、俺とリューリクを見ていた。
「ゼシカ、君が二人に関わらない限り、俺は死んでも二人には関わらない」
「俺の方は、死んでも関わりたくないがな。お前はどうだ」
「告げた通りです。二人に関わらないで頂けるなら、何でもします」
まるで秘密を共有するかのように、どこか誓いの言葉のように、俺たちは互いを縛り付け合った。
「ま、取り敢えず用はない。一人で雪下ろしでもやって来い」
「分かりました」
五人以上でやっている雪下ろしを一人でとか、何時間かかるやら。今日中に終わるかも分からない。しかし、彼らと向き合って何かするよりは、ずっと良いかもしれない。
アリスティはきっと、何かしら言いに俺に会いに来るだろう。それに俺は、関心を持ってはいけない。
「早く行け。目障りだ」
「リク兄、本当にゼシカが嫌いだよね。アリスティの事もさ」
リューリクは眉間にしわを寄せ、アレクセイを睨みつけた。しかしアレクセイは肩を竦めた。この兄弟は仲が良いのか悪いのか、よく分からない。
ともかく、俺と彼らの我慢比べが始まった。とは言っても、リューリクに我慢する何かがあるとは思えない。
そして、アリスティが好きらしいアレクセイには苦痛だろう。
ハーフエルフの俺には、エルフに対するちょっとした虐めは、さほど苦にはならない。疲れは溜まっているけれど。




