第65話 誰よりも
十九のときでした、と白瀬は言った。
工場のラインで、金属の棚が倒れてきた。避けたつもりだったが、右の肩と背中を打った。骨は折れていない。二週間で職場に戻った。
痛みは、消えなかった。
「打った場所が痛むのは、当たり前です。三か月もすれば治ると言われました。三か月経っても痛かったので、また行きました。レントゲンを撮って、異常なし。半年後、MRIを撮って、異常なし」
白瀬の口調は、報告書を読むように平坦だった。
「二年目から、言われ方が変わりました。気のせいでしょう。気にしすぎです。若いんだから。……最後には、こう言われました。痛いと思い込むと、本当に痛くなるものですよ」
「……」
「あのとき、私は二十一でした。医者が言うのだから、そうなのだろうと思いました。思い込みなら、思い込まなければいい。だから、痛いと言うのをやめました」
言うのをやめても、痛みは消えなかった。消えないまま、口に出す先だけが無くなった。
痛いと言わない人間には、誰も痛みの話をしない。心配もされない。心配されないので、自分でも、これは無いことなのだと思うようにする。そうやって五年が過ぎた。
眠れなくなった。眠れないから昼に効率が落ち、効率が落ちるから残って、残るから余計に眠れない。三年目に、ラインを外された。
「痛いと言わなくなった人間が、なぜ仕事ができないのか。誰にも説明できませんでした。私が説明できないので、周りは、私のことを怠けていると理解しました。……それはそうです。他に理解のしようがない」
二十三で、恋人が離れた。責められて別れたのではない。彼女は最後まで優しかった。優しいまま、痛いと言わない男の隣で、何をどう気遣えばいいのか分からなくなっていっただけだ。
二十四の春に、事業所で紙が配られた。掲示板ではなく、班ごとに手渡しだったという。
新しい鎮痛薬のモニターを募集します。無償。副作用の報告にご協力いただける方。
「二百人が手を挙げました。私も、その一人です」
白瀬は、そこで初めて、ほんの少しだけ言葉を切った。
「柊木さん。……最初の一錠を飲んだ日のことを、私は、二十年経ったいまも、正確に思い出せます」
「はい」
「夜でした。飲んで、三十分ほどして、風呂に入ろうと思って、立ち上がった。……立ち上がるときに、肩が、痛くなかった」
白瀬の目が、机の一点を見ていた。そこに何も無い。ただ、二十年前の風呂場の床が、たぶん見えている。
「五年ぶりでした。痛みなしで、立ち上がるのが」
「……」
「私は、その場で泣きました。四十四のいまも、あれ以上に泣いた日はありません。……あの晩、初めて朝まで眠りました」
湯呑みの茶は、冷えていた。
白瀬は、それを持ち上げて、口をつけた。飲んだのか、飲んだふりをしたのかは、分からなかった。
「その薬を、私は、いまも配っています」
言い方に、開き直りは無い。誇りも無い。
ただ、事実がそこにあった。
「痛みに良いことなど、ひとつもない」
白瀬は、半年前と同じ言葉を言った。あの役員会の日に、この人が最後に残していった一行だ。
「……私は、それを知っているんです。誰よりも」
あのとき、これは強者の傲慢だと思った。人を市場として見る人間の、冷たい断定だと。
違った。
これは、五年間「気のせい」と言われ続けた二十四歳の男が、二十年かけて出した結論だった。
透は、この人の身体を、あらためて視た。
何も、視えない。
半年前と同じだった。人がそこに座っていて、話をしていて、湯呑みを持っているのに、霧が一片も無い。
これまで、隠されているのだと思ってきた。
そうではないのだと、いまなら分かる。
霧は、気の流れが滞ったときにできる。流れがあるから、詰まる。詰まるから、視える。
この人の身体には、詰まりが無い。
流れが、無いからだ。
三好の腰は、層が積もっていた。蓮見の腹の底には、冷えた灰があった。あれをもっと先まで進めたら、どうなるか。ずっと考えていた問いの答えが、いま、目の前に座っている。
層が積もりきると、その下にあった川が、干上がる。
干上がった川床には、水が詰まる場所も、溢れる場所も無い。だから、何も視えない。
この人は、隠していたのではない。
消えかけている。
二十年、毎朝一錠。痛みを止め、だるさを止め、そのうちに、痛みやだるさを出していた元のものまで止めた。生きている身体が、ゆっくりと、静かに、視えなくなっていく。
透の背中を、これまで感じたことのない種類の冷たさが通った。
恐怖ではなかった。
目の前にいるのは、強敵ではない。
この薬の、終着点だった。
その終着点が、生きていて、微笑んで、いま自分の淹れた茶を持っている。
そして、この身体を数百万人に配ろうとしている。
止めなければならない。それは、はっきりしていた。
だが、止めるという言葉が、この人に対しては、どうしても正しい形をしなかった。五年間「気のせい」と言われ続けた二十四歳から、あの晩の風呂場を取り上げる資格が、自分にあるのか。
透が向き合っているのは、悪意ではなかった。二十年前に一度だけ本当に救われた人間の、感謝だった。
「痛みに良いことなど、ひとつもない。誰よりも」。第33話のあの台詞の底が、今日割れました。
悪役の動機を感謝にしておくと、こちらが後から苦しくなります。今回それを味わいました。
次回、柊木先生は議論をやめて、鍼灸師として一つだけ聞きます。




